第6話




 軍事演習はさんざんだった。

 いや演習自体は上手くいったが、昼食の時間、女が作った手弁当を広げていたら、同僚や部下たちから揶揄からわれまくったのだ。


 別に自分に春は来ていない。自室にいるのはただの息子の母親だ。ただの患者である。衛兵部隊の大佐権限で囲っているただの実験体だと、男は自分自身に言い訳する。


 女が回復次第、部屋から出ていってもらう予定だ。女は今の仕事だとボロアパートにしか住めないと言っていたので、軍の内勤の仕事を斡旋する予定だ。在宅でもできる仕事がいいだろう。彼女の生活基盤を安定させたら、出て行ってもらう。


 そんなことを考えながら、男は服を脱ぎ、クリーンルームに入った。ここは軍の福利施設兼培養液ベビーを作るところでもある。

 男の脳内データから割り出された、理想の姿をした女が彼の目の前に現れた。

 男は眉を顰める。現れた物体が自分から精を絞り採る道具に過ぎないと分かっているが、近しい者の姿をした物体から奉仕を受けるのは気まずい。




 一時間半後、男は腰に重だるさを感じながらクリーンルームを後にした。

 処分ボタンを押し、吐き出したものは破棄した。

 たった一人の息子でさえ、自分は迎えに行けていないのだ。これ以上子どもは持たないと決めている。


 重い足取りで施設内にある自室へ向かう。息子の母親がいる部屋に帰りたくないが、もしかしたら彼女は部屋の中で倒れているかもしれない。彼女が即座に死に至るような状態ではないと百も承知だ。しかし、彼女は大事な息子の母親だ。万が一のことがあってはならないのだ。


 クリーンルームで興奮を促す情報として使ってしまったぐらいで顔を合わせづらいと思う自分は、自分でも青いと思う。





「先生、お帰りなさい」

「おとうさん、おかえりなさい!」


 部屋の扉を開けると、中から玉ねぎが煮える匂いがすると共に、自分を出迎える明るい声がした。

 走り寄ってきた息子をとっさに抱きとめる。

 なぜ息子がここにいるのだろう。

 男が疑問に思っていると、エプロン姿の息子の母親がにこやかに状況を説明してくれた。


「この子がお見舞いに来てくれたので、お夕飯に誘ったんです。保育施設にも連絡済みですよ」

「ああ……そうなのか」

「もう少しで出来ますから」


 色々言いたいことはあった。夕方から夜間にかけて咳の発作が出やすいから、夕飯なんか作るなとか、自分がいない時に息子と勝手に会うなとか。しかし男が発する予定だった言葉は、すべて彼の胸の内で溶けてしまった。


「おかあさんの作るごはん、楽しみだねっ」


 自分の腕のなかで嬉しそうにしている息子を見ていたら、どうでもよくなってしまったのだ。

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