月の箱庭より愛をこめて~異世界魔法見聞録~この世界が乙女ゲームだなんて聞いてません!
燈太
プロローグ
「───聞いたか?異世界から来た人間が、学院に入学するらしいぞ」
それは慣れ親しんだ教室の、いつもの朝の喧騒。聞こえてきたその噂話に、ハッとして思わず会話のする方に振り向いた。まさか、と動揺した己の心臓がドクリと鼓動を打つ。
「どうたしたの、メル?」
「……あ、ううん」
急に顔色を変えた私を心配して、友人が顔を覗き込んでくる。反射的に首を横に振ったが、どうしたもこうしたもない。異世界という単語を聞いて、一瞬自分の話をされたのかと思ったのだ。
けれど、聞き耳を立ててみるにそうではないらしい。
「聞いた聞いた!第三騎士団が、白の森で保護したって!魔法が使えるから、学院に通うことになったんだとか」
「本当か、それ」
「王子殿下もその場にいたというから、嘘ではないと思うが……」
「そうなのか。けど異世界人だなんて、とても信じられないな」
彼らの会話を耳にして、なんともいえない居心地の悪さを感じる。ここにもいますよ、なんて。そんな言葉が喉から出そうになり、心の中で乾いた笑いを零した。
なにを隠そうこの私も、いわゆる異世界人というものに該当するのである。
だから異世界から人が来たなどという噂話を耳にして、こんなことがあるのかと驚いているのだ。この異世界に生を受け十数年。まさかここに来て同胞と出会うことになるかもしれないなんて。
(私と同じ世界から来たとは限らないけど)
それにしたって、その異世界から来たという人が心配である。戸惑っていないだろうか。困っていないだろうか。そもそも自分の意思で異世界に来たのだろうか。それとも、私のように不本意で?
だとしたら、めちゃくちゃ同情する。己が転生した時の事を思い出しながら、思わずため息を吐いた。
「───なぁにメル、ため息なんか吐いちゃって。具合でも悪いの?あ、もしかして恋のお悩みとか~?」
「え?いやいや、ぜんっぜん違う。恋とかないから」
「またまた~」
友人は面白がって、からかいながら肩を指でつついてくる。彼女は一緒にいて楽しいが、こういう時は正直鬱陶しく感じてしまう。
「メルはあのグレイ・ドラグニルの婚約者候補筆頭なんだもの。浮いた話のひとつやふたつあるでしょ?ねぇ、今度のパーティーではグレイ様とパートナーになるの?」
「は?いや、ならな……い、とも言えないけど」
「きゃ~!」
「何がきゃ~なの。あのね、誘いを受けたら断れないってだけで」
まったく、私の気も知らないで。婚約者だなんだのと騒がれて困るのに。友人はニヤニヤしてばかりで、私の言い分などまったく聞いちゃくれない。
「───メル・ベガルタ嬢はいるか」
唐突に聞こえたその声に、思わず肩が跳ねた。噂をすればというやつである。見ると、教室の入口にその人は立っていた。赤銅色の髪に、灰色の瞳。誰もが美男子と称すだろう、学院一目立つ名門貴族の長男。グレイ・ドラグニルだ。
待たせてはいけない、と急いで立ち上がり彼の元に向かった。
「ごきげんようグレイ様。私に何か御用ですか」
「ああ。昼食の誘いをと」
小さな花を一輪、差し出される。美しいが、すぐに受け取ることはしない。受け取ってしまうと承諾と見なされてしまうのだ。失礼にあたると解っていながら、作り笑顔を浮かべて花から視線を逸らした。
「本日ですか?それはまた急なことですね、せめて数日前にお誘いして頂ければ良いものを」
「事前に誘うと、きみは何かと理由をつけて欠席しそうだからな」
「……星鋭会の皆様はどうされたのです。それに、先日もご令嬢方に誘われていたはないですか。わざわざ私を誘わずとも……」
やんわりと断ろうとすると、グレイはやれやれといった風に小さな溜息を吐いた。
「きみが私の誘いをどうにかして断りたいのは解っている。が、すでにジェハールも誘ったのだ」
「……ジェハも?」
「エマ嬢も来る。……私と二人きりではないから、安心しろ」
十二時に迎えに来る。と告げて、グレイは教室を去っていった。
まったく。どいつもこいつも人の話を聞かない。嫌だとも行くとも言ってないというのに、勝手に決められてしまった。
「……はぁー」
立ち去ったグレイの背中が見えなくなってから、盛大にため息を吐いた。本日何度目のため息だろう。もう数えていられない。
(…………どうしてこうなった)
私があんなイケメンの婚約者候補だなんて。数年前までまったく考えられなかったことである。
(乙女ゲームじゃあるまいし……)
ああ。拝啓、異世界から来たというまだ見ぬ誰かさん。どこのどなたが存じませんが、あなたとは沢山語り合えそうな気がします。
この魔法の世界で、仲良く───
「なんっっでアンタが学院にいるのよ!!ぼっちの辺境の魔女のはずでしょ!!ていうかグレイ様の婚約者候補ってどういうことよ!?わたしが一番攻略したいキャラだったのに……!ていうかアンタ、もしかして転生者!!?」
仲良く……えっ?
嘘だろ。
まさかここ、本当に"乙女ゲーム"の世界だったんですか?
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