第27話 商会01
交渉役をお願いすると、ルクリエディルタは瞬く間に猫型からヒト型に姿を変えた。
優雅ににこりと微笑む様は、家柄の良さそうな紳士にしか見えない。服装はこの国では珍しいものだが、これならば初見で警戒されることはまず無いだろう。
軽く打ち合わせをしたのち、「それでは行ってまいります」と私に頭を下げ、ルクリエディルタは『シャムス商会』の扉を叩きに行った。私とジェハールは店先で突っ立っているのも目立つので少し離れた場所で待機する。
果物を売る露天商のすぐ横に座り込み、天幕を日除けにし暑さを凌ぐ。老いた露天商の店主にチラリとこちらに視線を向られたが、すぐに逸らされた。
「ルーク、大丈夫かな」
「問題ねぇだろ。適当な設定もでっち上げたし、交渉に足りるように十分な金も持っていったし。ま、アンタの金だけど」
使い魔とはいえ命令してひとりで行かせてしまったことに少し罪悪感がある。ジェハールは気にしすぎだと言うが、こちとら誰かを顎で使うことには慣れていないのである。
お金は旅にかかる全てを私が負担することになるが、別に構わない。ジェハールは少しは持っているようだけど犯罪で手に入れたお金だから使うことに抵抗があるし、ルクリエディルタは魔法生物なのでそもそも金品を持っていない。必然的に私が財布役になったのだが、必要なことに使うのだから遺産を残した祖父も許してくれるだろう。
「つーかお嬢さん、かなり持ってきてるだろ。持ち歩くの危ねーし、財布分けた方が良くねぇ?俺持とうか」
「お金の管理くらいできるよ。ジェハに預けるくらいだったらルークに持っててもらうし」
一応中身は成人しているのだし元社会人なのだから金銭の管理くらいできる。ジェハールを信用してないわけでないが、流石にスリや盗賊を生業にしていた人間相手にそう簡単に預けられない。
「あ、そう。そんじゃくれぐれも盗まれないようにしとけよ」
「はいはい。気をつけます」
断られたことに少しムッとしたジェハールを軽く流す。そうこうしているうちに交渉が済んだのか、ルクリエディルタが店の扉を開け出てきた。
続けざまに黒いターバンを巻いた恰幅の良い壮年の男が外に出てくる。従僕らしき細身の男も一緒だ。商会の人間だろう。ルクリエディルタと共に、私たちの方へ歩いてきた。
「───お待たせしました、姫様」
「おつかれさま、ルーク。そちらは?」
ルクリエディルタに労りの言葉をかけつつ、恰幅の良い男にちらりと視線を向ける。黒いターバンには派手な金の装飾が着けられていて、彼が商会で身分の高い人間だということが伺えた。
「初めまして。わたくし、シャムス商会会長のファリーフと申します。以後、お見知り置きを」
男は恭しく礼をとってが私に自己紹介をした。なんと商会のトップだったらしい。
「初めまして。メル・ベガルタです。こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げたままのファリーフに務めて柔らかい口調でそう応えた。
「こちらはジェハール。えーと、私の従者です」
私の躊躇いながらの紹介に、ジェハールが軽く頭を下げる。
(ルークが私を呼び捨てになんて出来ないって頑なだから、私が主人でルークとジェハが従者で旅をしているって設定にしたけど、言ってて違和感あるなぁ)
細かいことなど殆ど決めていない雑な設定だが、見た目がちぐはぐなトリオが旅している理由を、深く言及されないように策を立てた結果である。
(見た目だけならルクリエディルタが一番高貴そうで人の上に立ってそうな雰囲気なのに、私が主人役って……いやまあ、確かにルークの主ではあるけども)
魔法の学校を目指して旅している───なんて理由だと、少なくともアルバラグとその周辺諸国では何言ってんだコイツと思われてしまうらしい。ルクリエディルタを使い魔であると説明するのも無理があるし、猫の姿だと会話も出来ないしこれでいこうとなったのだ。
つまりファリーフには、私が諸国を旅したいどこかの富豪だか貴族の娘で、ルクリエディルタたちはその我儘に付き合っている従者だと思われているということである。見た目からするとジェハールは従者というより用心棒って感じだけど。
「それで、ルーク」
「はい。今日の昼過ぎに出航する商船に乗せてもらえるそうです、姫様」
「それは良かった。ありがとうございます、ファリーフさん」
怪しまれないようできるだけお嬢様然とした表情を取り繕って、ファリーフ相手ににっこり笑って礼を言った。
「とんでもございません。安全にアルキパテスまでお送りいたしますので、ご安心ください」
「ありがとう。お願いしますね」
「出航まではまだお時間がございます。よろしければ中で少しご休憩なさっては?ついでと言ってはなんですが、我が商会の取り扱う品も是非ご覧になってくださいませ」
ルークはすでに謝礼を渡したらしい。それもそれなりの大金を。ファリーフの視線が金ヅルを見る目というか、あからさまに私にゴマをすっているのが解る。どうする?とジェハールにアイコンタクトを送ると、小さく頷かれた。せっかくだしゆっくり座れる場所で休憩はしたい。それに、商品の中にもし地図があればラッキーだ。
「では、お言葉に甘えて」
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