第31話 船室にて01



案内された船室で椅子に腰かけ、早速お茶を頂いた。


家で飲み慣れている紅茶とは異なり、スパイスが入っているのか風味が独特だ。ミントのような葉が別皿で添えられており、これを好みで入れて飲むらしい。ジェハールは平然とした様子でぐびぐび飲んでいたが、私の口にはあまり合わなかった。一杯は飲み干したが、おかわりは遠慮した。


「なぁ、本ってお嬢さんの鞄に入れて持ってきてんだよな。着くまで読んでていい?」


二杯目を飲みながらジェハールが尋ねてくる。船の中でも本を読もうとするなんて、やはり見かけによらず勤勉家である。


「もちろん良いけど。船酔いとかしないの?」

「しねぇわ」


鞄から読みかけだという魔導書を取り出してジェハールに手渡す。受け取ったジェハールは、すぐにページを捲り集中し始めた。その姿を見て、焦りのような気持ちが湧き上がってきた。私も彼を見習ってもっと勉強した方がいいかもしれない。


「アンタも読めば?せっかく時間あんだし」

「そうしようかな」


ジェハールに促され、鞄から一冊魔導書を取り出す。最初に祖父が教材にしていた本である。未だに半分ほどしか読み進められていないのだ。


「お嬢さん、まだそこ?それ、初歩の初歩っつってなかった?」

「うっ。仕方ないじゃん……荷造りとかしてたし、私勉強得意じゃないし」


言い訳する自分に自分で情けなくなってくる。けど中々手がつかないのだ。大体、自分で本を読んで一から未知の領域を学ぶってハードル高すぎる。それに読んでいてもすぐに理解出来るわけじゃないから、何度も同じページを読み直すし。おのずと時間がかかってしまう。


「魔導書読んでも解んねぇならその毛玉に教われば?」

「教わるって、ルークに魔法を?」


ジェハールの提案に目を丸くする。それってアリなんだろうか。学院に行くまでに基本的な事は出来るようになっておきたいという気持ちはある。しかし、ルクリエディルタに教わるのはなんというか。主としてはみっともないのではないだろうか?


しかし彼に使い魔として召喚した状態でいてもらっているのは、色々助言してもらえたら助かるなという思いからだ。私とジェハールだけで旅するには魔法に関しての知見が狭すぎるし、色々教えてもらおうとは思っていた。だけどいざ教えを乞うとなると、本当にいいのかなぁ。と足踏みしてしまう。


ちら、とルクリエディルタの反応を伺うと、彼はにこっと笑みを浮かべた。


「私などが姫様にお教えするのは恐縮ですが、もし望まれるのでしたら可能な限り助力いたしますよ」

「……いいの?」

「勿論でございます。以前にもお伝えしましたが、生前のヅェト様には姫様のことをお守りし、お導きするよう頼まれていました。学院に入れば幅広く魔法を学べますが、旅の合間に魔法の扱いに慣れておくのもよろしいかと存じます」


それに姫様は折角魔力量が豊富でいらっしゃるのですから。と師事することを後押しする様にルクリエディルタは言った。本人が良いというのだから、素直に甘えてしまって良いのかもしれない。


「じゃあ、お願いします。……ほんとに、ほんと~に私勉強苦手だし物覚え悪いと思うけど大丈夫?」

「それはそれは。教えがいがあるというものです」


馬鹿に教える勉強ほど大変なものは無い。そして私は自分が馬鹿の類いだという自負がある。本当に迷惑じゃないかと念を押せば、ルクリエディルタは笑って受け入れた。なんて懐が深いんだろう。うちの使い魔やさしいね。


「では早速ですが、現時点ではどれほど魔法が使えますか?」


問われて、はたと思い返す。私まだろくに魔法が使えない。


「ええと、炎は出せる。水も。土と風と……雷の魔法も試したけど、一応使えたよ。ほんとに初歩の、手のひらにすこーし出すやつだけど」

「なるほど、すでに複数の属性の魔法をお使いになられているのですね。その中で馴染みやすかった属性はありますか?」

「馴染みやすい?って、どういうこと?」


ルクリエディルタの質問の意味が解らず首を傾げる。


「魔力には八大魔力属性があるのはご存知でしょうか」

「うん。それは覚えたよ」


属性については魔導書の序盤のページに書かれていたことだ。魔法を扱うには基本的に自身の体内にある魔力を使うのだが、その源の魔力には決まった属性が無い。その為魔力を体内から出力する際に魔力に属性を持たせる必要がある。炎の属性なら炎の魔法。水の属性なら水の魔法といったように、魔力の持つ属性をイメージしながら魔法を発動させるのだ。


属性には大きくわけて八つの属性がある。



これらの属性のイメージを持って魔力として変換させ、魔法に変える。イメージが上手く出来ていないと魔法はただの魔力の放出になってしまうため、魔法には術者の想像力の豊かさが不可欠である。


「体内にある源の魔力は無属性です。無属性の魔法ももちろんありますが、多くはそれを変換し、組み合わせることで様々な属性に変え魔法を扱います。その中でも自分と相性の良い魔力属性というものがあるのです」

「相性?」

「ええ。私はご存知の通り光の神の眷属ですから、光の魔法を扱うのを得意としています。ヒトもそれぞれです。水の属性の魔法が得意であったり、逆に火の属性の魔法は上手く扱えなかったりと相性があるのです」


ルクリエディルタ曰く、相性が悪すぎるとその属性の低レベルの魔法さえ使うことが困難だという。


「ちなみに、私は闇の属性の魔法を一切扱えません。ヒトの魔法使いの場合、大多数は全属性の魔法を扱えるようですが、全ての属性において高位の魔法までは極めることは難しい。ですから己と相性の良い属性を知り、その属性の魔法を得手とし極めていくのです」


なるほど、確かに自分と相性の悪い属性魔法を無闇矢鱈に練習するより、相性の良い属性魔法を伸ばしていくほうが効率が良い。


「姫様にとって相性が良い属性を知り、これが得意だという魔法を見つける。魔法を学ぶに当たって、これを一つの目標にするのがよろしいかと存じます」

「目標かぁ」


これが十八番だと言える魔法。必殺技的みたいな?なんだか本当に魔法使いみたいな話になってきた。いや、魔法を使える以上まぎれもなく魔法使いなんだけど。


どの属性の魔法が自分と相性が良いかを見極めなくてはならないが、今のところは自分の属性の相性というのが解らない。というか、苦手を感じるほど魔法を実践出来ていない。


「現時点でまだ得手不得手を感じる事が無いのでしたら、ひとまず満遍なく基本を学んで参りましょう」


そう言いながらルクリエディルタが魔導書のページを捲った。魔導書を片手に持つ様子は、さながら授業を行う教師のようである。


「炎、水、土、風、雷の属性の初歩魔法は試してみたとおっしゃっていましたね」

「うん」

「では、今日は光の魔法を実践してみましょう​───《光よステリア》」


ルクリエディルタの手のひらに光の球が浮かぶ。光の魔法はルクリエディルタの得手だ。というか光の神の眷属だから生まれ持ってあらゆる光の魔法を使えるらしい。


「さぁ、姫様も」

「​えーと、《光よステリア》」


見よう見まねでルクリエディルタに倣い光球を手のひらに浮かばせる。大きさは野球ボールほど。白くぼんやりと光るそれは、部屋全体をうっすら照らせるほどの明るさだ。


「素晴らしいです!流石は姫様。初めての光の魔法なのにとてもお上手でいらっしゃいますね」

「いやいや、ルークのお手本があったからだよ」


めちゃくちゃ褒めてくるじゃん。お世辞なしに賞賛するルクリエディルタがむず痒く、思わず照れ笑いする。


この使い魔、多分だけど私が何をしても褒めてくれるんじゃなかろうか。自己肯定感は上がるが、つけ上がりそうになるから程々にして欲しい。


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