第19話 指針01
「……ふぅ」
契約を終えようやくひと息つく。手をつけずにすっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。
ふと窓に目を向けると空はオレンジ色に変わっており、もうすぐ日が暮れるのがわかった。なんだか長い一日だった気がする。まさか一日でこんなに沢山の事が起こるとは思いもしなかったから、何だかどっと疲れてしまった。
「────ところで、ルクリエディルタはいま召喚された状態なんだよね?」
「はい」
「私の込めた魔力が切れたらどうなるの?」
消える、というか何処かに帰るんだろうか?疑問に思い、同じく茶を飲んでいたルクリエディルタに尋ねる。ルクリエディルタは顔を上げ、カップをソーサーに置いて答えた。
「そうですね。魔力の供給が途切れれば還ることになります。基本的に使い魔は主人が召喚しない限りは己の住処で各々過ごしていますから、普通は必要な時以外に喚び出すことはありません」
ルクリエディルタ曰く、使い魔は召喚時の魔力で一定時間出現した後も、持続的に魔力を供給されることで出現したままでいられるのだという。とはいえ魔力はかなり消費されるため、役目を終えた使い魔は召喚を解くのが一般的らしい。
「魔力さえ途切れなければずっと召喚したままにもできるってことだよね?」
「ええ。姫様の魔力量であれば常に召喚した状態を保つことも可能でしょう」
それほどまでに私の魔力量は多いのだ、とルクリエディルタは恍惚として言った。使い魔にとって魔力の多い主というのは魅力的らしい。こちらが少し引いてしまうくらいの忠義な態度はさておき、魔力的に可能ならば、このまま召喚した状態でいてもらうことは出来ないだろうか?
「……それなら、出来るだけ出現したままでいてもらってもいい?……傍にいて色々助言して欲しいの。召喚された状態でいるのがきつくなければだけど」
「姫様がお望みならばぜひに。常にお傍でお仕え出来るなんて、こんなに嬉しいことはございません」
私の頼みにルクリエディルタは喜んで頷いた。
「しかし魔力量に問題はない言えど、召喚を常時行うことで姫様に負担をかけてしまうのは……」
悩ましげに口元に手を当てたルクリエディルタは、あ、と思いついたような顔をして私の顔を見た。そして次の瞬間。ポンッ!と音を立てて、ソファに座っていたはずのルクリエディルタの姿が消える。
「えっ」
代わりに、目の前には白い猫のような小さな動物が鎮座していた。猫のような、というか紛れもなく見た目は猫である。
「このような姿でいるのは、いかがでしょうか?」
(……も、もふもふ……!!)
「……る、ルクリエディルタ……?」
「はい。ルクリエディルタでございます。実体を小型化することで魔力の消費が少なくなるかと思い、姿を変えました。私の本来の姿の幼獣の見た目なのですが、お見苦しくなければこのような姿でお傍にいようかと」
猫が喋ってる。猫がイケメンな声で喋ってる。びっくりして何から聞いたらいいかわからないけど、とりあえず本来の姿ってなに?
「……えっと、ごめんねルクリエディルタ。使い魔契約しといてあれなんだけど、貴方の本来の姿って……?」
「え」
今度はルクリエディルタが驚いて固まった。ショックを受けたような表情に、こちらも焦る。もしかしたら知っていて当たり前のことだったのかもしれない。
「……そ、そうですか。姫様はまだ魔法生物の事を学ばれていなかったのですね。申し訳ありません、私の説明不足で……」
しょぼん、と明らかにルクリエディルタが落ち込んだのがわかった。耳としっぽが垂れ下がって、顔が悲しげである。見た目が猫なのでどんな顔でも可愛く見えてしまう。
「まず、先程までの姿ですが……姫様にご挨拶をするのにヒト型のほうが驚かれないかと思いとった形で、本来の姿は違うのです。それに、本来の姿で屋内に居るのは少々窮屈でして……ヅェト様の使い魔であった時も、お供する際はよくヒト型になっておりました」
「……そうだったんだ。あの、ごめんね私無知で……。人間みたいな見た目の使い魔がいるんだなぁと思ってて……ほんとにごめん」
「いいえ。まだ姫様は幼いのですから、知らぬも当然のことです」
申し訳なさから何度も謝る私に、ルクリエディルタは首を横に振ってそう言った。見た目は幼いけど中身は幼くないんだよとは口に出せない。勉強をしてこなった浅学の自分を恥じるしかない。
「"ルクリエディルタ"というのは、"光の神ルクレリアーネ"の眷属の中で最高位の魔法生物に与えられる名なのです」
ルクリエディルタは何も知らない私に丁寧に説明をしてくれた。
まず、この世界で最も崇められているのは月の女神という存在らしい。記憶にある限り祖父の口からこの手の話を聞いたことは無かったから、この世界での崇拝の対象の話を聞くのはこれが初めてである。
話によると、月の女神には眷属である八柱の大神が存在する。八柱の大神にもそれぞれ眷属がおり、その眷属というのがこの世界における魔法生物を指すのだという。どの神の眷属であるかは魔法生物の持ち得る魔力の属性によるらしい。魔法生物は通称"魔物"といい、その数は人間の数を遥かに凌ぐと言われている。
"ルクリエディルタ"は"光の神ルクレリアーネ"の眷属。数多くいる光の神の眷属の中で最も強く、光の属性の魔力に特化しているのが特徴だという。そのため眷属の中でも最高位の魔法生物として知られているらしい。それぞれの眷属の最高位の魔法生物は神獣と呼ばれ、ルクリエディルタは光の神獣として名が通っているんだとか。
(……神獣って……とんでもないのを使い魔にしてしまったかもしれない)
本来の姿は白く光るたてがみと牙を持つ獣で、なんと翼も生えているらしい。話を聞いて想像するに、獅子に翼が生えたような見た目だろうか。幼獣の姿が猫だし、まぁおそらくそんな感じだろう。
「……教えてくれてありがとう。すごい希少な存在なんだね、ルクリエディルタは」
「いえ、そんな。私など、まだまだ若輩ですから」
私の言葉にルクリエディルタは少し照れくさそうな顔をする。若輩って、と笑いそうになったが、歴代のルクリエディルタはだいたい七百年ほどの寿命で代替わりするらしく、彼自身はまだ生まれてから百数年ほどだという。それなら確かに、人間でいうと二十歳そこそこといったところだろうか。
「あの、姫様」
「ん?」
「私のことは、どうか"ルーク"とお呼びください」
おずおずといった様子でルクリエディルタが頼んできた。あだ名か何かだろうか。思わずきょとんと瞬きをすると、ルクリエディルタは付け足すように言葉を重ねる。
「ヅェト様にも、そう気安く呼ばれていました。お前の名は言いにくいから、と」
「お祖父ちゃん……神獣相手になんて言いようなの……」
思わず額に手を当てた。神獣の名前って、きっと大事なものだろうに。あだ名なんかで呼んでバチが当たらないだろうか?ぶっちゃけ非常に躊躇われる。しかし呼んで欲しそうにしているし、祖父がそうしていたのだと言われてしまえば断りにくい。
「……えーと、……ルーク?」
「はい!」
躊躇いながらあだ名で呼んでみると、ルクリエディルタは嬉しそうに返事をした。しっぽが揺れているし、耳もぴこぴこしている。人間の姿の時はイケメンだったから同じ空間にいるのが少し緊張したけど、この姿ならいくらでも一緒にいられる気がする。もふもふは正義だ。
いつか猫を飼ってみたいと思っていたが、前世では結局一度も飼うことが出来なかった。使い魔だから本物の猫ではないけど、ちょっと嬉しいかもしれない。
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