第10話


「わぁっ、可愛い!」


 女が一人きりの部屋で感嘆の声を漏らす。

 彼女は端末の画面を食い入るように見つめている。


 画面に写るのは、まだ培養液内にいた頃の息子の姿。他人から見れば少しグロテスクな画像も、母親である彼女の目には愛らしく映った。


 白衣の男は、まめに息子の成長記録を残していた。

 画像だけではない。気がついた点などもあわせて記載していた。


 この部屋に来て一月が経ち、かなり元気になっていた女は、特にすることもなかったので男から渡された端末タブレットを漫然と見ていたのだが、偶然息子の成長記録を見つけてしまったのだ。


「先生……」


 女は愛おしげに画面を撫でる。

 そこには『息子が巻き毛だと分かり、天使のようだと思った』と書かれている。

 自分自身がコンプレックスだと思っていた癖っ毛。息子に遺伝してしまい、女は内心がっかりしていたのだが、息子の父親は肯定していた。『もしも神がいるのなら、息子は神に贔屓されて造られた存在なのかもしれない。あまりにも可愛すぎる』との文章を見つけ、彼女は悶絶した。


 こんなにも自分そっくりの息子をベタ誉めされると、思わず男の子どもを産みたいと思ってしまう。出産したいと言っても男は絶対に反対するだろうから、言わないが。


 女は端末を胸に抱き、ベッドの上をごろんごろんと転がる。息子の父親のことを、知れば知るほど好きになる。

 向こうはたぶん、自分のことは何とも思っていないだろう。息子の母親だから、よくしてくれるだけだ……そう思うと切なくなるが、息子が生まれたことで出来た縁に心から感謝した。


 女は子どもの頃から病気ばかりしていた。

 学校を卒業してからは職を転々としていて常に貧しく、ろくな知り合いすら出来なかった。


 あのまま、咳の発作をこじらせて自分は死んでしまうのだと思っていた。在宅で仕事をしていても体調が悪い日が続けばろくに働けない。もう駄目だと思った時に、あの人が助けてくれた。あの人が自分の命を救ってくれたのだ。

 命を救ってくれただけではない。水族館を貸し切って、親子三人の楽しい思い出まで作ってくれた。


 何かあの人のために出来ないだろうか。

 自分がもっと綺麗で豊満な身体をしていれば、女の部分でお礼をすることも出来ただろうが、それはたぶん難しい。

 本音を言えばあの人の家族になりたいが、自分は少し無理をしただけで寝込んでしまう。


「私、役立たずね……」


 女は白い天井を見上げながら、つぶやいた。

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