第41話 起源01


アルキパテスの王都に向け出発してから半日。私たちを含む隊商の一行は、岩山の合間をひたすらに進んでいた。


高低差のあるボコボコとした岩山の所々に緑が垣間見える。先人たちが開拓したのであろう、かろうじて平らに均された岩の鋭利でない場所を馬車が通る。道と呼ぶにはかなりの悪路である。


ガタゴトと揺れるのでかなりお尻が痛い。この過酷な道を歩かなくて良い楽さと引き換えに、長時間同じ姿勢でいる事のデメリットを浴びている。絶え間なく続く振動がつらい。クッションも何も無い乗り物が、こんなにも腰に来るとは知らなかった。前世当たり前のように乗っていた自動車や電車が恋しい。


この距離を身体強化無しで歩くとなるとぞっとする。連続で使うと身体に負荷がかかるとルクリエディルタに忠告されてから、歩く時に毎度は使わないように心がけているが、これほどの長距離を徒歩となると使わずに歩くのは不可能である。そんな体力も筋力もない。


シャムス商会の商会と出会えて、言い方は悪いが恩を売れたことでこうして馬車にタダで乗せてもらえている。海の魔物の件は変わらず申し訳なかったと思っているが、この状況は正直ありがたい。


「お嬢さん、次の本貸して」

「えっ。もう読み終わったの!?」


ただ乗っているのは暇なので、私とジェハールは魔導書を開いていた。馬車上で実践は出来ないが、文字を読むだけなら問題は無い。速読すぎるジェハールの要求に、思わず驚きの声を上げた。


「さっき二冊目渡したとこなのに」

「アンタが読むの遅すぎなんだよ。まだそこ?」

「ぐっ」


お馴染み祖父が最初に教材にしてくれた初歩の魔導書を手にした私を、ジェハールは信じられないものを見る目で見やる。


「も、もうあと数ページで読み終わるし」

「そんだけゆっくり読んでりゃ内容もちゃんと頭に入ってんだろーな」

「えっ……えーと」


そう言われると、それほどちゃんとは知識を詰め込められていない。この魔導書の内容でテストしますよと言われたら赤点必至である。何せとにかく文字が多いし知らない単語ばかりなのだ。流して読むだけで精一杯である。目を泳がせる私に色々と察したのか、ジェハールは盛大な溜息を吐いた。


「一人で読むって豪語しといてそれかよ。毛玉に解説して貰いながら読み進めりや良かったろ」

「全くもってその通りです……」

「つーか俺、船でもそう言わなかった?」

「言ってた」


折角ルクリエディルタがいるのだから教えを乞えと。ぶっちゃけ半分暇つぶしの読書くらいの気持ちで読んでいたのだが、ジェハールからするとこの時間も大事な勉強時間だったらしい。魔法を学ぶ同志として、私の積極性の無さが目につくのだろう。


魔法を学ぶと決めたのに、どうもやる気が足りていない自覚はある。あと単に知識の飲み込みが遅い。今のやり方って教科書丸読み暗記詰め込み、みたいな感じだから正直苦手なのだ。範囲が広すぎて頭に入ってこない。前世では勉強と言えばノートにピックアップして書き出した内容だけを重点的に覚えたり、単語を何度も書いて記憶していた。そんなタイプの人間には、読んで覚えるというのは辛い勉強法である。


「……ごめん、ルーク。教えてくれる?」

「はい。では、読んだところを復習していきましょうか」


ただ教科書を読むのと、先生が解説しながら教えてくれるのは違う。ジェハールは独学でもビックリするほど覚えが良いけど、私に彼の真似は出来なかった。真似しようとするのがおこがましかった。


大人しくルクリエディルタに教えてもらうことにして、読みながら良く解らなかった部分をひとつひとつ質問していく。この魔導書は魔法の入門として一通りのことを広く浅く書かれているらしく、記された内容は多岐に渡る。魔法属性や、初歩の呪文はもちろん。八柱の神々の名前やその代表的な眷属、それらにまつわる逸話など。魔法生物や歴史的なこと、さらには宗教的な事柄も書かれている。


その中でもよく解らないのは創世神話らしきものだ。


「​ええと、『魔法使いの起源。はじめに、偉大なる月の女神がこの地に魔力を与え給うた。月の女神によってアステルの大地に降り注いだ"星杖"は人々に魔力を与え​──』月の女神はわかるけどアステルの大地ってなに?」


そう疑問を口に出すと、すかさずルクリエディルタが答えた。


「我々が生きるこの大地のことですよ」

「……星の名前ってこと?」


地球じゃないんだ。と、当たり前だが実感のなかった事実に一瞬思考が飛んだ。そうか。異世界だもんな。ここって地球じゃないんだ。アステルか。アース的な?魔法はあるけど人類が生きているし、平行世界のようなものなのだろう。


そういえば転生する前にフェイロンがそんなことを言っていた。基本は同じだと。魔法があったり、神々が恐らく実在しているという時点でかなり違う世界だけど、地球とさほど変わらない自然環境なことで此処が異なる惑星という認識が無かった。


ていうかこの世界、宇宙の概念あるんだ。


「ジェハ知ってた?」

「その本読んで知った」

「だよね」


よかった仲間がいた。私が常識知らずなだけではなかったけど、魔法使いの間では周知の事なのかもしれない。神話ってどこまで本当なのか解らないけど、この魔導書の記述は本当なのだろうか。


「この"星杖"っていうのは、本当にあるの?」

「ええ勿論。この世界に魔力をもたらした、月の女神の恵みです」


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