第20話 指針02
「あ、ジェハ。どこ行ってたの」
「屋敷んなか物色してきた。売れそうなもん色々あんね」
契約後いつのまにか姿を消していたジェハールが、応接間に戻ってきた。聞き捨てならない発言に、ジト目で睨む。
「怒んなよ。まだなんも盗ってねぇって」
「そういう問題じゃなくない?」
スリを本業にしている相手に言うのも無駄かもしれないが、屋敷のものには手を出さないで欲しい。物色したのに何も盗らずにいたことは驚きだけど、魔が差さないとは限らないだろう。
「そんなことより何か食いもんある?腹減って……あ?なにその毛玉?」
ようやく猫の姿のルクリエディルタに気がづいたのか、ジェハールが訝しげな表情を浮かべた。
「ルクリエディルタだよ」
「はぁ?コレがあの使い魔?なに、どういうこと」
意味がわからない。と眉を顰めたジェハールに経緯を説明する。話を聞いたジェハールは猫のルクリエディルタに品定めするような視線をぶつけた。お互いがお互いを品定めするような目をしているように見える。ピリピリした空気を感じるのは気のせいではないだろう。
「……と、いうわけで」
「───ふーん。で?お嬢さんの使い魔になったってことは、コイツも学院行くのに同行すんだよな?」
とりあえず納得したらしいジェハールがそう聞いてきた。お忘れかもしれないがジェハールはベルメニオール魔法魔術学院を目指すために私の帰宅に付き合っている最中だ。私の身支度が整い次第出発するという話だったが、ルクリエディルタの件があったら帰宅早々彼を待たせてしまっている。
「学院というと、エディルパレスにある魔法学院ですね?」
「ルークは知ってるの?学院のこと」
「もちろんでございます。ヅェト様も在学していらっしゃいましたから」
初耳な情報に思わず目を見開いた。いや、考えてみれば何ら不思議なことでない。祖父相手に教授の就任依頼が来ていたくらいなのだから、卒業生という可能性は十分にあった。けど、祖父の経歴など全く知らない私にとっては驚きの事実である。
「お祖父ちゃんが……そうだったんだ。実は私たち、そのベルメニオール魔法魔術学院に行きたいと思ってて」
「姫様は本格的に魔法を学ばれたいのですね。でしたらベルメニオールに入学するのは良いご決断かと。ヒトが魔法を学ぶのに最高峰と呼ばれている場所ですから」
長く生きていてるルクリエディルタが言うのだから、その評価は間違いないのだろう。微笑みながら太鼓判を押しつつ、ルクリエディルタは私の入学意思を喜んだ。
「───それはさておき、姫様」
「うん?」
先程までの笑みをスッと消して、冷ややかな表情をルクリエディルタは浮かべた。目線の先にはソファにだらりと足を組んで座るジェハールがいる。
「このジェハとかいう男は何者です?」
そういえば何も説明してなかった。もとはと言えばジェハールのほうが先に知り合ってるのでおかしな話なのだが、ルクリエディルタにもきちんと紹介しなければならないだろう。
「姫様とお話するのを優先するあまり後回しにしてしまいましたが……きちんと説明していただきたく存じます。素性の知れぬ輩が姫様の傍ににいるのは許容できません」
そう言いながらルクリエディルタがジェハールを睨む。一応お客様扱いをしてお茶を出してくれたものの、この顔を見る限り全く歓迎はしていなかったらしい。
「ええと、説明が遅れてごめんね。この人はジェハール。アルバラグの王都で知り合ったの。素性は……えーと、ジェハ?」
名前を呼びながらジェハールに視線を向けると、はぁ、と溜息を吐かれた。
「突然俺に振らないでくれる?」
「自分のことでしょ。自己紹介してよ」
私の言葉にジェハールは面倒くさそうに渋い顔をした。私の口から詳しく説明できるほどジェハールのことを知らないし、本人から話してもらったほうが早いかと思ったのだが。
「名前さえわかりゃ良いだろ。俺がどこの誰とかどうでもいい。俺は学院に行きたくて、お嬢さんは俺についてくるってだけ。使い魔のお前は好きにすりゃいーんじゃねぇの」
結局名前以外なにもわからない短い自己紹介をして、ジェハールはルクリエディルタに言い放った。その言い様にルクリエディルタは眉を顰め、私に顔を向ける。
「この男は信用できるのですか?」
「信用は……うーん?まだしきれてないけど。これから信頼出来るような関係になればいいなと思ってるよ」
そう言うとルクリエディルタは盛大に顔を顰める。
次いで大きな溜息と共に、耳としっぽが垂れ下がった。呆れられてしまったらしい。いや、自分でもどうかと思っている。今日初めて会った人と旅に出るなんて正気じゃない。けれど決めたことだし、こうしてルクリエディルタという頼もしそうな使い魔もできたのだ。これなら安心して旅立てる気がする。
「……わかりました。姫様がそうおっしゃるなら、この男が何者だろうと構わないことにします」
なかば諦めたようにルクリエディルタが言う。私に対して物申したいことがありそうなのに、ぐっと飲み込んでくれたようだ。
「そんじゃ、お嬢さんとその毛玉と俺で学院行くってことでいい?」
「うん。旅支度が出来次第出発しよう。ルークも、それでいい?」
「はい。お供いたします」
今日初めましてをした一人と一匹と、旅に出る。昨日までの自分には考えられない展開だ。波乱はありそうだが、まあなんとかなると信じよう。
出来るだけ引きこもってたいと思っていたのに、人生何があるかわからないものだなぁ。
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