第12話 悪意との遭遇02
(……とにかく逃げなきゃ……だけど)
なんとかこの場を切り抜けたいが、四方を囲まれていてどうにも突破出来そうに無い。
「おっと、逃げられると思うか?」
男の一人が手を伸ばしてきた。逃れようとするも、容易く腕を掴まれてしまう。嫌悪と恐怖にヒッと、引き攣った声が口から漏れた。
その時だった。
───バチッ!!
私の腕を掴んでいた男が、見えないなにかに弾かれた。衝撃波の様なそれに勢いよく吹き飛ばされて、男は数メートル後方へと吹き飛んでしまった。
「……え」
何が起きたか理解出来ずに、呆然とする。
「──なっ!?」
「ラムジ!!おい!しっかりしろ!おい!!」
「ッこのガキ!!なにしやがった……!?」
吹き飛ばされた男は気を失って倒れ込んだ。焦ったように仲間の一人が駆け寄る。
(……なに?私?何もしてないのに、なんで)
男たちに睨まれて、戸惑いながら一歩後退る。ハッ、と己の首飾りが光っていることに気がついた。
(……!!お祖父ちゃんの魔石……!そうか、お守りに着けてたから)
魔石には守護の魔法陣が刻まれている。恐らく、これが発動したのだ。どれほどの効果があるのか知らぬまま身に着けていたが、男の悪意に反応したのだろうか。
先程掴まれていた腕をぎゅ、っともう片方の手で握りながら男達を睨みつける。チャキ、と刃物を取り出した男達相手に、ゆっくりと右手を前に出し手のひらを広げた。
「──《
「なっ!?がッ……!!」
何もない空中に炎が現れ勢いよく燃え広がる。風に乗った炎が目の前の男の腕に引火し、男の上半身は炎に包まれた。
「熱ぃ!!アッ……!!火が!どうして、クソ!!クソ!!」
「ひっ、ひぃ……!」
出来れば使いたくなかった。男に絡まれた時点で逃げるために魔法を使うことは出来た。それをしなかったのは躊躇いがあったからだ。
まだこの世界での魔法使いの立ち位置も解らないし、少なくともこの国では魔法らしきものを一つも目にしなかった。魔法を使うことで、私に向けられる目がどう変化するのか想像が出来ないのだ。異端と迫害されれば、この先この国で買い物なんて出来なくなる。
けれど、祖父の魔法石が無ければ彼らにあのまま捕まって、私は酷い目に合っていただろう。
やらなくては、やられる。魔法を人に向けて使ったことに罪悪感はあるが、この場合正当防衛だと開き直るしかない。
(でも、殺したりはしたくない)
魔力を込めすぎたのだろうか。魔法の勢いが良すぎて、思ったより燃えてしまった。炎に包まれた男はこのままだと死んでしまうだろう。それは絶対にダメだ。
「…………はぁ」
「ヒッ、ヒィッ!!何を」
魔法はやはりメジャーではないのだろうか。信じられないものを見る目で、彼らは怯えている。得体の知れない力に慄く男達に向かって、二、三歩距離を詰めた。そして、燃える男に手を翳して呪文を唱える。
「……《
ザパァッ。と、バケツをひっくり返したような水が男に降り注いだ。なるほど。同じ呪文でも水の球をイメージしないとこうして形状を保つことはないのか。ひとつ学んだ。
水をかけられると男が纏っていた火は一瞬で鎮火し、蒸気が周囲に広がった。火が消えた男は、はくはくと口を動かし、呆然とした様子でその場に膝を着いた。髪がちりぢりに燃えて、顔や腕には火傷が出来ていた。
(……ちょっと、やりすぎたかも)
怪我を負わせてしまったことに罪悪感が湧きあがる。先に絡んできたのはコイツらだし、自業自得だと割り切るしかない。
それでも、自分が目の前の人間に怪我を負わせた事実に心臓がバクバクと鳴り止まなかった。大丈夫。落ち着け。と自分に言い聞かせ、呼吸を整える。
「……ふぅ。……で、何でしたっけ。私を売り飛ばすんでしたっけ?」
「ひっ、いや……あの」
すっかり怖気付いたのか、私を取り囲んでいた男たちの大半はすでに尻尾を巻いて逃げていた。最初に私に絡んできた燃やされた男と、腰が抜けて動けない男。それに、お守りで吹き飛ばされて気絶している男だけがこの場に残っている。
「────ぷっ、はははは!!派手にやられたなあお前ら!」
「!!ジェ、ジェハ……!」
もう後は放っておいて帰ろうと思った矢先、この場に不釣り合いな笑い声が頭上から響いた。
「お嬢さん、スゴいね。いまの魔法」
スタッ、と屋根の上から降りてきた男は、愉快そうな表情で私に話しかけてきた。いつでも魔法を使えるように右手を構える。
「おっと、警戒しないでよ。俺、別にコイツらの仲間ってわけじゃないから。顔見知りなだけ」
「…………」
「いやあ、面白いもん見せてもらった。女、それもガキ一人でこんな危なかっしい場所に来たと思ったら案の定絡まれてるし、魔法は使えるしで。知ってる?アンタこの国入った時から目ェ付けられてたよ」
「……!」
男の言葉に目を見開いた。聞き捨てならない内容だ。目の前の男が現れたことで逃げるチャンスと思ったのか、私に絡んできていた男達は気絶した仲間を残しいつの間にかこの場を去っていた。
「世間知らずで身なりが良くて金持ってそうなガキって、情報がイッキに俺んとこまで来たもん。アンタの知らないとこでアンタの話題で持ち切りだったよ」
「…………っ」
「さっきの連中は路地に入ったら数人で襲う算段つけてたんだよ。勿論ぶつかったのもわざと。ご丁寧に売り飛ばすルートまで考えてたぜ」
ペラペラと聞いてもいないのに男はしゃべり続ける。迂闊だった。目を付けられるかも、とは思っていたが無事に買い物を済ませられたことで安心しきっていた。これまで無事だったのは、襲う機会を探られていただけだったなんて。自分の甘さへの憤りに、ぐっと拳を握る。
「ま、あんな魔法が使えんなら一人歩きしてんのも納得がいくけど。なぁ、ちょっと俺とお話しない?」
「……っ、誰が」
「自己紹介まだだったね。俺はジェハール。お嬢さんのお名前は?」
身勝手に名乗り意味のわからないことを言う男に戸惑う。完全に男のペースだ。どう言い返せばいいのかわからない。仲良く、なんて出来るはずもない。大体、お嬢さんと呼んだと思ったら次の瞬間にはアンタと言い放って、私を見下しているのが目に見える。この男は何がしたいのだろう。
「……名乗る必要がないです。お話もしません。私行くところがあるので」
「ふぅん。俺もついて行っていい?」
「……!着いてこないでください」
歩き出した途端ぴったり後ろを着いてくる男に、強くそう言い放つ。関わりたくないとそっぽを向いても、面白がった様子で男──ジェハールはぐいぐいと距離を詰めてきた。私が逃げるように足早に歩く度に、彼もまた足をはやめ近づいてくる。走って逃げようとしても、恐らく簡単に追いつかれてしまうだろう。
「───お嬢さん、手紙届けたいんでしょ?」
「え」
「隊商に頼むつもりだったって?」
「どうして知って……」
「俺、肉屋の辺りからアンタのことずっと尾けてたから。この先の宿にいる隊商の連中、アンタに手紙のこと教えた粉屋の親父とグルだぜ。あの親父が字が書けねえってのは本当だろうけど……とにかく、のこのこ尋ねたら手紙頼むどころか身ぐるみ剥がされて売られてたよ」
マジか。と、口をポカンと開ける。そんなの当たり屋をしてきた男連中と大して変わらないではないか。ジェハールに尾行されていた事実なんてどうでも良くなるくらい、私に振りかかろうとしていた悪意の数に頭を抱えた。
「つーかマトモな商人ならこんな場末の宿屋に泊まるわけねーじゃん?」
まともな隊商なら国の認定証を持っているから王室認定の宿に滞在出来るのだ。それか商館を持っている。と、ジェハールは世間知らずの私を笑った。羞恥に顔が熱くなる。しかし、何も言い返せない。悪い人はいるだろうけどほんの一部だろうと、前世の感覚でいた自分が浅はかなのだ。けど、小麦粉屋の店主も、私に当たり屋をして絡んできた男達も、この先に待ち構えていただろう隊商も悪意があった。平和に暮らしていた以前の人生とは違うのだ。と、今世の現実に下唇を噛み締める。
「俺が届けたげるよ、手紙」
「は?」
もちろん報酬は貰うけど、と両手を広げながらにこにことジェハールは言った。何を言っているのか。こんな目に遭った直後、よく知らない目の前の男に大事な手紙を預けるわけがない。
「コレだろ?宛名は"ジルファー・マグベリアス"」
「……えっ!?何で持って……!?」
いつのまに盗られていたのか、ジェハールは私の手紙を手に持っていた。なんて事だ。スられていたなんて全く気づかなかった。
「鞄に仕舞う時は気をつけねぇと。アンタが粉屋で買い物してた時にはもう俺の懐にあったよ」
「……うそ」
信じられない。と唖然と口を開いた。ジェハールはくるりと手紙を指先で器用に回しながら、書かれた宛先の文字に目を細めた。
「"ベルメニオール魔法魔術学院"ね。こんなトコまで届けてくれる奴、この国にはいねぇよ。遠すぎる」
「……学院のこと知ってるの?」
「名前だけはな。知らない奴が殆ど。少なくともこの国には魔法は浸透してない。ま、アイツらの反応で解ったと思うけど」
「…………この国には、魔法を使える人はいないってこと?」
魔法使いが世界全体を見て数少ない存在であるだろうことは予想していた。しかし住んでいた場所から一番近いこの国が、ここまで魔法がマイナーなものとは思いもしなかったのだ。
「いや?王宮には宮廷魔道士がいるって聞いたけど。隠れてるだけで何人かはいるかもな。だけどこの国じゃ魔法はあたりまえじゃない。架空のモンだと思ってる奴が大半だろうね」
魔法が一般的ではないことを知り心の中でで頭を抱える。魔法使いは隠れて暮らしているのだとして、人前で魔法を使ってしまった私はかなり危ないことをしてしまったのではないか。そう考えながら、はたと気づく。目の前の彼は、魔法が一般的では無い国に住みながら、魔法の学校の名前を知っていた。
もしかして、彼は魔法に理解のある人間なのではないか。
「……あなたは、どうして色々知ってるの?」
恐る恐るそう問いかけると、ジェハールは猫目をにんまりと細めて笑った。
「───そりゃ、俺も魔法が使えるからさ」
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