第11話

「君に頼みがある」

「はぁ……? 大佐、いきなりなんなんです?」

「君は以前から、家族を欲しがっていたな?」

「そうですねェ。ご縁があれば……」

「縁ならあるぞ」

「はい?」


 この日、白衣の男は同僚の男を呼び出した。この同僚の男は、息子の母親を助けた日にモニタールームまで端末を取りに来ていた男である。


「君は私の息子の母親を、可愛いと言っていたよな?」

「大佐……。まさか、息子さんとそのお母さんを、私に譲ろうってんじゃないでしょうね?」

「駄目なのか? 君は私の息子を可愛がっているし、その母親のことも気に入っている。問題ないだろう」

「問題ありますよ。息子さんも、そのお母さんも、大佐のこと大好きじゃないですか」

「…………」

「いや、だんまりはよしてくださいよ。アレですか? 結婚適正試験。アレにまた落ちたから情緒不安定になってるんでしょ、大佐」

「情緒は普通だ」

「結婚適正能力は無くても、息子さんのお母さんとは恋人として付き合っていけばいいじゃないですか」

「そんな不誠実な真似はできない」


 白衣の男は首を横に振る。


「それに俺は社会病質者だ。息子と彼女に危害を加えてしまうかもしれない」


 結婚制度がまだ存在していた頃、社会病質者の存在は社会問題になっていた。社会病質者は結婚生活に適さない人間。伴侶が不幸になる確率が高く、成人時に検査をして、社会病質者と診断された人間からは結婚の権利を剥奪しようとする世の動きがあった。

 男は社会病質者が伴侶を不幸にする人間だということを知っていて、結婚適正試験に合格しても伴侶は得ないと決めていた。結婚適正資格は息子を引き取る事のみに使おうと思っていたのだ。


 しかし、ここに来て息子の母親と出逢い、彼女と一月近く一緒に過ごしてきた男の中で変化があった。

 当初は息子の母親のことを、息子からの愛を奪い合うライバルだとみていた男だったが、今では息子と同じく、幸せになって欲しいと願う対象に変わった。


 改めて説明すると、男の思考回路は常人のそれとはかなり異なる。


 男は自分の手で息子や息子の母親を幸せにしようと考えるのではなく、自分よりも結婚適正が遥かに高い人間に、自分の大切な人たちを託そうと考えたのだ。


「頼む、お前は結婚適正試験で八十点も取っていたじゃないか。どうかあの二人を幸せにしてやってくれ」

「大佐、勝手に暴走するのはやめましょうよ。まずは息子さんやお母さんと話し合ってから、私にそういう話を持ちかけてくださいよ」

「そうだな……。なんとか説得してみせる。過去の資料を集めて、俺がどれだけ危険な存在なのかを二人に説明しなくては」

「大佐は大佐が思うほど、悪い人間じゃありませんよ」

「俺は悪い人間だよ。常に黒い想いが胸に渦巻いている」

「大佐は真面目すぎるんですよねェ」


 同僚の男は眉尻を下げている。

 彼は結婚適正試験で八十点も取れるだけあって、気難しくて考え方が偏っている白衣の男とも、そこそこ上手くやれていた。


「大佐、完璧な人間なんかいやしませんよ。結婚適正試験に合格できなくても、あの母子を幸せにしてやれるのは大佐だけです」

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