第7話
「ふふっ、寝ちゃいましたね」
「……はしゃいでいたからな」
白衣の男と、女は夕飯の片付けをしている。
彼らの息子は女が普段使っているベッドで寝てしまった。
「あんなに楽しそうなあの子を見たのは初めてだ」
「私もです。やっぱり、両親が揃っているのが嬉しいのでしょうね。私も培養液ベビーだったんですけど、親が会いに来てくれる子を見て羨ましく思いましたから」
白衣の男は、無言で女の言葉に同意する。
自分も、両親が面会にくる子どものことが羨ましかった。
だから自分が親になる時には、注げるだけの愛と関心を我が子に与えようと心に決めていたのだ。
「私の両親は私の元には一度も来てくれませんでした。それがすっごく寂しくて。だから、自分がお母さんになる時は、子どものことをたくさん可愛がろう! って心に決めていました」
息子の母親も、白衣の男と同じ考えを持っていた。
一般提供される卵子と、軍籍者の精子の組み合わせは研究施設が決めていた。卵子と精子には相性のようなものがあるらしく、受精後なんの問題もなく分裂をはじめる組み合わせがある一方で、両者とも良質であるにも関わらず、なかなか分裂に至らないものもある。
結婚制度がまだあった時代、両親共に若く健康体でもなかなか子が授からないことは珍しくなかったそうだが、卵子と精子の相性が良くなかった可能があるとの研究結果もある。
培養液ベビーを生み出している研究施設は、卵子と精子の相性のみで両親の組み合わせを決めていたが、不思議と価値観が似ていて、ごく自然に惹かれ合うカップルは多くいたらしい。
しかし、白衣の男とこの女の場合は、白衣の男が息子への愛情を拗らせていたがゆえに、なかなか上手くはいかなかった。
「俺のほうがあの子のことを考えている」
端的に言えば、男は同族嫌悪者だった。同族嫌悪とは、自分が愛するものを同じように愛している他者を嫌悪することである。
白衣の男は女を睨むが、女は動じない。
「そうですね! 先生はすっごく良いお父さんですよ。私なんか、あの子の前では落ち着いたオトナぶろうとしていますけど、なかなか上手くいかなくて……」
「そうだな、至らない母親だ」
「うっ……。もっと頑張ります」
乾いた皿をカップボードへ戻しながら、女は下唇を噛む。だが、その表情もすぐに明るいものへと変わる。
「そうだ。先生、何か食べたいものはありますか? 今日はあの子が食べたいと言ったものを作ってしまったんですけど、今度は先生が好きなものを作りますよ」
今日女が作ったものは、ハンバーグとサラダ、それにコーンやニンジン、ベーコンが入ったクリームスープだ。
女はまだ元気だった頃に食堂で働いていた経験があると言っていた。
昼食にと渡されたトマトとたまごのパンドミ包みも、温かな夕食も、今まで食べた料理の中で一番美味かったと男は思う。毎日でも食べたいと思うが、食事の支度は身体の負担になりかねない。
「配給される食事が一番だ」
「う~ん。配給の食事も美味しいとは思いますけど、私はたまには作りたての食事が食べたいので、気が向いたら私が作ったものも召し上がってくださいね」
話題を遮断するような白衣の男の物言いに、やはり女は動じない。
男は思った。調子が狂う、と。
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