第25話 乗船交渉01
二時間ほどかけて、アルバラグ王国の王都に到着した。
市街地に足を踏み入れると、相も変わらずスパイスと香水の匂いが何処からともなく漂ってきた。ここに来るのは二度目になるが、これには鼻が全く慣れない。ジェハールは慣れているのか平然としているし、ルクリエディルタも涼しい顔だ。猫は嗅覚が鋭いはずなのだが、神獣となれば嗅覚くらいコントロール出来てしまうのだろうか。
「それで、船に乗るってまずはどうするの?」
「まずは交渉だな」
私の質問にジェハールが答えた。中身成人なのにどうかと思うが、私は世間知らず過ぎるので旅の段取りはジェハールとルクリエディルタに任せている。まあ、私が先頭に立ったところで一生学院に着かなくなってしまうだろうし。
「交渉?船に乗るために交渉するってこと?」
「ああ。港から出てんのは漁船か、アルキパテス行きの商船がほとんどだ。他国に行こうとしたら商船に乗せてもらうしかない。まあ、国の軍船もあっけど……おい毛玉。勝手に俺の肩乗るんじゃねえよ」
「人通りが多いもので。姫様に乗るわけにはいかないのですから仕方ないでしょう?」
肩にひょいと飛び乗ったルクリエディルタにジェハールが怒るも、ルクリエディルタは悪気なくそう言った。
「べつに私に乗っかっても良いのに」
「とんでもございません。姫様にそのようなご迷惑をかけるなど」
「俺にはご迷惑かけていいわけ?」
「ご、ごめんねジェハ。でもルークもこうしてたほうが、歩きながらでも私たちと会話しやすいし」
キレるジェハールをどうどうと宥める。鬱陶しがりながらも引きずり下ろそうとはしないあたり、何だかんだ優しいと思う。当のルクリエディルタはすました顔をしていて、まるで最初からジェハールの肩に乗っていたかのような安定した佇まいだ。見てる分には非常に可愛い。イケメンの肩に乗る、もふもふ。いいね。
「ええと、乗船交渉ってどうすればいいの」
「どうするも何も、金渡すしかないだろ。金ねぇ奴はタダ働きで乗ることもあっけど」
「ふぅん、そういうものなんだ」
聞けばジェハールはアルキパテスまで船で行ったことがあるらしい。その時はお金を渡したそうだ。捨てられる以前にも船には乗ったことがあるらしいが、その時は幼かったし商人だった親へ同行していたので参考にならないという。
ちなみにアルキパテスというのは今いる大陸続きの隣国なのだが、アルバラグとの国境には厳しい砂丘と渓谷があるため、王都からは船で渡って行くのが一般的だという。陸路もあるにはあるが、慣れていない人間には厳しい道らしい。
「俺が前に乗ったのは下級の商船だったけど、お嬢さんが乗るにはちょっとな」
「私が乗るのだと何でだめなの?」
「……あのさぁ、お嬢さん。この前とっ捕まって売られそうだったの忘れた?商人も良い奴ばっかじゃねぇの」
「あー」
ジェハールの言葉に先日の事を思い起こす。なるほど、確かに下手な船に乗るのは危険かもしれない。
「────姫様が、なんですって?売られそうだったとはどういうことですか」
「ルーク、なんでもないから。忘れて」
聞き捨てならないと表情を変えたルクリエディルタに、すかさずそう言った。彼に言及されると長くなってしまいそうだ。
「乗るならどこの船が安全なの?」
話を戻す。
「まあ、国公認で商会の建物があるとこじゃね?女子供でも金払えば観光客として乗せてるって聞くし……安全は知らねぇけど、そういうとこなら少しはマシだろ」
「少しなんだ……」
国の公認を得ている商会は王都や他の都市に商館を置いているらしい。そういう商会は信用度が高いんだとか。私がジェハールと出会った裏路地の場末の宿で酒盛りしている様な商会は、商館などの拠点を持っていない。あまり良くない商売にも手を出している可能性があるらしい。ジェハールのようにその道に理解のある人間ならばともかく、一般人が乗るのは金を払ってでも危険だという。
「それに、地図も持ってるかもしれねぇし」
「地図!欲しいね」
そうか。書庫には無かったけど、大きな商会なら持っていても不思議ではない。売って貰えるなら是非手に入れたいところだ。
なにせ私はこれからの旅のルートをまったく把握出来ていない。ルクリエディルタは地理をざっくり知っているが、ヒトの通る道には詳しくない。ジェハールも自分で行ったことのある場所と盗賊時代に見た地図でなんとなく道を記憶してはいるものの、それも北へ向かう途中までしか解らないらしい。だいたいのルートを決め、共通認識を持ったほうが良いだろう。その為に地図は必要不可欠だ。
「では、まずは商会を尋ねることにしましょう。さぁ、道案内を」
「俺に命令しないでくれる?つーかお前が決めんな。そして降りろいい加減」
命令されたことにイラッとした様子を見せながら、ジェハールがルクリエディルタを肩に載せたままスタスタと歩き出す。
ひとまず商会に向かうことになったらしい。置いてくよお嬢さん、と声をかけられ慌てて追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます