第33話 海の魔物01
甲板に出ると、信じられない光景が広がっていた。
「───なっ、なにあれ!!??」
驚愕に叫ぶ。そこに居たのは、海面から巨大な身体を覗かせている見たことの無い生き物だった。大きな牙にギョロりとした黄色い目。青緑の鱗に覆われたワニのような蛇のようなナニカである。
「うーわ、なにアレ?やばくね」
「やばいどころじゃないでしょ!!こんないるのこの世界!?」
魔法生物がいるのは知ってるけど、こんな簡単にエンカウントする存在だなんて!
「これはこれは、驚きましたね」
「なんでルークはそんなに冷静なの!?」
まったく驚いている顔ではないルクリエディルタに思わずツッコミを入れる。
オオオと咆哮の様な鳴き声と共に、怪物が激しく頭部を振りかぶった。船が大きく揺れ、大量の水飛沫が甲板に降り注がれる。
「ッわっ!!」
「おっと、大丈夫?お嬢さん」
「ご、ごめん。ありがとう」
足元の揺れにコケそうになったところをジェハールに支えられる。さらに水飛沫がかからないよう、ルクリエディルタが背に庇ってくれた。何なんだそのスマートさは。
「船長さん!!」
体勢を整えたところで、船長のイルハムの姿が目に入った。話を聞こうと急いで駆け寄ると、イルハムは私たちを見てハッと焦ったよう表情を浮かべた。
「!!アンタらか……!」
「なにがあったんですか!?あれは一体?」
怪物相手に応戦していたのだろう。海水で濡れながら剣を片手に持っている。イルハムだけでなく船員の半数以上が武器を持ち、なんとか船を守ろうと奮闘していた。
「オレにも解らん、あんなモンは初めて見る……!ヴァルト海に出るって噂に聞く海の魔物だろうが……ここらの海であんなのに襲われたことなんてねぇんだ!」
イルハムは切羽詰った声色で叫んだ。かなり予想外の事態らしい。航海中海洋生物に襲われることは稀にあるが、それもこれほど巨大なものでは無いと言う。近海では出没した試しの無い怪物に船が襲われ、船員達もパニックである。撃退しようとはしているものの、怪物はビクともしない。
「とにかくアンタがたに怪我させる訳にはいかねぇ!ここは危ないから船内に隠れていてくれ!───おいムサ!この方々の護衛につけ!!」
船員の一人にイルハムがそう指示した。その時だった。
「───!!姫様!!」
「……え」
足元に大きな影が落ちた。ルクリエディルタの声にハッとして頭上を見上げると、口を大きく開け襲ってくる怪物の姿がそこにはあった。
「ひっ!」
恐怖に動けず固まり、身を縮こませる。もうダメだと思った瞬間、ガブリとされる寸前でルクリエディルタに抱えられた。そして、一瞬で甲板の端に移動する。
「ご無事ですか!」
「し、死ぬかと思った……」
直面した命の危機に心臓が激しく脈打っている。呼吸を整えながら周囲を見渡す。近くにいたイルハムもジェハールも避けて無事だったようだ。怪物の動きはそこまで機敏では無いらしく、ゆっくりと口を閉じて唸りながらこちらを睨んでいた。
見渡せば船がボロボロになっていた。怪我人もあちこちに散らばっている。もしかしたら、既に食べられてしまった人もいるのではないか。目の前の惨状への恐怖に、カタカタと小さく手足が震える。
「……ルーク。どうしよう、船が……」
「ええ、酷い有様ですね」
「ていうかアレなに……?あんなの初めて見た」
「あれは"カルプグーヴァ"。水の神の眷属の魔法生物です」
震えながら尋ねればルークがそう答えた。ルクリエディルタが知っている魔法生物ということは、少なくとも得体の知れない怪物ではない。その事実にほんの少しだけ恐怖が薄れた。
「ですが、おかしいですね、船長も言っていましたがこの海域にはいないはずの魔物です」
ルクリエディルタはそう言いながら眉をひそめる。
「じゃ、何でいんだよ。つーかこのままじゃ俺ら全員食われるし船も沈むんだけど」
シュルルル、と手首に紐状の影を幾重にも纏わせながらジェハールがため息を吐いた。影使いの魔法だ。もしかして、魔法でどうにかするつもりなのだろうか。ルクリエディルタは戦闘態勢のジェハールを横目に見てから、問題の魔物に視線を向ける。
「わかりません。私もそうですが魔物は魔力を糧にしますから、あの様に体躯の大きな魔物は魔力の多い森や海域を出ることは滅多にしないはずで……あ」
「あ゛?」
「え?あ」
ルクリエディルタがはたと言葉を止め、ジェハールと同時に私に視線を向けてきた。いや、いやいやいや。
(もしかしなくても、原因って私なのでは?)
とんでもない事実に気づいてしまった気がする。私、すごく魔力多いんだった。
「……なるほど。姫様の魔力を嗅ぎつけてやってきた可能性がありますね」
「まじかよ、勘弁してよお嬢さん」
まさかの元凶が自分かもしれない。否、自分であるという事実。押し寄せる罪悪感で、心が死にそう。
「もしそうだとしたら本当に申し訳ない気持ちです。ほんとごめ……!?」
謝罪を口にしたその瞬間、またもカルプグーヴァが口を大きく開け襲ってきた。
「っと、あぶね!!お嬢さん!」
「わっ!」
ジェハールにグイッと手を引かれ、後方に避ける。
「はぁあ……何回目だよ」
「ご、ごめんジェハ。ありがとう」
額に手を当て呆れているジェハールに、助けてくれたお礼を言う。自分で避けられないのは本当に申し訳ないと思っている。
「で、どーするよアレ」
「どうしようか」
とりあえず現況を把握しよう。カルプグーヴァとやらはデカいし見た目はかなり怖いが動きはゆっくりだ。キョロキョロと辺りの様子を窺いながら唸ったり船の周りをぐるぐるしたりしている。
ガブガブと何度か船に向かって私を食べようと口を開いているけど、狙いが定まらないのか焦れったそうにしていた。
「ルーク、アレどうしたら撃退出来るかな?私が原因なら、責任持って追い返さないと」
「は。ご命令とあらば、私が始末しますが」
え?それありなの?いや、そうか。使い魔なのだから命令すればそういぅたことも出来るのか。先ほどから何度も守ってもらっていたけど、反撃させるという発想は無かった。
「それなら……いや、あー、ううん。自分で何とかする。私が原因かもしれないんだし」
倒してもらっちゃおう。と安易に考えて、すぐに考えを取り消す。私にとってはただの怪物だが、ルクリエディルタにとってはアレは同じ魔法生物。いわば同胞である。始末するということは、結果的に殺すということもありえるだろう。それは、私の立場に置き換えたら殺人である。
たとえ正当防衛に当てるとしても、使い魔に命令してまでそうする勇気は無い。だったら、自分でなんとかしたほうが精神的に楽だ。
私の表情から何かを察したのか、ルクリエディルタがフッとどこか嬉しそうに笑った。
「姫様はお優しくていらっしゃいますね」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ですが私にそのようなお気遣いは無用です。姫様の為とあらば、この世の全ての魔法生物さえ滅ぼしてみせます」
ニコッと見惚れるほど綺麗に笑ってルクリエディルタはそう言い放った。ここでおそらく「えっ私のために!?トゥンク」って喜ぶのが女の子的には正解なのだろうが、私はときめかない。いや、ときめけない。ガチで滅ぼす光景を想像し、ただ背筋がひやっとしただけだった。言うことが物騒なんだよこの使い魔。
「滅ぼさなくていいから!」
そしてちょっぴり残念そうな顔しなくていいから!
「そうですか。……では、折角ですから魔法の実践と参りましょうか」
「えっ」
「姫様が退治なさるということでしたら、良い実戦経験になるでしょう。さ、モタモタしていると船が沈んでしまいますよ。それにほら、あの人間が食べられてしまいそうです」
「えっ!?」
唐突な提案に驚くのも束の間。ルクリエディルタの視線の先には口を大きく開けた魔物と、それに対峙し恐怖に固まって動けなくなっている女性の姿があった。
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