第39話 王都へ01
昼食は商船の皆でよく飲みに行くという大衆食堂で摂ることになった。イルハムの知り合いが経営している店らしく、シャムス商会から品を卸しているので食材の質はお墨付きだという。メニュー表は無いようで、常連であるタビアが手際良く料理を注文してくれた。
しばらくしてテーブルいっぱいに並べられた料理の香りに、きゅるるとお腹が鳴る。
「アルキパテスは食べ物が美味しいんです。ここのお料理は特に絶品ですよ」
「ほんとに美味しそう。いただきます……むぐ!?」
特にオススメだという料理をひと口頬張り悶絶する。
「……っ、辛い!!」
口の中に広がる刺激に耐えられず、慌てて水を飲んだ。
「そ?こんなもんじゃね」
「す、すみません。お口に合わなかったでしょうか」
名物だと勧めてくれたタビアにしょぼんとされ、むしろこちらがごめんなさいと謝った。美味しいのだが、辛味が勝ってしまって駄目だった。近海で捕れた魚介にトマトやナスらしき野菜、そしてたっぷりの唐辛子を合わせて蒸した料理だ。ジェハールは辛いのがむしろ好きなようで、躊躇いなく次々と口に入れている。
「お嬢さん辛いの苦手だった?」
「食べれるのもあるけど……辛すぎるのは慣れなくて。あ、こっちは好き」
羊肉らしき串焼きをかじる。唐辛子とハーブを混ぜたようなスパイスがかけられているが、これくらいの辛さなら大丈夫である。屋台感があっていい。屋敷にいる時はこういうものを口にすることは無かったけど、こういうご飯もありだ。
「あ、これも美味しい。ジェハも食べなよ」
「食ってるよ」
「辛いのばっかりじゃん。ほら、このスープ凄く美味しいよ。タビアさん、このお店のお料理みんな美味しいですね」
「よかったです。私もこのスープ大好きで」
かぼちゃ色のポタージュのようなスープ。かぼちゃの味はしない。トウモロコシでもないし何だろうと思ったら、どうやら豆のスープらしい。メシマズ系の世界って異世界転生あるあるだけど、デフォで美味しい世界で本当に良かった。日本食が恋しくないわけではないが、こういう異国料理も食べてみれば意外といけるものだ。
美味しい辛いとやいやい言いながらあらかた食べ終えたところで、そういえばとタビアが思い出したように口を開いた。
「メル様たちは旅をしてらっしゃるんですよね?次の目的地は決まっているのですか」
「え?えっと」
そう聞かれ、お茶をゴクンと飲み込みながら流れるようにジェハールに視線を向けた。この後ってどうするんだっけ。
「最終目的地は北だからとりあえず次はハルーシャに向かう。で、いーですよねお嬢サマ」
「あ、ハイ」
ジェハールにアンタ昨日の俺の説明聞いてなかったのかと無言の笑顔で凄まれて、コクコクと同意して頷く以外にない。確かに昨日地図を見ながらおおまかなルートを確認したけど、そんな一度で覚えられなくない?
「ハルーシャですね。それなら、シャムス商会の隊商が明日王都に向けて出発しますので、よろしければ荷台に乗っていきますか?」
「えっ」
途中までになってしまいますが。そうタビアが言うと、ジェハールが訝しげな顔をした。
「そりゃ歩かなくて済むならありがたいけど。アンタが勝手に決めていいのか、それ」
いち商会員に決定権などあるのかと懸念しているらしい。たしかに商船の船長の妹と言えど、これに関しての決定権があるのかは疑問である。申し出は助かるが大丈夫なのかとタビアを見やる。すると、にこりと彼女は笑って言った。
「問題ありません。隊商の隊長は私の叔父なのです。昨晩船での話をしたら、是非お礼がしたいと言っていましたから」
どうやら心配は杞憂だったらしい。彼女の親類ならば危険度も低いだろう。ジェハールもそれならばと思ったのか、私に良いんじゃね?と視線を寄越した。
王都は今いるティブールの港町からハルーシャの国境へ向かう途中で通る場所だ。徒歩だと十五日ほどかかるらしい。乗せてもらえるならば途中までとはいえ歩いて行くよりかなり楽だろう。
「では、話を通してもらっても?是非同行させて下さい」
「はい。勿論」
嬉しそうにタビアは頷いた。とにかくお礼がしたくて仕方ないらしい。申し訳なさは相変わらずあるが、有難い話でついお願いしてしまった。初めての土地を手探りで歩くよりも、慣れた人達と道中共にする方が良いに決まっている。
「このあとは、お疲れでなければいくつか案内をさせてください。たくさん見てもらいたいものがあります!」
そう言うタビアの案内で、午後も引き続き港町を観光した。流石商会の人間というか、店をよく知っている。新鮮な特産の果物を食べたり、様々な工芸品を見て回ったりと楽しく過ごすことが出来た。
この世界に転生してから、初めての観光。充実した一日だった。
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