第28話 商会02



シャムス商会の商館に招かれた私たちは、応接間らしき部屋でもてなされていた。


国の公認を得ている商会だけあって、建物の中は豪奢だった。壁紙ひとつとっても、上質なものが使われているのが解る。出された果実水やお菓子、腰掛けている椅子や飾られた調度品も高級感に溢れていた。


「地図、でございますか?」

「ええ。私たち北の方を目指しているんです。その為の地図が欲しくて」


果実水を頂きながらファリーフに尋ねると、予想外の要求だったのかぱちぱちと目を瞬かせた。


「ありませんか?」

「いくつかご用意がありますが、北の方面となると……少々お待ちを。うちにある地図を持ってまいります」


地図なんかより!とゴリ押しで宝飾品を売るつもりは無いらしく、ファリーフは丁寧に断りを入れてから奥へ引っ込んだ。良かった。地図自体ははあるらしい。


「……はぁ、これ疲れる」

「お嬢さん、シャンとしててよ。金持ちだと思われてた方が色々都合が良いんだから」

「わかってるよ……」


ため息を吐きながらジェハールのほうに振り向く。私の座る長椅子の後ろに、左右別れてルクリエディルタとジェハールが控えていた。後ろに手を回してシャキッと立つ様子は、傍から見れば立派な従者である。


それにしても、ルクリエディルタはともかくジェハールが大人しく従者役をしているのには驚きだ。服装はともかく佇まいは様になっていて、私は二人のイケメン従者を侍らせる女状態である。中身の年齢考えると色々きっついこれ。私なにしてんだろ、と思わず頭を抱えた。


「姫様、大丈夫ですか?ご加減が優れませんか?」

「……だいじょうぶ。ちょっと現実逃避してた。​────ふぅ。この感じで行けば、少なくとも身ぐるみ剥がされたり奴隷にされたりはなさそうだね。嘘つくのはちょっと心苦しいけど」

「私は元より姫様に使えておりますから、何も差し支えありません」

「まぁ、ルークはそうだけども」


むしろ人前で堂々と従者ムーブを出来るのが嬉しそうにさえ見える。姫様姫様と呼ばれてこっちはめちゃくちゃ恥ずかしいんだけども。


「俺はだりーけど、今にも沈みそうなボロくてゲロ臭い舟乗るよりマシ」

「前に乗ったの、そんなに酷かったんだ」

「ひでーなんてもんじゃないね。途中船降りて泳いで行こうかと思ったくらいだよ」


ジェハールがこう言うくらいなのだから、相当酷かったのだろう。やはり少し高くついてもなるべくマシな船に乗るのが正解だ。中身はアラサーなので、金の使い所というのは解っている。お金で解決出来て懐へのダメージが少ないのなら潔く高くて良い方を選んだ方がいい。安かろう悪かろうはダメゼッタイ。旅の移動手段については自衛のためでもある。暴力を受けるのも奴隷に売られるのも嫌なので、演技だって出費だっていくらしたって構わない。


「お待たせ致しました、メル様。こちらが当商会で扱っている地図なのですが」


暫くして、ファリーフはいくつか地図を手に持って戻ってきた。そのうち一つを見やすいようテーブルに広げる。


「こちらがアルバラグ王国です。そして、隣国アルキパテス……」


地図には大陸の一部が描かれている。いくつか道が記されているが、そこまで細かい地図ではないようだった。ざっくりとした距離や地形がわかる程度なので、ぶっちゃけ旅するには心もとない。グー○グルマップの偉大さを転生してから思い知るとは。つい前世の便利さと比べてしまうが、それよりもだ。───目の前にあるのは、全く知らない大陸の地図だということ。


(今更だけど、全然違う世界だなあ)


前世生きた世界の地理とは異なる。描かれた大陸の形に見覚えがないし、地図上にある国々や都市の名も知らないものだ。改めてここが異世界なのだと実感する。


ファリーフは指さしながら地図の説明をしてくれるが、地名を知らなすぎて全然頭に入ってこない。


「えーと……?」

「​───失礼、お嬢サマ。この地図だと北は殆ど記されてないですね」

「うぇっ!?えっ、あ、そうなんだ」


突然、ジェハールが丁寧な口調で話しかけてきた。それも耳元に近いところで囁かれて思わず肩が跳ね上がる。驚きのあまり呼吸が止まるかと思った。


「申し訳ありません。うちにある地図だと、これが一番広域が記されたのものでして」

「そうでしたか。……お嬢サマ。アルキパテスから北上して、ハルーシャ、コドル、オルランディア。そしてここがポルックス王国。地図には端しか描かれてませんが、このポルックスの国境線より上はノイエリヒ王国……北の入口の国です。ひとまずここを目指して行って、道中新たに地図を買い求めるのはいかかでしょう?」


地図上にある国を読み上げながらルートを探索したらしい。頭の回転が速い。それにびっくりするくらい従者然とした態度。サラッと旅の指針を提案され、戸惑いながらも頷きを返した。


「……あ、えと。ハイ、それで良いと思いマス」

「では、そうしましょう」


そう言ってニコッと微笑んだジェハールに、内心「誰これ!?」と思いながら叫ぶの抑える。ギャップが凄すぎて心臓がどうにかなりそうなんだが。


ちなみにルクリエディルタはそんなジェハールの演技を驚くでもなく、すんとした目で見ていた。どういう感情なんだろう。まったく読めない。


「えっと、ルークもこの進路でいいと思う?」

「はい。問題ないかと」

「そう。それじゃあ、この地図を買いたいのですが」


他の地図もあったが内容は似たり寄ったり。一番北までの道が記されているのが、はじめに‪見せられた目の前のこれだ。購入の意を伝えれば、ファリーフは「かしこまりました」と頷いた。


「他にご入用なものはございますか?こちらなど、大変お似合いになるかと思いますが」


宝飾品をずらりと並べ、これが流行りのなんちゃらでこちらは希少なものでとセールストークをするファリーフに、思わず苦笑いが浮かんだ。輝く宝石や美しいガラス瓶に詰められた香水などを勧められるが、欲しいとは思わなかった。見ている分には目に楽しく心躍るのだけれど。


それよりも、だ。地図の次に最優先で購入すべきものがある。


「どれも素敵ですが、私には必要ありません。それより、男性用の服はありませんか。仕立てが必要なくてすぐに着られるものがあれば」

「服、ですか。いくつかご提案できますが、どのようなものをお好みでしょう?」

「ジェハに……彼に似合うものを」

「はっ?」


後ろに立つジェハールを手の平で示しながらそう言うと、ジェハールから驚きの声が上がる。そしてすすす、と近づいてきて小声で私に話しかけた。


「……ちょっと、お嬢さん?なんで俺の服?」

「だって、ジェハこれから旅するのに着替えのひとつもないじゃん。この際だから何着か買っとこうよ」

「はぁ?要らねえよそんなもん荷物んなるし」

「荷物になんてならないよ、この鞄があるんだから」


こそこそと小声で会話する私とジェハールを、ファリーフは首を傾げて眺めていた。ジェハールは服を要らないと言うが、私としては絶対に買いたい理由がある。


「あのねジェハ。ずっと同じ服着てたら臭くなるんだよ」

「あ?」

「一緒に旅するのにそんな人が近くにいたら嫌でしょ。少なくとも私は嫌だ」


いくらイケメンでも、許容できない範囲というものがある。臭いのは無理だ。旅する以上何日も風呂に入らないこともあるかもしれないけれど、汚れた服を着替えるだけで全然違う。匂いを香水で誤魔化すような手段は好きじゃないし、せめて替えの服は揃えておくべきである。服や身体を一瞬で清潔にする魔法があるとしても、まだ習得していないし、こういうことは魔法ありきで考えてはいけない。


「私も賛成です。その盗賊くずれのような装いで姫様のお傍にいるのは許しがたい」

「なっ」

「うんうん。その服も悪くないけど、それだけっていうのはね」

「姫様のおっしゃる通りです」


私にもルクリエディルタにもいいから買えと詰められて、ジェハールはたじっと後ろに一歩後退った。本人は頑なに拒否しているが、私の中では決定事項である。


「ファリーフさん。三、四着くらい、適当に見繕っていただけますか?」

「かしこまりました。ではジェハールどの、こちらへ」

「はっ?ちょっ、おい!!」


 ファリーフが合図すると、どこからともなく商会のスタッフらしき人が現れ、ジェハールの両腕をがしっと左右から掴み抱えた。引きづられるようにして連れていかれるジェハールに「いってらっしゃーい」と手を振って見送る。後で覚えてろよって顔をされたけど無視である。本気で抵抗すればすぐに逃げられるだろうけど、私の従者という立場で来ている建前上、派手に抵抗は出来ないだろう。


お菓子を頂きながらしばらく待つ。きゃあ~!とかお似合いです~!などと女性の黄色い声が聞こえてくる。この商会では女性も働いているようだ。服飾担当のスタッフかな?ジェハールは顔がいいからどんな服でも着こなせるんじゃないだろうか。


そして十数分後。


「​───うん、いいんじゃない?似合うよジェハ!」


新しい服に着替えたジェハールは、げんなりとした様子で応接間に戻ってきた。金がもったいないと小さな声でブツブツ言っているのが聞こえたが、必要投資なので気にしないで欲しい。


「今までの服も似合ってたけど、これいいね。ビシッと決まってる感じ」


今までの服は少し緩めでエスニックな雰囲気があったが、今着ているのは布が身体に沿って引き締まっていてカチッとしたスタイルだ。ところどころにあしらわれた金糸の刺繍が美しい。


「この他にも上下二着、肌着も数着ほど見繕ろわせて頂きました。どれもお似合いでしたよ」

「では、いま着ているのを含めて全て買います」

「かしこまりました。ありがとうございます!」


試着で女性スタッフにもみくちゃにされたらしい。疲れてため息を吐くジェハールの意見は特に聞かないまま服の購入を勝手に決めた。


服も買えたし休憩もできた。これで準備万端で船に乗ることが出来る。


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