第34話 海の魔物02



(あれは、確か船室に案内してくれた……!)


タビアと名乗っていた、船長のイルハムと同じ褐色肌の美人さん。


「……ッ、な!タビア!!」


イルハムが窮地に陥るタビアの名前を呼んだ。必死の形相で彼女を守らんと駆け寄ったイルハムを見て、二人を守らなければと私も立ち上がる。


ずずず、とタビアと距離を詰める魔物に、イルハムが立ち向かう。怯えるタビアを背に庇いながら、イルハムは右手で剣を振るう。しかし、傷一つつかない。その様子を目の当たりにしながら、急いで手に魔力を込めた。


「​───《炎よファレア》!!」


二人を庇うように魔物の前に立ち塞がり、手のひらから炎の球を出し勢いよく放った。


(当たったけど、ぜんっぜん効いてない!!)


ギョロ、と大きな黄色い目が私を捉えた。攻撃されたことに怒ったのか、魔物はオオオオオオと大気が震えるほど大きく咆哮する。鼓膜が敗れそうな騒音と、身体が今にも吹き飛びそうなほどの風圧。グッとこらえて、転ばないよう足を踏ん張る。


「今のうちに逃げて!船長さん!タビアさん!」


私の魔力に惹かれて来たのならば、私だけを狙えばいい。私に注目させているうちに逃げるよう促すが、タビアは腰が抜けているのかその場から動けなくなっていた。イルハムがタビアを抱き抱えて逃げようと試みるも、彼は片腕を怪我しており思うようにいかない。


魔物は再び口を開け狙ってくる。先程の魔法は効かなかった。同じことをしても無意味だろう。


どうしよう、と動けなくなっていたその時だ。


「​────《影紐縛シュランディクラム》」


甲板を蛇のように張ってきた黒い紐状の影が、魔物の身体に巻き付いて動きを止めた。


「……ジェハ!」

「​はぁ。何の策も無しに一人で突っ込んでいくなっつーの。命知らず過ぎでしょアンタ」


救世主!と心の中で叫んだ。めちゃくちゃ良いタイミングでの手助けに、ちょっと不覚にもときめきそうだった。


「ありがとう!助かった」

「礼より自分で避けれるようになってくんね?って、うわっ!ッ、ハッ……!すげー力!!」


ジェハールの魔法で身体の身動きを奪われた魔物は、影の紐を引きちぎろうと身じろぎ大きく咆哮する。その轟音に船は揺れ、海がうなる。


「ッ、お嬢さん!!今のうちになんとかして!あんまり持たねぇ!!」


ちぎれそう!とジェハールが苦しげに声をあげる。


「えっ!えーと!!​ッ《炎の渦ファレアストロン》!!」


両手を前に出し魔法を放つ。渦巻くように対象を炎で囲む魔法である。読んだだけで試したことは無かったが、なんとか形にはなった。が、すぐに炎は消え魔物には傷ひとつ付いていない。


「……ダメだ効いてない!」


初めて使うせいで魔法の精度が低かったのか。魔物の体躯が強靭なのか。ともかくダメージを負わせることは出来ていない。


「ふむ。カルプグーヴァに対し炎属性の魔法を使ったのは良い手でしたね。水の眷属は火に弱いですから」

「っ、ルーク!」


背後から私の肩を抱くようにして現れたルクリエディルタは、優雅に微笑んでおもむろに私の右手を取った。登場ムーブが最早王子様なんだが。貴方使い魔であってるよね?


「あの手の魔法生物の外皮は固く、初歩の魔法では太刀打ち出来ません」

「そんな……」

「ですので、一段階上のものを試してみましょう。それなりの魔力を必要としますが、姫様の魔力量でしたら問題ありません。姫様、弓矢を見たことは?形状はわかりますか」

「えっ?ええと、なんとなくはわかるけど……」


どうやら本当に魔法の実践授業をしてくれるらしい。いつもと変わらない落ち着いた声色で、ルクリエディルタは私に思考を促す。


「では想像してください。​───美しい曲線を描く炎の弓と、鋭く的を射抜く炎の矢を」

「炎の……」

「ゆっくり、目を閉じて。手のひらから炎を生み、頭の中に描いた想像図を現実にじわじわと形づくるのです。集中して」


言われるがまま目を閉じて、頭の中で炎の弓矢をイメージする。体内の魔力を手のひらに。手のひらから宙に流す。魔力を抽出しながら、鮮明に思い描く。


(集中しろ……集中。しっかりイメージして​──)


ジェハールが必死に抑えているとはいえ、長くは持たない。何度もやり直しはできない。やるならば一発で成功させなくては。


(大丈夫。きっと出来る)


すうっ、と思考が晴れる様な感覚と共に、手に炎の弓矢が現れる。魔力で具現化した、魔法の弓矢だ。


イメージの集中を切らしたら、すぐに魔力が四散して消えてしまいそうだった。形作った炎の弓矢へ魔力を増幅させる様に込め、ぐぐぐっ、と力いっぱい弓を引いた。


「目を狙ってください。そのまままっすぐ​──」

「……ッ、うん」

「私が援護致します、ご安心を」


弓道なんて経験したことがない。当たるかは解らない。けど、自分でなんとかすると決めたのだ。ルクリエディルタが指を指す方向に標準を絞る。


ジェハールの魔法はもう限界だ。影の紐の一部がブチッとちぎれる音がした。リミットは数秒。迷っているひまは無い。


もうどうにでもなれ!


思いっきり引いて​───勢いよく放つ!!


「​────《炎の弓矢ファレアディアロー》」


ビッ!!!っと、掴んでいた矢から手を離した。炎の矢は勢いよく宙を舞い、切り裂くように真っ直ぐに魔物に向かう。すかさずルクリエディルタが風の魔法を繰り出し、炎の矢の勢いを加速させた。そして


​─────ドッ、と大きな黄色の目玉に炎の矢が突き刺さった。


「!!当たった!」


オオオオオォ!!!と耳をつんざくような咆声が響き渡る。


ブチブチッとジェハールの《影紐縛》が解けると同時に、魔物は痛みにのたうち回った。炎の矢が当たった目玉から炎が頭部に広がっていく。苦しみながら船のあちこちに弾むように身体を衝突させ​───そして、ついに海へ逃げるように潜って姿を消した。


「……っ、やった?」


激しかった波の音が止み、しんと静寂が訪れる。損傷した船の破れた帆が、パタパタとはためいた。


静けさを切り裂くように、わっ!と誰かが歓声を挙げる。怪物がいなくなったことへの歓喜の声が、次々に甲板に広がった。


魔物を無事に撃退出来た。その事実にはぁ~と力が抜け、ペタンとその場に座り込んだ。


「お見事でした。姫様」

「……ルークのおかげだよ。ありがとう」


ルクリエディルタの的確な指導と援護が無ければ、あれほどの魔法は使えなかった。私のポンコツな魔法センスと知識だけでは、アレに一撃を食らわせることなど出来はしなかっただろう。


「ジェハも。ありがとう」


彼の影使いの魔法があっての撃退である。あの巨体を動けないよう縛ってくれてくれなかったら、矢を撃ちその上命中させることなど不可能だったろう。


「お嬢さんもおつかれさん。一件落着、だな」


素っ気ないながらも労りの言葉を口にして、ジェハールは私に手を差し出した。そういえば、気が抜けて座り込んだままだ。トラブルが収束した安堵と、魔法が成功したことへの喜びに自然と口角が上がる。


差し出された大きな手をぎゅっと掴み、立ち上がった。



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