第一章

第11話 始まりは決闘

「ふはぁ……朝か」


 疲れもあってぐっすり眠ったオレは、真新しいベッドの上で目を覚ました。

 

 窓――ガラス張りのちゃんとした奴だ、驚きだよな――からは、朝の日差しが心地よく差し込んでいる。

 

 ここはいつもの孤児院ではなく――ルテリアス魔術学院の学生寮。

 オレ、ミトラ・ヴァルナークに割り当てられた部屋である。


 部屋はこじんまりとしているが、中々イイ感じだ。


 ベッドは大きくて綺麗だし寝心地も良し。

 机と椅子、おまけにクローゼットは備え付け。しかも湯浴み用の浴室までついている。

 

 流石、ルテリアス魔術学院。学生が住む寮にも気合入ってる。


 朝からウキウキとしつつ、オレは手早く準備を済ませ、最後に鏡――これも備え付け――でチェック。


 写る己はバッチリと決まっていた。


 艶やかな黒い毛並み。金色に輝く瞳。

 白い縞模様が特徴的な、鋭くもキュートな猫の顔。

 長いタテガミは後ろで丁寧に束ねている。――いつもはテキトーだが、今日ばかりはな。


 着ているのはいつものショボい服ではなく、学院指定の制服だ。

 白いシャツに、臙脂色のネクタイに黒いベスト。

 ベストと同じ色のズボンに、丈夫なブーツ

 

 最後に――学院の紋章が入った外套を纏えば準備完了。

 

 ホントは、この外套さえ纏っていれば何でもいいらしい。

 でもまあ、折角だしな。……あと、オレが持ってる服じゃ一番上等だし。

 

「イーッ!」


 牙を剥き出して、しっかり白い事を確認し頷くオレ。


 身支度万全! オレは前日にまとめておいたカバンを引っ提げ、部屋を出る。

 

「ミトラ君、おはよー!」


 部屋を出、寮にある食堂へ向かったオレを迎えたのは、聞き馴染んだ声。

 当然、声の主はオレの幼馴染、イリスである。


「よう、イリス。……ちゃんと制服着ているな」


 当たり前だが、イリスも準備万端な様子。

 

 白いシャツに黒いベスト、臙脂のリボンタイまでは、この学院の平均的な女学生の恰好だが、下に履いていたのはショートパンツにブーツ。

 いつものポニーテールを結ぶ紐も、ちょっとイイヤツだ。

 

「スカート、動きにくかったからさ。……それにコッチのが可愛いし!」


「ふーん、まあ外套着てればなんでもいいらしいし、いんじゃねえの?」


 イリスが小脇に抱えた学院指定の紋章入り外套を見て、オレは頷く。

 

「もう、反応薄いよ。……そういうミトラ君は、やっぱスゴイ似合ってるね」


 そんなイリスを伴って、オレは早速とばかりに食堂で朝食を受け取る。

 

 驚くべきことに、この学院朝食と夕飯が無料!

 正確には学費に込々って感じらしいが……

 少なくとも、飯の心配しなくていいのは助かる。


 ニコニコとしながら結構美味い朝食を平らげ、やって来たるは最初の授業!


「――つっても、学院の仕組みの説明とかをするだけっぽいが」


 朝食を終えたオレ達がいるのは、いつぞやの入試で筆記試験を受けた教室。

 あの時と同じように、教室には合格した高等魔導学科の生徒たちが集っている。


 中にはあの日、オレを蹴飛ばしやがったヴェインなる貴族のガキもいるが――まあ無視無視。


「でもでも、楽しみだね」


「オレとしては早く講義を受けたい所だな。学院の授業については、貰った手引き読んで全部暗記してるし」


「流石ミトラ君! スッゴイやる気だね」


 イリスとしょうもない話をしながら説明会オリエンテーションの開始を待っていると、教室の扉が開き、気難しそうなオッサンが入ってきた。


 いつだが試験官を務めていたアドンだ。


「時間だ、それでは本日の講義を開始する」


 相も変わらず重圧感ある態度で教壇についたアドンは、教室に集まった高等魔導学科の皆を一瞥し、一つ頷いた。


「ようこそ、栄えあるルテリアス魔術学院へ。既に知っている者も多かろうが、改めて紹介を。アドン・アトラトル――第二級魔導師だ。主に元素魔法、基礎魔術、魔術史、演習などを担当する」


 アドンの重厚ながら簡潔な自己紹介を聞いたオレは、期待と尊敬とで頬が獰猛に吊り上がるのを感じていた。


 ――第二級魔導師。それは、魔導師の実質的な頂点である。


 ソロモン魔術評議会傘下の、どこかの教育機関を卒業した魔導師は、五から三の等級に振り分けられる。

 

 五級は一般的な魔導師。

 四級が一定以上の階梯の魔法を修めた、優秀な魔導師。

 三級はそれに加え、学術的価値ある論文や、新魔術の開発。

 

 そして二級とは、そんな才覚ある魔導師が議会へ貢献をしてようやく成れるエリート中のエリート。

 

 一級に至る為には更に異様に厳しい条件がある故に、新しく席が増える事は殆ど無い。

 

 故の、実質的最上位。

 

「ミトラ君、牙」


 超えるべき壁であり、仰ぐべき先達を見ていたオレは、知らずのうちに牙を剥き出してたらしい。

 イリスに指摘され、オレは彼女に軽く礼を言って佇まいを直す。


 初回なんだから、ちょっとはシャキっとしないとな!


「さて、早速だが――如何にして諸君らが学院で魔導を学ぶかを説明していこう」


 そうして粛々と始まったオリエンテーション。

 内容は察しの通り、学院でどのように魔法を学ぶかという説明だ。

 

 オレは手引きで見ていて既に知っていた事だったが、隣のイリスは目をグルグルとさせる勢いで混乱している。

 

「しっかりしろ、んな所で躓いてたら大変だぞ」


「うう、でも一気に色んな事言われて分かんないよぉ」


 泣き言を漏らすイリスを小突いていると、ガチャンと唐突に開く教室の扉。

 

「……マリアンヌ嬢」


 教室に入ってきたのは、如何にも貴族といった様相の少女。

 ボリューミーな金髪を見事に結い上げた彼女は、端正な顔立ちに不敵なほどの自信を浮かべていた。


「うふふ……すみませんね、ほんの少しばかり遅れてしまいましたわ」


 そう謝罪する貴族の少女だが、所作には華麗なほどの優美さはあれど、遜る意思も謝る気も感じさせない。


 そんな彼女に先立って集まっていた生徒らは、少し怪訝そうな顔を向ける。


 ――特に、ヴェインとかいうあのウザ貴族が少女に向ける目は明らかに見下している。


 マリアンヌなる少女は気づく様子もなく――或いは無視しているのか――優美に教室の階段を降りながら、アドンを見下ろして微笑んだ。


「……初日から遅刻とは余り好いとは言えんな」


 静かにマリアンヌを叱責するアドン。だが当のマリアンヌは不敵な笑みを浮かべ、丁度空いていた席へと着席した。


「……あの子、なんかヤな感じ」


「平気な顔で遅刻かよ」


 囁くイリスに言い放つオレの声には、自分でも驚くほどに棘が込められていた。

 

 ……オレは魔導の道を志し、この学院へ入った。

 オレが魔法へかける情熱は、それはもう――自覚できるくらいに熱いものだ。

 

 だからきっと、気に食わないのだろう。

 待ち望んだ学院の授業――まあ説明で終わりだろうけど――に水を差されたような感じがして。


「ちょ、ミトラ君、声大きいよ」


 思ったより大きめな声で悪態を吐いたオレを諫めるイリスだが、時すでに遅し。

 当のマリアンヌなる貴族の少女は、オレの方に視線を向けて挑発的に微笑んだ。


「あらあら、口の悪い」


 言って、マリアンヌは鋭くオレを睨みつける。


「流石はケダモノ。でも、悪いのは匂いだけにした方がよろしくてよ」


 返ってきたのは、何とも……何とも生意気でムカつく――いや、大した事の無い中身スカスカな挑発。

 

 あからさまに他種族や平民を見下した発言。対して大きな声ではないにも関わらず、彼女の挑発はやけに響き、少しのザワつきが返ってくる。


「大丈夫だよ、ミトラ君はお日様みたいなイイ匂いがするから……!」


 イリスが小声でオレを慰めてくるがそういう問題じゃない。


 ……頭を痛そうに押さえるアドン講師の目もある。まあ、ここいらで引いてやるか。


「遅れた上に種族差別とはな。さぞ粗末な教育を受けて来たんだろう」


 ――引いてやるつもりだったが、口が勝手に動いてしまう。


 あのヴェインとかいうヤツとの一件、そしてこのマリアンヌ。自分でもビビるくらいに苛立ちが溜まっているようだ。


 憤懣遣る方無いなどと、抑え込むのはオレの性には合ってない。鬱憤を晴らすように、気がつけば煽り文句が口から飛び出してしまう。


 そんなちょっぴり短気な所も普段ならチャームポイントなのだが、


「それ以上は許しませんことよ、平民」


 ――あの貴族の御令嬢には通用しなかったらしい。

 

 マリアンヌは立ち上がり、ビシリとオレの方を睨みつける。

 見下すような傲慢と強い隔意と敵意が滲む視線。

 

「頭を垂れて撤回なさい。我がフィルトハイト家への侮辱、焚刑を以っても祓えぬ大罪です」


 ついで投げられたのは傲慢極まりない降伏勧告。

 完全に下に見られている。

 

 ……ムカムカとした苛立ちが喉奥に棘となって突き刺さる。そんな不快感を吐き出すように、オレも応じて立ち上がった。


「嫌だね。礼儀がなってないのは明らかにアンタだし、オレ悪くないから」


 マリアンヌを鋭く睨みつけて言い返すオレ。

 混迷し始めるオレ達の言い合いに、教室はザワつき衆目が集まり出す。

 

「み、ミトラ君――」


 怯えたイリスが何かを言い募ろうとするが、それを止めてマリアンヌを睨む。

 

 遅れた癖に偉そうに振舞い、そして種族と生まれを貶される。

 寛容なオレとて許せる限度ってモンがある。


「両者共、そこまでに――」


 見かねたアドンが止めようとするその刹那……突如としてマリアンヌが魔力を奔らせ手を突き付ける!


「ッ!? ミトラ君っ……」


 刹那、マリアンヌが展開した術式より、鋭く長い串のような鉄の槍が出現し、オレへと飛翔――!


 空気を引き裂き飛んでくる槍を前に、オレは軽く手を挙げ、無属系統第二階梯〈拒絶リジェクション〉を速律詠唱で発動。


 素早く展開された魔力の壁が攻撃を受け止め、火花を上げて拮抗――やがて鉄の槍は粒子となって消え失せ、役目を終えた魔力の壁が消滅。

 

 突然の事に呆気に取られていた室内は、一拍遅れて強烈なザワつきで満たされる。

 

「こ、攻撃魔法――教室で」


「……わ、私の頭の上飛んでったんだけど」


 引き攣ったような声を上げる同級生ら。彼らの声を耳に入れる事も無く、オレは未だ鋭い目で睨むマリアンヌを見つめ、考える。


 ……今のは元素系統第三階梯〈串刺インペイル〉だな。長細い鉄の棒みたいなので相手を貫き、文字通り串刺しにして殺す術式である。

 

 第三階梯――〈火球ファイアボール〉や〈閃雷ライトニング〉など、強力で有名な術が多い領域。

 市井の術師では、ここまで到達できないという者も多いと聞く。

 

 流石はルテリアス――新入生でも既に第三階梯を詠めるらしい。

 

「――命中する軌道では無かったとはいえ、室内での無許可の攻撃魔法行使、それも他者に向けてとは。……流石に看過できんぞ、マリアンヌ嬢」


 やけにアドン講師が静かだと思ったら、やはりオレに当たる軌道じゃなかったらしい。


 教室で不意を打って相手を殺傷、なんて真似はあの猛女といえど憚られる行いか。

 

 ――当たらないのが分かってたから何もしなかった、ってのもどうかと思わなくも無いが、無視無視。

 寧ろここで下手に遮られていたら、興ざめも甚だしい。


「ミトラ君……大丈夫、なんだよね?」


 イリスはオレに心配そうな表情でそう問いかける。

 さっきの攻防で手を出さなかった辺り、オレの事を分かっているな。

 流石は幼馴染。


「ああ、大丈夫だから見てろ」


 言って、オレは教室の階段をゆっくりと降り、マリアンヌと同じ高さに立って彼女を見据えた。


「大丈夫です、アドン講師。教室で術を詠んだのはコチラも同じです――それよりさ」


 アドンから目を逸らし、改めてマリアンヌを見つめる。生来鋭い金色に、ありったけの敵意を込めて。


「――オレもアンタも、実力で相手を捻じ伏せて分からせたいって思ってるだろ」


 わざとらしく嗤ってそういえば、マリアンヌも深長に頷いた。


「……ええ、そうですわね。不出来なペットには、躾をくれてやる。それもまた貴種の務めというもの」


 高慢な口調ではあるが、やはり同意見。

 然らば、至るべき結論は一つ。


「――なら、やろうぜ、決闘」


 獰猛に紡いだ投げ手袋に、教室はザワめき講師は眉間を押さえ、金髪の令嬢は応じるように目を細めていた。

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