第23話 書庫にて



朝食を食べ終えてすぐにジェハールを書庫に案内する。


地下にある書庫の扉を開くと、室内の照明が一斉にパァっと光る。これも魔法道具によるものだ。人の出入りを感知して明かりがつくようになっている。


ジェハールは書庫に一歩足を踏み入れると、その広さと書物の多さに目を見開いた。


「すげぇな。これ全部この家の本なのか」

「うん。どういう本があるのか私は把握しきれてないんだけどね」


ざっと見積もって三万冊はあるだろう。地図を探す時に数十冊は中を開いたが、全く手をつけていない書棚もある。


「はい、これが魔力操作について書いてある魔道書だよ」


把握している書棚の一角から魔道書のひとつを取り出してジェハールに手渡す。受け取ったジェハールは、じっと表紙を見つめてから本を開いた。そしてゆっくりとページを捲り、書かれた文字を目で追う。


「……ふぅん。なるほど。これが魔力操作ね」

「魔力操作は魔力を扱うために最初に覚えるものだってお祖父ちゃんが言ってた。ジェハは"天賦の魔法"が使えるから魔力の扱いには慣れてるだろうしし、すぐに出来るようになりそうだね」


そう言うと、ジェハールは私を見やりニヤッと笑った。すたすたと部屋の中央にあるテーブルに近づいたかと思うと​───突然、そのテーブルを片手で軽々と持ち上げる。


「えっ!!?」

「こんなもんか。楽勝じゃん」


驚いて思わず大きな声が出てしまった。テーブルは大きく、板も分厚いし重量はかなりあるはずだ。それを片手で持ち上げるだなんて。


「……え、え?待って、いま身体強化したの?だって、さっき本を読んだばっかりなのに……!?」

「さっきアンタが言ったんだろ?元から魔力の扱いには慣れてんだから、理屈がわかりゃあ簡単だっつの」


ジェハールはテーブルを降ろし、埃を払うように手を叩きながらそう言ってのけた。そんな馬鹿な。いくら魔力の扱いに慣れているとはいえ初めてやることをこんな容易にこなせるなんて。


「わ、私、何ヶ月もかけてやっと出来るようになったのに」

「は?まじ?お嬢さん魔力多いらしいのに不器用なわけ?もったいないね」

「ぐっ」


何も言い返せない。悔しいが元から器用な方でないし、この豊富な量の魔力だって転生時に与えられたものだ。その上勉強もしてこなかったのだから。けど、いくらなんでも彼は要領が良すぎやしないだろうか?


「これ、他の本も読んで良いんだよな」

「あ、うん。もちろん。丁寧に扱ってさえくれれば」


先程の魔道書を片手に、ジェハールは棚にずらりと並ぶ本に目を向ける。気になる本がいくつもあるのだろう。手に取ってパラパラとページを捲っては内容を軽く確認し本をテーブルに積んでいった。


(……そういえば、ジェハは字が読めるんだな)


アルバラグの庶民の識字率は低いようだったし、彼も幼い頃捨てられてからスラムで暮らしてきたと言っていた。ジェハールはどこかで学ぶ機会があったのだろうか。


「……なに?お嬢さん。そんなに見つめられると気になんだけど」

「え。あ、ごめん」

「謝んなくていーけど、なに?」

「いや、その……ジェハはどこで字を習ったのかなって思って」


尋ねると、ジェハールはなんてことはないような顔で答える。


「あぁ。俺、親が商人だったから。物心ついた時には勉強させられてたんだよ。捨てられたのは七つん時だから、それまでは普通の暮らししてたし」


過去を思い出しながら、ジェハールは少し遠い目をした。彼の父親は大きな商会の主だったという。長男だったジェハールは跡継ぎとして育てられ、幼いころから商学を中心に色々と教えこまれていたらしい。


「そう、だったんだ」

「六つん時かな。突然影使いの魔法が使えるようになって、親にも弟妹にも気味悪がられて遠ざけられてさ」


魔法を知らない人々の目には、影を手足の様に動かす子供の姿が異様に映ったのだろう。七歳の時に商談のためにアルバラグの王都に父親に連れられて来て、そのまま独り置き去りにされたらしい。最初は捨てられたことに気づかなかった。と、ジェハールは自嘲気味に話した。


「まぁ、別にもう恨んじゃいねぇけど」


得体の知れない力を恐れるのは当然だ。と、ジェハールは言う。


「俺自身も自分が魔法使えるようになるまで、魔法なんて奇跡の力だと思ってた。おとぎ話に出てくる空想上のモンだってさ」

「……魔法はあるのに、なんで知らない人が多いんだろうね」


この世界での魔法の認知度は、随分と地域差があるようだ。ジェハールの生まれた国もそうだが、アルバラグ王国でも魔法の存在は人々に浸透していない。


「さぁな。​────だけど魔法はあるし、それを学ぶ場所が存在する。せっかく魔法が使えるなら、もっと知りてぇって思うじゃん?」


ジェハールはそう口にしながら、魔導書を片手に小さく呪文を唱えた。炎の魔法だ。彼の手のひらの上に、火の玉がゆらゆらと浮かぶ。


「どうよ、お嬢さん」

「覚えるの早すぎ。学院に行かなくても、ジェハは独学で何でも出来ちゃいそう」


私と会話していたはずなのに、彼は同時に魔道書の内容も頭に入れてしまったらしい。書かれていた呪文をすぐに実践して成功して見せたジェハールには、驚きと同時に呆れてくる。多分、天才ってこういう人のことを言うのだろう。魔力が他人より多いだけの私みたいな凡人とは違う。


「それじゃつまんねぇだろ。学院に行けば俺たち以外の魔法使いもわんさかいるんだぜ。どんなもんか見てみてぇじゃん」

「私たち以外の魔法使い……」


そうか。それは確かに、会ってみたいかもしれない。


なるほど。私は学院を魔法を学ぶ為の場所だと思っていたが、その価値はきっとそれだけではない。


ジェハールのように周囲に自分が魔法使いであることを認めてもらえる環境でなかった人間にとって、学院は貴重なコミュニティでもあるのだ。私にとっても、祖父とジェハール以外の同胞と出会える場所。


(私、そんなことまで考えて無かったな)


前世の日本では自分がマイノリティ側の人間と区別されることは無かった。このまま屋敷に引きこもっていれば、社会に関わることはないのだろう。けど、世間に出るのならば魔法使いとして生きることになる。

そうなれば私は国や場所によっては異端と忌避される存在。数日前までの自分なら引き籠もって暮らすことは願ってもなかったが、迫害を恐れ隠れて息を潜めるのとはわけが違う。


同じく魔法使いだった祖父を亡くした今、魔法使いという自分を理解してくれる人間は、きっと同じ魔法使いだけだ。ルクリエディルタはいるけれど、彼はあくまで使い魔である。


(偶然とはいえ……ジェハと会えたのって、幸運だったのかもしれない)


そう思いながらジェハールの横顔を見上げた。もしかしたら、彼も同じ気持ちだったのだろうか。


初めて会う、自分と同じ力を持つ人間。あの時私の魔法で燃やされた男を見て笑っていたのは馬鹿にしていただけだと思ってたけど、そうじゃなかったのかもしれない。屋根から様子を見ていた彼は、私が魔法を使ったのを確認して降りてきた。


あの時の顔は嬉しい時の顔だったのかも。仲間を見つけた、と内心喜んでいたんだとしたら?そう考えると何だかこちらまで嬉しい気持ちになった。


「……あのさ。さっきも言ったけど、そんなに見つめられると気になんだけど?」

「そっかそっか、うん。ふふ」

「は?なに?お嬢さん、アタマおかしくなった?」

「ごめんごめん。何でもない」


思いだしてふふっ、と思わず笑みがこぼれた私に、ジェハールが不審げな目を向ける。


少しだけ、ジェハールの心の内が見えた気がした。


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