第14話 魔法使いの青年02


ジェハールが私に話しかけてきて、さらに魔法を見せてきた理由がようやく解った。


話の切り出し方はともかくとして、害するつもりで近づいてきたわけじゃなかったらしい。


「俺人身売買はしない主義だから、とりあえず金目のモン頂こうと思ってアンタに近づいたんだよ。たまたまスれたのがその手紙で、アンタに色々聞こうと思って話しかけるタイミング狙ってたんだよね」


全然撤回。この男、初めは私から盗むために近づいてきてたんだった。バリバリの害意じゃないか。ジト目で見やるも、ジェハールはなんて事無いように話を続ける。


「学院が本当にあるのかどうかは今まで半信半疑だったけど……この手紙の内容、アンタの反応見る限り嘘じゃねえみたいだし。アンタがお偉いさんと知り合いなら学院に行く足がかりになると思ったんだけど……お嬢さん、学院の人間と面識は?」

「……無いけど。手紙を出したかったのも、お祖父ちゃんが亡くなったのを知らせたかっただけで」


そう言うとジェハールは少し落胆した表情を浮かべた。彼は私が学院の関係者と知り合いであって欲しかったようだ。


ベルメニオール魔法魔術学院はこの国からでは数ヶ月はかかるほどの遠方にあるらしい。学院で魔法を学びたいという目標はあったものの、ツテも無い上に現地の実態も解らぬまま行くのはリスクが高い。目指すべきか否か、二の足を踏んでいたところに私が現れたのだという。


「まあ、アンタが学院の人間と知り合いってわけじゃないのはわかった。けど、その手紙持っていけば少なくとも門前払いは無いよな」

「……たぶん?」

「それじゃ行こうぜ。手紙届けに」

「は?」


よし、と立ち上がったジェハールは、私の手を取って引っ張り無理やり立たせた。いまこの男はなんと言った?届けに行く?手紙を?


「ちょっと待って。手紙を届けるって、本気で?」

「なんだよ。アンタの手紙だろ。届けるつもりだったんじゃねぇの?」

「いや、そうだけど……現地まで自分で行くつもりなんて無かったし、郵便屋さんみたいな人が居ると思ってたし……」

「アンタが行かないなら、俺が一人で届けるけど?」


預かってやるよ。というジェハールの提案に言葉を詰まらせる。手紙を届けてくれる人は他にはいなさそうだし、自身で届けられないのならジェハールに預けるしかない。けれど、簡単にお願いするのは躊躇われる。


「つーか、渡さねぇなら無理やり奪うけどいい?」

「え」

「やっと足がかりになりそうなもん見つけたのに、逃がすわけねえじゃん」

「……え、ええ?」


ジェハールは私の手紙無しには行くつもりがないらしい。手紙を私から奪うか、手紙ごと私を連れて行くか。目的の為ならば、恐らく彼は本当に容赦なく手紙を奪い取って行くだろう。信用して預けることも出来なくはない。が、どうしても信じきれない自分がいる。


いや、違う。ジェハールを信用出来ないとかは二の次だ。いま頭にあるのは、彼と話をして浮かんできた自分の意思。


(​……私も、魔法を学びたい)


祖父の死を知らせるだけなら手紙を渡してしまえば事足りる。けど、ジェハールの魔法への強い執念に、自分の心が揺れた。彼はすでに"天賦の魔法"という才を得ているのに、さらに魔法を学ぼうとしている。どこからそんな意欲が来るのだろう?魔法とはそれほどまでに魅力的なものなのだろうか?


魔法の勉強は本を読んですれば良いと思っていた。けど、本気で学ぼうとするならばきっと目指すべきなのだ。最高峰だという、その魔法の学校を。


「​…………手紙は渡せない」

「……なら」

「けど、私も一緒に行く」


私の言葉に、ジェハールが目を見開く。


「……マジ?行ってくれんの」

「うん。私も魔法の学校、行ってみたくなった」

「​​───いいね。そうこなくちゃ」


そう言ってジェハールは愉しそうな笑みを浮かべた。今日会ったばかりの人間と、それもスリをするような男と一緒に旅するなんて馬鹿げているとは思う。警戒心が足りないとも。騙されていないとは言いきれない。けど、信じてみるしかない。どうせ一人では目指せない場所なのだ。


「そんじゃお嬢さん、もう一度聞くけどお名前は?」

「​───メル。メル・ベガルタ」


聞かれて名乗る。そう言えば名前も教えてなかった。いや、私が答えるのを拒否して逃げようとしたんだったか。まあ、それはもう過ぎたことだ。これからは共に旅する仲間になるわけだし、仲良くやらないと。


「よろしくね、ジェハール」


そう言って手を差し出す。ジェハールは目をぱちくりとさせ、躊躇いつつも私の手を握り返した。


「ジェハでいいよ。こちらこそよろしく」


この世界に転生してなんの目標も持っていなかった私が、初めて何かをやってみたいと意志を持てた。ならば、できる限り頑張ってみよう。


「そんじゃ行こうかお嬢さん。​───北の果てまで」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る