第17話 使い魔01
扉を開けるとそこには見知らぬイケメンが立っていました。
「……だ、だれ?」
私が留守の間に屋敷に入り込んだのか?何の目的で?というか、守りの魔法がかけてあるのにどうやって?どこから?
「あ?お嬢さん、一人暮らしって言ってなかった?」
わけがわからず固まっていると、背後に居たジェハールがヒョコっと顔を覗かせた。
「うん。一人暮らし……これ、知らないひとなんだけど───不法侵入かな……?」
「……は?」
私の困惑具合にふざけているわけではないと察したのか、ジェハールは腰元に差していた短剣の柄に手をかけ、目の前の不審人物へ警戒の姿勢をとる。
「お嬢さん、下がってて」
魔法を使えることを知っていながらも、私が子供だからかジェハールは守るように私を背に隠した。ジェハールの背に隠れながら不審な男を睨むも、「失礼、驚かせてしまいましたか」と彼は困ったように微笑んで胸に手を当てる。そしてジェハールに一瞬チラリと視線を向けてから、私に向かって口を開いた。
「お客様をお連れだったのですね。では、お茶のご用意を致しましょう」
「は?なにこいつ」
「……あの、貴方だれなんですか?どうしてうちに……?」
まるで使用人のように私へ恭しく話しかける男に、訝しみながらそう尋ねた。
「これは自己紹介が遅れました。申し訳ありません」
男はニコリと美しい笑みを浮かべた。
「私の名は"ルクリエディルタ"。ヅェト様の使い魔だったものです」
「───つ、使い魔……!?」
予想を遥かに超えた答えに面を食らう。私を庇った姿勢のまま、ジェハールも驚いた様子を見せた。だって、目の前の男はどう見ても人間のようだからだ。
けれど嘘を言っているようには見えない。それに武器を手に取ろうとしたジェハールに対しても、対抗するでも無く落ち着き払っている。少なくとも敵意があるわけではないように思えた。
「色々と説明が必要のようですね。お茶をご用意します。おふたりとも、応接間へ参りましょう」
促されるまま移動し、応接間でローテーブルを囲みながら腰をかける。目の前には淹れたてのお茶が置かれている。ジェハールは先程からあちこちに視線だけを移しながら周囲を観察していた。ソファや飾られた絵画などを値踏みしつつも、ルクリエディルタと名乗った使い魔への警戒も怠っていない。
「……あの、それで……お祖父ちゃんに使い魔がいたなんて聞いた事ないんですけど、」
「はい。私が使い魔として最後に召喚されたのは三十年以上も前のことになります」
「さ、三十年前?」
私が産まれていないどころか、祖父もかなり若い時の話ではないか。驚く私に、ルクリエディルタはゆったりとした口調で事の次第を語った。
「……どこからお話しましょうか」
────私がヅェト様の使い魔になったのは、今から五十年以上前のことになります。ここ三十年は召喚されることが無かったのですが、使い魔契約はこの数十年の間もずっと続いておりました。使い魔と主人の関係ではありましたが、若かりし頃に様々な苦境を共に乗り越えてきたヅェト様は戦友であり、家族のように大事なお方。喚ばれればいつでも馳せ参じられるようにしていましたとも。
けれど、私を召喚するにはかなりの魔力を要するのです。いえ、ヅェト様は優秀な魔法使いです。魔力量もかなりのもの。ヅェト様が私を召喚することはけして難しくはないのです。しかし年々魔法使いとしての立場を確立していくと同時に、ヅェト様には数え切れないほどの業務が降りかかりました。
それらのために使う魔力の量が膨大で、使い魔召喚に魔力を割くのが難しくなってしまったのでしょう。それに、使い魔を喚ぶ必要のある戦場もなく……私は次第にあの方に喚ばれることが無くなってしまいました。
けれどヅェト様は呼びかけてくださいました。使い魔を喚ぶためには契約時に使い魔の名と召喚者の血の印を刻んだ魔石を用意するのですが、ヅェト様はずっと大事に私の魔石を持っていました。そして私に語りかけてくださいました。────「勲章を貰った」「大きな研究を進めている」「新しい魔法を生み出した」と。頻度はそう多くはありませんでしたが、私の存在を忘れず友でいてくれようとしたヅェト様の事を、喚ばれはせずともずっとお慕いしていたのです。
ある日ヅェト様が教えてくださいました。「孫が生まれた」と。そのお孫様というのが、姫様のことです。……失礼。お気にさわりましたか。私が貴女を姫様と呼ぶのは、ヅェト様の大事なお孫様で私の主人だからでございます。それに、とても尊い血を引いていらっしゃる。姫様と呼ぶのをお許しくださる?ええ、ええ。ありがとうございます。
「私に何かあったら、孫のことを頼む」。それがここ数年のヅェト様の口癖でした。……ヅェト様が亡くなられたなど、今でも信じ難いことです。ヅェト様が亡くなられたことで私はあの方の使い魔ではなくなりました。それなのにどうして私が此処にいるのか?それは私の新しい主と、すでに契約を結んでいるからでございます。
使い魔との契約は本来は他者によって勝手に結ばれることはありえません。けれど、一つだけ強制的に結ぶことの出来る方法があるのです。それは、子や孫への"継承"。子孫契約と呼ばれるものです。強く希少な使い魔を、死後解放することなく受け継がせる為に考えられた方法だと聞いています。ヅェト様はその方法を使って私との使い魔契約を上書きしました。己が死を迎えた時、自身の使い魔契約を我が孫へ継承する、と。
ご自分の亡き後、独りになってしまう姫様のことが心配だったのでしょう。導き守る者が必要だと考えたのです。ヅェト様は姫様には契約のことを何も説明をされずにいたのですね。まったく、困ったお方です。
使い魔契約は血の契りを結ぶもの。現在結ばれてるのは仮契約であって、姫様の許しが無くては私はお仕えすることが出来ません。
ええ。ヅェト様の死後、このように姿を現すためにももちろん魔力は必要です。その魔力はすでに頂いております。魔力操作の訓練をなさったでしょう?その時に一番初めに姫様が魔力を込めた魔石。あれはヅェト様が用意した魔力を貯めておくためのもの。その魔石から、貴女様の魔力を使い魔契約の魔石に移したのです。驚くほど豊富で力強い魔力に驚きました。あのヅェト様をも遥かに凌ぐ魔力量ですね。
私はヅェト様への敬愛から継承の契約を結ぶことを決めました。けれど姫様の魔力に触れ、貴女様自身へお仕えしたいと心の底から思ったのです。
精一杯お仕え致します。どこまでもついてゆきます。
──────どうか、血の契りを交わすことをお許しください。
そう嘆願するルクリエディルタの真剣な目と声に、息を飲んだ。
なんというか、すっごい重たい愛を感じる。祖父へと、何故か私にまで。
けれど、どうしたらよいものか。
使い魔と契約するだなんて考えたこともなかったし、祖父に使い魔がいたことなんて全く知らなかったというのに。
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