第36話 騒動のあと02


「​おはようございます。メルどの」


翌朝。私たちが乗った船の船長であるイルハムが宿に尋ねてきた。タビアも一緒だ。


宿の一階にある食堂の隅に座りながら二人を出迎える。宿泊客には朝食を用意してくれるらしく、パンとスープを頂いていたところである。肉と野菜を挟んだピタパンのようなパンは、食べ慣れない味だが美味しかった。


食後のお茶を飲み干し、改めて2人に挨拶をする。


「お待たせしてしまってすみません」

「こちらこそ、急に訪ねて申し訳ない。それも食事中に」

「いえ、もう済んだところですから。どうぞ、よろしければ座ってください」


詫びるイルハムに気にしないでくれと首を横に振り、そう提案する。「ではお言葉に甘えて」と、イルハムは私の正面に腰掛けた。タビアがその後ろに控えたのを見て、ジェハールは立ち上がり私の座る背後に立った。主従という設定の手前こうしなければ不自然なのだが、立たせることを申し訳なく思う。


「もう一人の従者の方は?あの白髪の」

「ルークですか?彼には少し用事を頼んでいて、いまは別行動をとっています」


嘘である。めっちゃ足元にいる。宿に着いてからは猫の姿になっているので、宿泊客として泊まったのは私とジェハールだけ。ここで突然現れるのは不自然なので適当にそう言うと、イルハムは特に気にした様子もなく頷いた。


「そうでしたか。昨日のお礼を改めてしたいと思い、白髪の……ルークどのにもお会いしたかったのですが」

「船長さん。昨日も言いましたが、お礼は十分に受け取りました」


謝礼の品は要らないと、昨日散々念を押した。しかし気持ち的にも立場的にもそうもいかないとこうして尋ねて来たらしい。


「しかし貴方がたの不思議な力​───魔法がなければ、船は沈み我々は死んでいたでしょう。あんな恐ろしい魔物相手に……本当に、貴方がたは命の恩人です」

「私からも、改めてお礼を言わせてください。あのとき、もうダメかと思ったのに……こうして命があるのはメル様たちのおかげです」


本当にありがとうございました。と涙ながらにお礼を言われる。正直とても心が痛む。船がボロボロになったのも怪我人が出たのも私のせいかもしれないのに。


「あの、お願いですから顔を上げてください……」


罪悪感がすごいからもうやめてほしい。顔を上げてほしいと促せば、二人は頭を垂れていた姿勢からおずおずと視線をこちらに向けた。


「お礼は要らないとおっしゃいますが、私たちが納得できないのです。なにか私どもにお返し出来ることはありませんか?商会長もきっと今回の件を知れば礼を尽くせと言うはずです。私たちにできることならなんなりと」


そういう真摯な表情で言うイルハムを見て、義理堅い人達なんだなぁと思う。乗船の交渉をする前は、いかにマトモそうな商会を選ぶかに悩んでいたのに。船に乗ってからだってまだ疑心暗鬼だった。けれど蓋を開けてみれば、何とも誠実な商会である。まあ、私たちがアレを撃退したからこういう態度になっただけかもしれないけど。


ジェハールにどうしたらいいと思う?と意を込めちらりと視線を向ける。好きにすれば?と、丸投げな感じの表情で返された。こうなれば適当にこの場を治めるしかない。最早何かしらの礼を要求しないと帰ってくれなそうな雰囲気なのだ。


「では、この街を案内してくれませんか?」

「……そんなことでよろしいのですか?」

「はい。私はアルキパテスは初めてなので。何度も訪れている船長さんなら、きっと詳しいでしょうし」


折角知らない国に来たのだから観光したいという気持ちもある。この港町に観光するような場所があるのかは知らないが、飲食店を教えてもらったり、特産品を見るだけでもきっと楽しい。


シャムス商会はアルバラグ王国が本拠地だけどこちらにも拠点があるらしいし、商船で幾度となく来ているだろうイルハムならば色々と国の事を知っているだろう。


「わかりました。ですが、案内するのはタビアでも構いませんか?」

「タビアさんが?私たちは構いませんが……なにか理由が?」


答えながらタビアに目を向けると、にこりと笑みを返された。何度見ても美人さんである。


「はい。メル様は女性ですし、歳の近そうなタビアがお相手する方がよろしいかと思いまして」


なるほど。女性の好みがわからないから女性を充てるということか。イルハムは今努めて丁寧に話してくれているが、恐らく本来はもっと無骨で口数が少ない。アルバラグ出発前にも商会長のファリーフに無愛想さを窘められていた。


商会の一員とはいえ船長としての仕事がメインならば、彼は客相手に色々するのはあまり得意じゃないのかもしれない。それに比べてタビアは女性で物腰も柔らかく、私くらいの年齢の女を相手させるのはもってこいだろう。まぁ、多分私の年齢は勘違いされているだろうけど。


ちなみにこの二人、なんと兄妹らしい。船でイルハムがタビアを庇う様子にてっきり恋人同士かと思ったのだが違った。緊迫する空気の中でちょっとラブロマンスの波動を感じていたのに、実際は妹を必死に守らんとする兄だったのである。


「そういうことなら。では、よろしくお願いしますね。タビアさん」

「はい。精一杯努めさせていただきます」


案内を請け負ったタビアはそう言って綺麗に一礼する。いざ、アルキパテスの港町を観光である。



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