第一章 魔法の世界
第1話 不本意な転生01
─────プロローグより、話は数年前に遡る。
「いい香り。それに、今日もいい天気だなぁ」
一日のはじまりは、一杯の紅茶から。
窓から差し込む陽の光を浴びながら、ティーポットからふわりと香る香り湯気を吸い込んだ。このひと時が毎朝のひそかな楽しみだ。
カップに紅茶を注いで、パンを切る。朝食のメインは薄く切ったバケットを二切れに、チーズとジャムを添えただけ。毎朝変わらない素朴な朝食の出来上がりである。
「いただきます」
私の名前はメル・ベガルタ。
森の中にポツンと建つ大きな屋敷にたった一人で住んでいる。年齢は今年で十二歳だ。
一人暮らしをするには幼い年齢だが、今の私には家族がいない。唯一の肉親で育ての親だった祖父は三ヶ月前に亡くなり、現在は天涯孤独の身である。
祖父が亡くなり寂しさは感じているものの、独りで暮らすことは何ら問題は無い。何故か?自分はただの子供ではないからだ。ガワは十二歳の少女だが、その中身は成人した記憶を持つ大人。
いわゆる"転生者"というやつである。
───メル・ベガルタになる前、私はとある平凡な日本人女性だった。
それがある日、仕事終え帰路についたところで理不尽に人生を終えたのだ。
一瞬だった。ものすごいスピードで迫り来る車に衝突し『あ、死んだ』と思った次の瞬間、感じるはずの痛みはなく真っ白な空間に突っ立っていたのである。
この時点ではぁ?である。
車に轢かれたはずなのに見知らぬ場所にいつまにか移動するという不可解な現象。どういうことかと首を傾げながら振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
「いや~!!ようこそようこそ!異世界転生抽選発表会場へ!!」
二度目のはぁ?である。
「は?いや、なに……?え?」
てっきり死んだと思ったのに、目の前で糸目の胡散臭い男が愉快そうに笑っているという状況とはこれ如何に。
戸惑わないわけがなかった。
まして男は刺繍の入った白のカンフーシャツに長い黒髪を片側に三つ編みおさげ、極めつけに丸サングラスという風貌。見た目だけで怪しさMAXである。
「やだな怪しくないですよ~!申し遅れましたワタクシ異世界渡航課のフェイロンと申します」
なにその部署。ていうかなに?異世界渡航?小説の読みすぎでは?そういえば昨夜もあんまり寝られていない。疲れてるんだな。と、私は万年眼精疲労の凝り固まった眉間をおさえた。
「……なんだ夢か。寝よう」
こんなの夢に決まっている。寝て起きたら朝になってるはず。それでまた会社行って仕事して。
「ちょちょちょ!!寝ても目は覚めないですよ!これ現実!現実だから!!」
瞼を下ろそうとする私の仕草を慌てたように阻止し、フェイロンと名乗った男はほらほら!とオーバーに手を広げた。
「貴女死んだでしょ?車に轢かれて!覚えてないんです?」
「いや覚えてますけど、それも含めて夢でしょ。こんな異世界転生もののテンプレ展開みたいなこと起きるわけないし、夢以外にあります?」
こんな夢を見るなんて相当キてるかもしれない。現実逃避は常々しているたけど、ここまでのリアルなものを夢に見るなんて。とうとう妄想がヤバい域に達してしまったのかだろうか。
「妄想でも夢でもないって言ってるじゃないですか~!ヤバくないです正常です!」
「いやでも流石にこんなリアルな……ん?あれ?私口に出してないのに……もしかして、私の心読んでます……?」
「ええまあ!これでも神様の端くれなんでそのくらいは」
え、こわ。勝手に読むなよ。というかこんな胡散臭さMAXの輩が神の端くれだって?世も末だな。ていうか神ってなんだよ。神様ってこんなに人間みたいな見た目をしているのか?
オッケー、少し冷静になろう。深呼吸。
「……これが現実だとして」
「ですから現実です。今いるここは神域ですけど」
「……神域。……あの、異世界転生はともかく、抽選発表ってどういうことですか」
この男が言うように自分は確かに死んだのかもしれない。それはそれとして、抽選発表という言葉が気になった。
「幸運にも抽選に当たったんですよ貴女様は!そしてこの神域にご招待したということです!ほら、貴女に衝突した車があったでしょ?アレうちの課が用意した抽選用自動車で!」
「は?」
「ヤラセ一切無しその場の運のみ!ランダムで衝突しちゃった人が当選~!というシステムだったんです」
「は?」
なんだそれは。やり方がえげつないにも程がある。不特定多数にわざとぶつかって来たということか?おっ死んだのはこいつだな!アタリ!幸運だぜYou!ときて、えー!当選うれしい~!とはならんだろ。死んでんだぞこっちは。
「控えめに言ってクソすぎるんだけど」
「あ、え……うれしくない?」
は?いやいやいや勝手に殺しておいて、異世界転生嬉しいでしょ?感謝してくてもいいよ?みたいな顔されても。なにが幸運だ。こんな一方的な仕打ちのどこに喜ぶ要素があるというのか。
「殺されて嬉しい人いる?」
「えっと、でも……当選後に調べさせていただきましたけど、貴女人生疲れてたでしょ?死んでブラック企業から解放されたし!次の世界はきっと幸せになれますよ~!ねっ!」
なるほど。たしかに世の中には死んで転生することを喜ぶ人間もいるかもしれない。
けれど、私は死にたいとまでは思ってなかった。やってらんね~!くらいには思ってたけど。万年繁忙期で忙しくて毎日残業休日出勤。自炊する暇もなく、スーパーの惣菜と栄養ドリンクが相棒。趣味の時間どころかまともに睡眠も取れなくて、死んだように眠って明朝また仕事へ向かう。友達にも家族にもしばらく会えていない。そんな日々だったけれど。
「……勝手に決めないでよ、押し付けがましい。まず謝罪しろよ車で轢いたことに」
神の端くれだろうと知ったことか。謝ってくれないことには、いや謝ってくれたとしてもどうにも怒りが収まらない。幸せになれるとかどうとか、神様なんかに決めて欲しくない。
「も、申し訳ありませんでした」
怒りを隠さずギロリと睨むと、フェイロンは反射的に謝罪の言葉を口にする。しゅん、と肩を落とす姿に悪気はなかったんだろうとは察するが、悪気がないからこそタチが悪い。神話の時代から神様は気ままで自分勝手とお決まりだが、本当に人間の都合なんて考えていないんだなと呆れてしまう。
「で?」
「ハイ?」
「あるでしょ他に説明すること。死んじゃったもんはどうしようもないとして、こんな神域とやらにわざわざ連れてきたのは私をイラつかせる為にじゃないでしょまさか」
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