第26話 乗船交渉02



賑やかな市場通りを抜けて、少し閑静な通りに入る。


歩く人々の装いが少し変わった。服の布地が麻から絹になり、生地ひとつで一気に高級感が増す。煌びやかな装飾品を身につけたり、刺繍の入った布を纏ったりしている人もいた。ジェハール曰く、この辺りは富裕層が住んでおり、それを相手にしやすいよう商会の建物が多いらしい。王宮に近づくにつれ身分の高い人間が増えるようだ。


(めっちゃ見られてる……気がする)


多分だけど、目立っている。この国の人からすると珍しい格好の私に、お世辞にも富裕層には見えない装いのジェハール。そして、そのジェハールの肩に乗っかった猫のルクリエディルタ。傍から見るとさぞ珍妙な組み合わせだろう。非常に視線が痛い。


チラチラと訝しげな視線を浴びながら、とある建物の前でジェハールが立ち止まる。


「着いたぜ、ほら」

「……ここなの?」


ジェハールが指で示した方向には『シャムス商会』と書かれた小さな看板の掲げられている。日除けの赤い天幕が軒先を彩っていた。


「絶対ここってわけじゃあねえけど、商船を何隻も持ってる上アルキパテスに行く頻度が高い。看板に認定証もあるし、比較的マトモそうな商会だろ」


商会にも色々あり、商船で海を渡っての他国との商売をメインとするところや、陸路で奏華国との絹取引をメインとする商会もあるらしい。中には国内での生産物しか扱わない商会もあるという。アルバラグ王都に出入りする商人は山ほどいるものの、殆どの商会は拠点としての商会の建物を持てる規模ではない。目の前のシャムス商会は、その中でも比較的規模の大きい商会だ。


「いい?お嬢さん。商館を持ってるか、国の認定証を持ってるか。もしくはそのどちらも持ってるか。マシな商人かどうかの最低限の基準はこれな」


ジェハールが指を折りながらそう教えてくれる。国の認定証がある商会は商館を建てる許可を得られるだけでなく、商館を持たずとも王室で認定された宿に泊まることができるらしい。王族貴族相手にも商売を行っているところは、それなりの信用があるということである。


「ま、マトモそうに見えても裏じゃ何やってっかわかんねぇけど」

「えぇ……それって信用できるの?」

「出来るわけねえだろ。あのな、奴隷の買い手なんて大抵金持ち連中だぞ。貴族相手に商売してる商人ならそういうとこに手ぇ出してる可能性だってある。金回りが良くて表向きは良い面してるから底辺連中よりはマシってだけ」


なるほど、大きな商会だからといってまったく安心出来ないことは解った。ごく稀にめちゃくちゃ善人の商人もいるが、裏で何してるかわからないのは結局どの商会も同じだということだ。ただ見た目と言動からすでにヤバいか、見た目と言動からでは良い人達がヤバい人達か見分けがつかないだけで。


「一番無難そうな所を選ぶしかないってことかぁ」

「そういうこと」


海を渡るためには船に乗るしか無いが、なんだか交渉前から憂鬱な気分である。前世では基本的に安全なものという前提で電車やバスに乗っていたが、こちらではそうもいかないのだなぁとしみじみと思う。電車に乗る時に痴漢やスリくらいには警戒していた。けど、身ぐるみ全部剥がされたり奴隷商に売られる心配なんてしたことがないわけで。


「大丈夫ですよ、姫様。何があっても私が必ずお守りいたします」

「……ありがとうルーク」


不安が顔に現れていたのだろう。ルクリエディルタが私を安心させるようにそう言った。猫の姿なのに滲み出るイケメンオーラ。纏う空気までキラキラしてるのなんなんだろう。


(台詞がいちいち小っ恥ずかしいんだよな)


本人は至って真面目に言っているのだろうが、ルクリエディルタの姫様扱いも従者仕草も浴びるたびに恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。顔には出さないようにしているけど、内心では頬が引きつっている。


「守られんのもいーけど、ちゃんと自分でも警戒してろよ。アンタ魔法使えんだからさ」

「それはもちろん。いざと言う時に自分の身は守れるようにしとくよ」


出来るだけ対人で魔法は使いたくないが、以前のように悪意に晒される時があったら使わざるを得ないだろう。まあ、まだ大した魔法使えないけど。


常に犯罪に巻き込まれることを懸念しなきゃいけないなんて、つくづくめんどくさい。前世でぬくぬく平和に生きていたことを思うと溜息が出てしまう。


「そんじゃ、毛玉。ちょっくらヒト型になって交渉してきてくんない」

「え?ルークが行くの?」


予想外の言葉に、目を丸くする。てっきりジェハールが話をつけにいくものと思っていたのに。彼は地元をよく知っているしなにより親は商人だ。多少の心得があるから、と思ったのだが。


「俺が行くより、見た目が貴族みてぇな毛玉が行く方が話が早いだろ。お嬢さんも見た目だけは良いとこのお嬢さんだけど、ガキだから門前払いされるかもじゃん?俺の見た目じゃあ下手すりゃ強盗扱いされるし」


なるほど。ジェハールは顔立ちは良いのだが、盗賊のような短剣を腰に提げ、この国の男性では珍しくターバンを巻かずに長い髪を束ねて靡かせている。見た目としては悪い意味で目を引くのである。


私から見れば異国のイケメン青年でも、この国の一般的な感覚からするとそうは見えないのだろう。前世でいうところの裏町にいそうな不良感がある。相手は商人だ。見た目から人間を判断されるとしたら、ジェハールは身構えられてしまうだろう。


その点、ヒト型のルクリエディルタなら見た目は完璧だ。ジェハールも言った通り、どこぞの貴族かと思うような装いに指先まで洗練された所作。言葉遣いも綺麗だ。魔物なのに王族のような貫録。一体どこでそんな品を身につけたのだろうと首を傾げるレベルである。


「それじゃルーク、お願い出来る?」

「はい。ご命令とあらば」



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