第22話 我に返る02



「おはようございます、姫様」

「おはようルーク。ごめんね、ありがとう。朝ごはん用意してくれて助かっちゃった」


急いで着替えを済ませてジェハールと共にダイニングに顔を出す。猫の姿のルクリエディルタが、しっぽを揺らして出迎えた。この姫様という呼び方はどうにかならないだろうか。昨日は流れと雰囲気でよしとしたが、我に返ってから聞くとめちゃくちゃ恥ずかしいな。


「いいえ。簡単なものですから。……その、申し訳ありません、先程料理をするのに一時的にヒト型にならせてもらいました。姫様の許可も得ずに……」

「え、いいよいいよ。そんなの気にしないで。私の許可なんかいちいち必要ないし、ルークの都合で変えてくれて良いから」


ヒト型の方がやりやすいことも多いだろう。魔力に問題はないのだから好きにしてくれていいと言えば、ルクリエディルタは礼を言って頷いた。ヒト型になることでこうして朝食まで用意してくれて、むしろこっちは大助かりである。


「それにしても美味しそうだね。誰かの作ったごはんなんて久しぶりだなあ」


出来たての料理を見て思わず頬が緩む。湯気の立つスープに綺麗にカットされた新鮮なフルーツ、卵料理にサラダ、温められたパン。どれもこれも美味しそうである。祖父が亡くなってからは毎日味気ないぼっちご飯だったから、なんだか嬉しい。


「俺の分もあんの?」

「一応用意させて頂きました。貴方の分が無ければ姫様が気にされるかと思いましたので」


ツン、とした態度でルクリエディルタはジェハールにそう言いながら、流れる様な動作で猫からヒトの姿に変わった。サラリと揺れる白金の髪が朝日でキラキラ輝いている。どこのおとぎ話の王子様かと思わんばかりの容貌である。


「さあ、お茶をどうぞ姫様」

「あ、ありがとう」


紅茶を淹れてくれたルクリエディルタに、なるべく笑顔で礼を言う。昨日の私は我に返ってしまった今日の私とは別人に近い。が、悟られないように、というかごく普通の十代の女の子を演じなければならない。でなければ「やば」とか「無理」とか、一般人にあるまじき語彙力の言動をして訝しまれてしまう。


ジェハールにも昨日指摘されたが、私は十二歳には思えないらしい。中身の年齢がアレなので当たり前といえば当たり前なのだが、気を抜けば前世のアラサーの精神が見え隠れしてしまうのが問題である。こいつ何かおかしくね?と思われる言動を避け、出来るだけ普通に振る舞いたい。だって変な目で見られたくない。こんなイケメン達に気味悪がられたら色んなショックで泣いて​───いや、死んでしまう。


(……できるだけおしとやか。できるだけおしとやかに)


方向性はあっているのか分からないが、とにかく喋り方と挙動には気をつけよう。そう私は胸に誓った。


「姫様、何だかお顔の色が優れないようですが……」

「えっ。だ、大丈夫!気のせいだよ、すごく元気だから!」

「……そうですか。ならば良いのですが、どうか無理はなさらずに」


心配そうな顔をするルクリエディルタに、慌てて大丈夫と首を横に振る。ヒト型の時に顔を至近距離に近づけないで欲しい。心臓が止まる。


「ところで、今日は旅の支度をするのですよね」

「うん。そのつもり。屋敷を長く空けることになるし、留守の間の備えもしなくちゃ。ジェハにはちょっと待っててもらうことになるけど」


ベルメニオール魔法魔術学院までは、かなりの距離がある。ルクリエディルタによれば、此処からだと辿り着くのに数ヶ月は要するらしい。となれば屋敷を維持するための魔法道具に十分に魔力を込めておく必要がある。自分の荷造りもある為、すぐには出発出来ないのだ。


「……ま、適当に待ってるからいいけど。なんだっけ、魔力操作?について書いてある本あるんだろ。それ読ませてくれるって話だったよな」

「あ、うん。書庫にあるから、朝ごはん食べたら案内するね」


ジェハールには魔導書を読んで待っててもらうことになりそうだ。彼は魔法に関して熱心なようだし、本が嫌いでないのなら退屈せずにいられるだろう。


「私は何をいたしましょう?」

「ルークは、えーと……あ、そうだ。お祖父ちゃんの隠し部屋があるの。貴重なものが多そうであまり手をつけてないんだけど、旅に行くのに役立つものがあれば拝借していこうかと思っていて」


お守りとして首にかけている魔石は隠し部屋で拝借したものだ。詳しい効果を知らぬまま着けたものだが、昨日は悪党相手に役立った。これは守護の魔法陣が刻まれているものだったが、他にもいくつかの魔石があった。


隠し部屋には魔石だけではなく、魔法道具や薬なども数え切れないほどある。用途の不明なものばかりだが、ルクリエディルタならば識別できるかもしれない。


「私ではわからないものが多いから、ルークに見て欲しいんだけど」

「なるほど。ヅェト様がお持ちだったものならば価値の高いものが多いでしょう。姫様のお役にもきっと立つはずです。私もそれほど詳しいわけではありませんが、ある程度見極めて選別しておきましょう」

「ありがとう。お願いねルーク」


お願いされるのが嬉しいのか、ルクリエディルタは笑って頷いた。


祖父の使い魔だった彼のことだ。詳しい知識がないとは言いつつも私よりはよほど見識があるだろう。ここは彼に任せてしまって問題なさそうである。


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