第16話 砂漠道中02


不機嫌を露わにしながらジェハールが立ち止まる。私に向ける目には怒りの色が混ざっていた。


(……もしかして、私にしか見えてない?)


まさかの可能性に気づきハッとする。森は確かに私たちの前にあるのに、ジェハールの目にはこれが見えていないらしい。


「なぁ、どういうこと?」

「ちょっと待った」

「……なに」


なるほど。おかしいとは思ったのだ。だって王都の街を出た時点で、かなり遠くの方にだが、森は目視できる距離にあった。


なのにジェハールは不思議そうにしていて、そんなものが本当にあるのか?と信じていなかった。てっきり彼の視力があまり良くないか、身体強化をしている影響で私の視力が人より優れているのかと思っていた。しかし、どうやらそうではなかったらしい。


「……たぶん魔法で見えないようになってるんだ、これ。私には見えているから気づかなかった」

「何言って……」

「よく見たら薄く透明な膜みたいなのがある。ジェハ、こっち来て。ここに手を触れてみて」


そう言ってジェハールを手招きする。しかし私に謀られていたと疑っているのか、眉間に皺を寄せながら動かないまま。再度来るように促すと、渋々といった様子で彼は私の言ったとおりに手を伸ばした。


「……なんだ、これ。見えない布、みたいなのが……」

「そのまま、前に進んでみて」


薄く伸ばした水のような膜が、触れた瞬間ジェハールの目にも見えたようだ。中に足を踏み入れるように言うと、躊躇いがちに彼は一歩踏み出し膜に身体を突っ込んだ。


「​───は?」


嘘だろ。と、目をまん丸にしてジェハールが立ち尽くす。鳩が豆鉄砲を食らった顔、というのはきっとこんな表情を表すのだろう。驚きを隠せずに、口をポカンと開けている。


「ね!ホントだったでしょ」

「ねっ!じゃねぇわ。何だこれ、魔法?」

「うん、多分」

「多分ってなんだよ……」


意味わかんねぇ。と、ため息を吐きながらジェハールは髪をガシガシと掻き乱す。まさかこれほどの大きな森が魔法で隠されているとは夢にも思わなかったらしい。疑って悪かったと小さな声で謝罪をされ、気にしないでと首を横に振る。砂漠に森があるなんて言われて見えもしなかったら疑うのが普通だ。彼の反応は正しい。


「多分他人から見えないように守りの魔法がかけられてるんだと思う。屋敷の敷地にもかけられてたけど、周囲の森のほうまでは私も把握してなかったから」


この魔法を施したのは祖父だろう。街からも見える距離にあるのに、地理に詳しいというジェハールが知らないのはおかしいとは思った。砂漠のど真ん中にあるこの不自然な森は、外からは見えないように魔法がかけられていたのだ。


私が当たり前に見えているのは住民だからか、それとも祖父の血縁だからかだろうか。どちらにせよ、これを認識するための承認のようなものを得ているのだろう。


それにしても屋敷の周囲にも結界か張ってあって森を囲うようにも魔法がかけられていたということは、二重結界だったということである。それほどまでに厳重に守りを固めてまで、どうしてこんな砂漠に屋敷を構えたのだろう?そんな疑問が浮かぶ。


「……っ!なんか寒くねぇか此処」

「あ。砂漠に比べて気温が低いよね。すぐに屋敷が見えて来るから」


森の涼しい空気に、ジェハールが身体を震わせて寒がる。彼の服は生地が薄い。火傷しないように日除けの外套はかけているが、あくまでそれは砂漠の気候に合わせたものだ。日陰の多い森の中には合わないだろう。


「着いたよ、ジェハ」


無事に辿り着いた屋敷を見て、ほっと安堵の息を吐きながらそう口にする。木々に囲まれた、古くて大きな私の住む家。出発前は数週間帰ってこられない可能性も考えたものだが、まさかたった一日で帰って来てしまうとは。


「なんっだこのデカい家……お嬢さん、実は貴族だったりする?」

「しないよ。ほら、冗談言ってないで入るよ」


屋敷を見上げながら玄関前で立ち止まるジェハールをあしらう。「ただいまー」と誰もいない屋敷へ帰宅の挨拶をしながらドアノブを握って押す。


「​────おかえりなさいませ、姫様」


​扉を開けると、そこには白い髪のイケメンがいました。


「えっ、は?誰……!?」


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