第18話 使い魔02
まあどうするかは置いておいて、今の話を聞いて一つ気になることがあった。
「えっと、ひとつ疑問が……」
「はい。私に答えられることでしたら」
「どうしてすぐに姿を現さなかっんですか?お祖父ちゃんが亡くなって暫く経つのに……」
そう疑問を口に出すと、ルクリエディルタはすかさず答えた。
「申し訳ありません。私もすぐにご挨拶をしたかったのですが……子孫契約は当代の契約者と次代継承者の直接的な儀式を無しに強制的に行った場合、契約者の死の直後、一時的に使い魔は動きを取れなくなるようなのです」
曰く、使い魔を召喚するには契約の魔石を術者の魔力が染めきる必要があるという。子孫契約は本来、契約者が存命のうちに継承の儀式を行うらしい。儀式では当代の契約者が契約の魔石から魔力を抜くと同時に、継承する新しい契約者が魔力を込める。そうすることで契約の切り替えを行うのだとか。
今回の場合は祖父の魔力が死後すぐには抜けきらず、私の魔力が魔石を染めきるのに時間がかかったのだという。その為契約の切り替えがすぐには出来ず、召喚される為の魔力があるにも関わらず出てくることが叶わなかったらしい。
「……なるほど。話はわかりました」
ゆっくりと息を吐き出して、ルクリエディルタと目を合わせた。
「祖父は私の為に、あなたを遺してくれたんですね」
この使い魔契約は祖父の遺産だ。まさかの形だけど、もしもの時私が一人になるのを心配して気遣ってくれたのだろう。気持ちはありがたく思う。
けど、どうしたらいいかは解らない。使い魔契約は仮とはいえすでに結ばれていて、きっとすぐにでも本契約が出来るのだろう。けど自分が使い魔の主になる、というのがどうにも想像できない。
そもそも使い魔って召喚したところで何をするのか?人間の従者とは扱いが全く違う。目の前のお茶はルクリエディルタが用意してくれたものだが、ゆっくり話をするために場を整えてくれたにすぎない。お仕えすると言われたが、身の回りの世話をしてもらうための契約じゃないことは当たり前だがわかっている。
「迷っておられますか、契約を」
「ええと、……まぁ、突然の事ですし」
血を介しての契約となると軽々しく結んで良いものでは無さそうだし、よくわからないまま契約するのは使い魔に対しても失礼な気がする。使い魔になってもらったところで、私が主に相応しい魔法使いになれるとも思えない。
「いーんじゃねぇの?とりあえず契約しとけば」
沈黙していた空気を裂くように、ジェハールが言った。そういえばこの場にいたんだった。同席していたにも関わらず今の今まで空気扱いだった。組んだ脚を台座に頬杖をつき、面倒くさそうな表情で私たちを見ている。
「ジェハ……」
「アンタのじいさんの使い魔だったんなら、少なくとも信用はできるだろうし。嫌になったら解除すりゃ良くね?主はお嬢さんなんだから」
そうか。契約をした後も解除出来ないわけではないのか。ジェハールの言葉に、悩んでモヤモヤとしていた思考が少し晴れる。
「難しく考えすぎなんだって。コイツが使い魔になるのが嫌か嫌じゃないか、二択じゃん。どっち?」
「それは……嫌ってわけじゃない、けど」
「そんじゃあ決まり」
決められてしまった。いや、これで良かったのかもしれない。一人じゃ延々と悩んでただろうし。
「ルクリエディルタ、だっけ?とっととお嬢さんと契約しちゃってよ。俺たち行くとこがあんだからさ。こんなことでウダウダと時間無駄にしてらんねぇの」
自分に関係のない話に拘束されて嫌気がさしたのか、ジェハールは強めの口調でルクリエディルタにそう言い放った。身支度を整えたら出発するという話だったのに、随分待たせてしまっている。
「……貴方に呼び捨てにされる筋合いはありません。それと、私に命令して良いのは姫様だけです」
「あっそ。まあ俺関係ないし───ほら、早くしてよお嬢さん」
ルクリエディルタはジェハールを静かな目で睨みつける。ずけずけとした物言いが気に触ったようだ。
「えっと、ルクリエディルタ……?」
「はい」
私が声をかけるとぱっ、と表情を変えてこちらに向き直る。ジェハール相手と反応の違いが露骨だ。私の次の言葉を待っているようで、ルクリエディルタはじっと私から目をそらさずに座っている。こんなに真っ直ぐな目を向けられることなんて、前世でも無かったように思う。
ふー、とひと息吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「───あなたと使い魔契約、します」
はっきりそう言うと、ルクリエディルタは目を輝かせる。そして柔らかく微笑んで、ソファから立ち上がり私の目の前で跪いた。
「……ありがとう存じます、姫様。《光の神ルクレリアーネが眷属"ルクリエディルタ"は貴方様と使い魔の契りを交わし、力の限りお仕えすることをここに誓います》」
ルクリエディルタはそう口にして、両手で魔石を私の前に差し出した。白く輝く半透明な石だ。これが使い魔契約の魔石なのだろう。
「……えーと?」
どうやればいいのか解らず固まっていると、ジェハールが懐から掌サイズの小さな短剣を取り出す。そして、私の肩を叩いた。
「お嬢さん、血が要るんでしょ多分。指出して、切ってあげる」
「え゛っ」
「ほら早く」
「う、うぅ……」
急かすジェハールに、イヤイヤながら人差し指を出した。契約に血が必要なのは解っていたが、いざ自分の血を意図的に出すとなると躊躇われる。刃物で切るとか絶対痛いじゃないか。
「……痛ッ、深くない!?」
「あー、わり」
ブツッ、と切られた指の腹から血がじんわりと溢れ出す。案の定痛い。切り方の雑さの訴えは適当にあしらわれ、泣きそうになりながら跪くルクリエディルタの前に立った。
「……《光の神ルクレリアーネが眷属"ルクリエディルタ"。メル・ベガルタはその証を受け取り、血の印をもって使い魔の契約を交わします》」
自然と浮かんできた口上を口にしながら、魔石に自分の血を擦り付ける。その瞬間、石は眩い光を放ちながらふわりと宙に浮かんだ。キラキラと小さな星のような光の粒が弾けて、私とルクリエディルタを囲むように舞って飛び交う。驚いて瞬きをする間に光は消え、私の手にゆっくりと魔石が落ちてきた。
「……すごい、綺麗」
石には"ルクリエディルタ"と名が刻まれている。私の魔力が魔石に馴染んでいくのが手に持って解った。この魔石が己の身体の一部になったような、そんな不思議な感覚が湧いてくる。
「───契約は完了です。これで私は姫様の正式な使い魔。どうぞ末永く、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくねルクリエディルタ」
こうして、私はルクリエディルタと使い魔契約を交わした。
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