第15話 砂漠道中01
「……なぁ、全然何も見えてこねぇんだけど。ほんとに砂漠のど真ん中にアンタの家なんかあるわけ?嘘ついてねぇよな」
「だから本当だってば。砂漠に森があって、その中に私の住んでる屋敷があるの」
ベルメニオール魔法魔術学院を目指し旅をすることになった私とジェハールは、王都を出て砂漠を歩いていた。
旅に出るにしても色々と支度を整え無ければならない。ジェハールは何時でも出発できると言うのだが、私はそうもいかない。はじめはジェハールに王都で待っていてもらおうと思ったのだが、待ち合わせるより一緒に行った方が早いと言う。そんなわけで、屋敷に帰るのに同行してもらう事になったのだ。
「ハルラ砂漠に森なんてあるかよ……見たことねえし」
延々と続く砂の大地を並んで歩く。ジェハールは私の言葉を疑いブツブツと言いながらも、足を止めない。王都を出て結構な距離を歩いているが、疲れた様子も無く私に着いてきている。屋根からも軽々と飛び降りていたし、身体能力は高そうだ。
「ジェハール……ジェハは、この辺の地理に詳しいの?」
「あー、まあ。一時期は盗賊みてぇなことしてたから、ここら一帯の地理はそこそこ?」
「えっ、盗賊!?」
まさかの過去にギョッと思わず驚愕の声を上げた。
「だいぶ前にやめたよ。集団で生活すんのも獲物山分けしなきゃいけねえのも性に合わなくてさあ。最近はスリ一本だったし」
そんなにサラッと言うことだろうか。
彼はスリだけでなく、様々な犯罪に加担した過去があるようだ。育った環境がそうさせたのだと解ってはいても、肯定することは出来ない。それにしても、砂漠に盗賊って本当にいるんだなあ。
「ちなみに、ここから南西に数日行けばオアシスがある。向こうにはデカい岩山があって……まあ、あっちは盗賊団の根城になってるから近づかない方がいいぜ」
「街とかはないの?」
「パルテスってオアシス都市がある。それとペシャルーグ山脈の手前にサンバルって街。街の規模がデカイのはそんなもんだな」
砂漠の交易路に沿っていくつか小さな町や村もあるらしい。サンバルまで行くと砂漠部分がほぼ無く、山の麓には緑が広がっているという。
「ペシャルーグ山を超えた先は"奏華国"。行ったことはねぇけど、奏華の絹織物は王都の市場でもよく売ってる」
奏華はアルバラグとも交易はあるが山越えがキツく、まともにやりとり出来るのは規模の大きい隊商だけらしい。奏華へ買い付けに行ける隊商はアルバラグでは貴重で、入手が困難な事から絹織物はかなりの高額で売られているようだ。奏華国、という響きからして中華っぽい感じの国だろうか?もしかしたら日本に似た国もあるかもしれない。
「……つーかアンタ、結構体力あんだな」
休みなく歩き続ける私に、ジェハールは意外そうに言った。というより怪訝そうな顔をしている。見るからにヒョロそうな私が、これほど歩いてもケロッとしているからだろう。
「私、身体強化してるから」
「なにそれ?」
初めて聞く言葉だったのか、ジェハールは首を傾げる。
「魔力操作だよ。身体に魔力を巡らせて、身体能力を強化する術。今は足に集中して巡らせてるから、あんまり疲れないんだ」
「……!へえ、そんなの出来んだ」
感心したようにジェハールは目を輝かせた。
「ジェハも出来るんじゃないかな?私は教えられないけど、家に魔導書なら沢山あるから好きに読んでいいよ」
持って生まれた魔法といえど、ジェハールはあれほど巧みに影を操れるのだ。魔力のコントロールはきっと上手だろう。魔力操作くらいなら簡単に身につけてしまうと思う。
「そりゃ、読ませてもらえんなら有難いけど……、お嬢さんさあ、俺が言うのも何だけど会ったばっかりの男に気ぃ許しすぎじゃね?それもこんな犯罪者にさ」
ジェハールは呆れたような顔で私を見る。驚いた。犯罪者の自覚はあったのか。
「もちろん警戒はしてるよ。まだ貴方のことよく知らないし……けど、これから一緒に旅するのに、よそよそしい態度のままいたらお互い疲れちゃうでしょ?」
「まあ、そりゃそうだけど」
というか、何かされたら全力で燃やすつもりでいる。そう伝えればジェハールは嫌そうな顔をしながらも納得した。よく知らない人間と一緒に行くことを決めたのは自分なのだ。害されることがあったとしても、自己責任でしかない。けどまあ、できることなら今後信頼できるような関係になれれば良いと思っている。
「知らないといえば、ジェハって歳いくつ?」
「俺?言ってなかったっけ。16だけど」
「16!?うそ、20歳くらいかと思ってた……!」
「は?俺そんなオッサンに見えんの?」
私の驚きように、ジェハールは不満げに眉を寄せた。
「だって、私に絡んできた連中と知り合いなんでしょ?あの人たちと同じ歳くらいかと思って」
「いや、アイツらも18かそこらだけど。髭のデカいのいたろ。アイツなんかああ見えてまだ19だぜ」
「うそ!?」
「嘘じゃねえって。スラム出身でガキの頃から知ってるから間違いねーよ」
まじか。予想が外れすぎていたことに動揺が隠せない。どう見てもオッサンだった髭面が十代という事実にも驚きだが、ジェハールの年齢にもびっくりだ。十六歳なんて前世で言ったらまだ高校生ではないか。見た目が大人びているからてっきり二十歳は越えていると思ったのに。
「そんな驚くこと?」
「すごく、びっくりしてる……16かぁ。若いね、ジェハ」
「俺より年下のアンタが何言って……お嬢さん、年下だよな?歳いくつ?14くらい?」
ジェハールは神妙な顔でそう尋ねてきた。
「このあいだ12歳になったとこだけど」
「は!!?」
今度はジェハールのほうが驚愕に目を見開いた。大きな声で叫ばれ、耳がキーンとなった。
「うそだろ!?」
「嘘じゃないけど」
「……いやいやいや、見えねぇよ」
そうだろうかと首を傾げる。前世を合わせての精神年齢はともかく、見た目はこれだし私が大人でいる必要は無い。無理して子供ぶっているつもりもないが、大人として振舞っている気もない。見た目は子供。中身は一応大人、って感じだ。
ジェハールはそう感じなかったらしく、雰囲気が十二歳の子供のそれじゃないと言う。うーん。二十歳過ぎると若く見られたほうが嬉しかったけど、この見た目なら大人に見られるほうが嬉しいかもしれない。しかしそうか。私を襲った連中がこんな子供を慰み者にしようとした理由がわかった。十二歳の子供相手は流石にどうかと思うが、十四歳くらいだと思われていたのならギリギリ理解出来なくもない。
「いや、確かに小柄だとは思ったけど……そっか、年相応でそれか」
まだ驚きの余韻が残っているのか、そう言いながらジェハールは私を見る。そんなにまじまじと見ないで欲しい。照れる。
こうして改めて見るとジェハールはイケメンの部類だ。顔の造形が整っていて、スラリとした体躯はまるでモデルのよう。黒く長い髪は耳の上から片側だけ三つ編みにして、後ろで一つに縛っている。猫のようなパッチリとしたツリ目に、深い海のような青い瞳が印象的だ。
「ま、いいや。それより、まだ見えてこねぇの?ずっと砂漠じゃん」
「え?もう目の前だよ?」
いつのまにか森の手前に着いていた。ほら、と指さす私にジェハールは「はぁ?」と私を訝しげな顔で見やった。
「───何もねえんだけど」
「え?」
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