第38話 港町散歩02


港町は栄えているだけあって人通りが多く、通りに面しているど店はどこも賑わっていた。初めて見るものばかりで、あちこちに目を引かれる。


「​あれ?これって」


ふと、装飾品を売る店で石のついた首飾りが目に留まる。ラスピラズリの様な色合いの石に、魔法陣らしき図が刻まれていた。


「お嬢さん?その首飾りがどうかした?」

「ジェハ。ねぇ、これ何か魔法陣っぽい感じしない?」

「魔法陣?」


ジェハールが覗き込む。私が指さした首飾りを見て、彼は少しだけ眉を寄せた。青い石に丸い円とそれにぴったりはまるように十芒星が彫られている。そして、星の中心には何かの文字。読めはしないが、おそらく古代文字だ。


「たしかに。っぽいな」

「でしょ?」


魔法陣らしきものが刻まれた石を店主に許可を貰って手に取る。じんわりと、僅かだが魔力が込められている。やはり、これは魔法道具の類いだ。


「これ、魔力が込められてる……と思う。ほんとにほんの少しだけど」


そう言うと、ジェハールは興味深そうに首飾りを摘み「へえ」と口角を上げた。


「たしかに、なんか感じるな。魔法陣はまだ詳しい本読んでねぇから解んねぇけど、これ何の術式だ?」

「うーん?私もよくわかんない。何かのお守りとかだと思うけど。でも、私の着けてる首飾りとはまた違う感じ」


そう言って普段は服の下に隠れて見えないお守りを胸元から取り出す。祖父の隠し部屋から拝借した、守護の魔法陣が刻まれている魔石の首飾りだ。


「ああ、それ。ラムジを吹き飛ばしたやつな」


ジェハールの言葉にラムジって誰だっけと一瞬首を傾げるが、アルバラグの王都で私に絡んできた悪党の一人だと思い出す。あの時はこの魔石のお守りに助けられたのだ。吹き飛ばしたっていうか弾いたっていうか。まぁどちらにせよそのラムジとやらの自業自得である。人拐いなんてしようとする方が悪い。


「お嬢さんのちょっと見して。……文字の形がちげえし、この青い石のほうは随分と図が簡略化してんな」

「そうだね」


気になるのは、コレがどこから出回っているものかと言うことだ。明らかに魔法道具の類い。魔法陣の簡素な図からするにおそらくおまじない程度の効果ものだと思う。しかし、ここらでは魔法は浸透していないと聞いていたのに。もしかしたらこの街には魔法使いがいるのだろうか?


店主に出処を尋ねるも、もの珍しいと思い商人から買ったものだという回答。どこの誰が作ったものかまでは知らないらしい。


(作り手がいるとしたら、その人は魔法使いの可能性が高い。どんな人が気になるけど)


何も手がかりが無いのではどうしようもない。


「俺が昔この街に来た時、魔法使いには一人も会わなかった。それ作ったやつがいるとしても、ここらにはいねーよ多分」


全く口に出していない考えに、応答するように話しかけられてパッと驚いて顔を上げた。ジェハールは私の考えが手に取るように解るらしい。自分たち以外の同胞がどんな人間か気になってしまう。ジェハールもそれは同じ気持ちだろう。


「あのう……」

「えっ。あっ」


タビアに声をかけられハッとする。そういえば彼女が一緒だった。


「あの、いまさらですけど、メル様たちは魔法使い……なんですよね」

「ええと、まあ」


おずおずと聞いてきたタビアに、戸惑いながらも頷いた。彼女は昨日魔法を目の当たりにしているし、あれが魔法の力だというのも知っている。魔法は浸透していないとはいえ、不思議な力=魔法という認識はあるらしい。下手に言い訳する必要はないだろう。


「その首飾り、以前にも見かけたことがあります。それは魔法のお守りなのですか?」

「おそらく、ですけど。他にも見たことがあるって、どちらで?」


そう言うと、タビアは頬に手を当て考える仕草をする。


「ええと、確かハルーシャとの国境近くの街だったかと」


ハルーシャはアルキパテスの隣国だ。タビア曰く、隊商に同行した時にその品を見たという。石の色形は違うが、同じような図が刻まれていたらしい。


「私は詳しくありませんが……。魔法の品、というのは商人の間で時折目にしたり、手に入ることもあるものだと聞いています」

「!そうなんですか」

「は、はい。ただ、使い方もわからないし怪しげなものが多いので。得体の知れないものをお客様に売るのは信用に関わるから、手に入れても早々に手放すようにうちの商会長には言われています」

「……」


だからシャムス商会ではその類のものは取り扱っていないのだ。そうタビアは言った。たしかに魔法を知らない、使えない人が手にするのは危険なものかもしれない。


私たちだって魔法を使えはしても、どんな魔法道具があるのかまで把握していない。まして、それが魔法の使えない人々の間で流通している事など今初めて知ったのである。


(これはおまじない程度のものだろうけど、もっと強力な、それこそ人を殺傷できるような魔法道具だってある。それを魔法使いじゃない人が手に入れて使ってるとしたら)


顎に手を当てながら考える。


多くの人々は魔法を使えるほどの魔力がない。しかし十分な魔力さえ込められていれば、道具そのものは使い方さえ解れば扱えてしまう。しかし魔法道具は、屋敷で使っていた生活を便利にするような魔法道具ばかりではない。


祖父の隠し部屋にあった魔法道具。いくつかの品を見て、ルクリエディルタに「これらにはけして触れないで下さい」と注意された。曰く、強力な魔法が込められているものだと。扱いが解らない者が触れれば、暴走し最悪死に至るとも。それを聞いてゾッとしたと同時に、祖父は何者だったのかと疑問が増えたのを思い出す。


思考に陥って俯いていた顔を上げ、タビアに務めて柔らかく笑いかけた。


「魔法道具は危ないですからその認識で良いと思います。出来るだけ近づかないようにしてください」

「わ、わかりました」


商会が魔法道具を避ける方針ならば問題ないだろうが、念を押してそう伝える。私が口出しすることではないかもしれないけど、注意喚起くらいなら許されるだろう。


シリアスな雰囲気を変えるように「そろそろ昼食にしませんか?」というタビアが言った。いつの間にか昼時になっていたようだ。喉も渇いているし休憩には丁度いい時間である。


彼女の提案にありがたくのっかり、首飾りの売っていた店を後にした。


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