第29話 出港01



地図とジェハールの服を購入した後、ファリーフの案内でシャムス商会の船が停泊している港に向かうことになった。ファリーフの従者も一緒だ。


船はあと一時間ほどで出航するという。王宮に近い街の中央から港までは歩いて三十分以上を要する。身体強化を使わずに歩くと、着いた頃にはヘトヘトになっていた。


「​わぁ」


視界に飛び込んでくる、青。目の前に広がる大海原に思わず感嘆の声を上げた。


「きれい……」


太陽の光が反射してきらめく海面に、澄み渡る空。あまりの美しさに、疲れも吹っ飛んだ気がする。


先日訪れた時にも遠目から海の存在は確認していたし、大きな港があるのも知っていた。しかしこうして間近で見るのは初めてである。日本の海とは雰囲気も潮の香りも違うけれど、どこか懐かしい感じがした。


「なに、お嬢さん、もしかして海見んの初めてだったりする?」

「うん。実は船に乗るのも初めて」


今世ではだけれど。嘘は言ってない。


引きこもりだったのは知っているはずだが、ジェハールは「マジか」と信じられないものを見る目を向けてきた。こんなに海の近くに住んでいるのだ。海を見た事がないなんて稀有な人間に会うのは初めてなのだろう。


「皆様のお乗りになる船はこちらでございます」


ファリーフが大きな船の前で立ち止まった。木製の大型帆船だ。前世で乗ったことのあるのは観光地の遊覧船くらいだけど、それよりもはるかに大きい。首を直角にして見上げ、ようやく帆柱のてっぺんを見ることが出来た。


「大きくて立派な船ですね」

「我が商会の所有する船の中でも、一等自慢の船でございます」


シャムス商会の所有する船は大小合わせ全部で十五隻にも及ぶらしい。アルバラグ王国で船を所有する商会は多くあるが、船の数だけはどこの商会にも負けないのだとファリーフが誇らしげに言った。

これだけ大きな船ならば、商品を大量輸送出来る。一度に運べる品が多ければ多いほど沢山仕入れられるし物を売れるはず。羽振りが良さそうだとは思っていたが、予想通りかなり儲かっていそうである。


「船長を紹介いたします。​───おおい、イルハム!」


船の甲板に向かってファリーフが声をかける。すると、一人の男性が私たちのいる桟橋にスタッと降り立った。舷梯無しに降りるにはかなりの高さがあるはずなのに、まるで重力を感じさせなかった。あまりの軽やかさに、驚いて思わず目を瞬かせる。


「メル様。この者はイルハム。この船の船長を任せています。アルキパテスまでの旅中、何か困り事があればこの者にご相談ください」

「イルハムと申します。どうぞよしなに」


船長というには随分と若い。三十歳手前に見える容貌。日に焼けた褐色の肌に、左の目上の傷跡が特徴的だ。そしてまたしてもイケメンの部類である。寡黙な雰囲気も相まって、思わず見とれてしまった。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。この度は急な乗船で、ご迷惑をおかけしますが」


そう言いながらぺこ、と頭を下げる。イルハムは驚いたように目を丸くしたか思うと、すぐに首を横に振った。


「いえ、こっちはいつも通り航海するだけですから」

「これっ、イルハム!お客様の前なんだ、もっと愛想を良くできないのか!」

「……すみません」

「ったく、お前は昔から……申し訳ありませんメル様。気を悪くしないで下さい。ぶっきらぼうなとこがありますが、仕事はきちんと出来ますから」

「えっ、いえいえ!お気になさらず」


確かに話し方や態度はぶっきらぼうだが、腰は低そうな感じだ。気を悪くするほどの態度ではない。気にしないでくれと伝えると、ファリーフは申し訳なさそうに謝意を引っ込めた。


「そろそろ出航しますんで、乗ってください」

「あ、はい」


叱責されたことに少し肩を落としながらも、イルハムは乗船を促してきた。船上では決まりや指示に従って欲しい。とやんわり注意された後、案内されるままに舷梯を登り船に乗り込む。


前世ぶりの船。それもこんな大きな船に乗るのは初めてのことで、なんだかワクワクする。


「ではメル様。お付きの皆様も。お気をつけていってらっしゃいませ」

「ありがとうございました、ファリーフさん。いってきます!」


ブォー、と法螺貝の様な音色が出航の合図に響き渡る。ファリーフさんに手を振りながら港を後にし、私たちの乗った船は海上を進みだした。




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