第10話 物語の始まり
「ようこそ、有望なる新入生諸君」
何人も入れるような、大きな大講堂に集められた新入生たるオレ達。
並べ立てられた椅子に、ズラリと腰掛ける新入生ら。
無論オレもイリスも、その列に加わっている。
下ろしたての制服の感慨に浸る間も無く、講壇に昇った偉そうなオジサンを見上げるオレ達。
そこから拡声魔法のかかった魔道具を通じて話すのは、後ろで髪を束ねたオッサン――いや、ジジイとオッサンの間くらいの魔導師。
「私は、ローゲリウス・ジルダン。このルテリアス魔術学院の学長を務める、第一級魔導師だ」
学長――ローゲリウスの式辞は、そのように粛々と始まる。
「ヴェールン王国の魔術教育において、ルテリアスは優秀な魔導師を多く輩出することで貢献してきた」
ローゲリウス学長は、講壇よりズラリと並ぶ新入生たちを見渡した。
「――賢者アーヴェン、現代元素魔法の第一人者たるエステリア……魔導を志す者ならば、一度は耳にした事はあろう」
ローゲリウスは一つ息を吐くと、力強く新入生らを見つめる。
「諸君らも、偉大なる先達に続き――この世界、ライデルンの歴史に足跡を刻む事を、期待する……以上だ」
そうして、存外短い式辞は終了した。
寝不足でうつらうつらとしながら聞いていたオレとしては有難い。
「ミトラ君……居眠りはさ」
「……んにゃ、分かってるよ」
舟を漕ぎかけていたオレを、肘で起こすイリス。
オレだって話に興味が無くて眠いワケじゃない。寧ろ、先達の魔導師なのだから、聞きたいくらいだ。
でもよ、ガタガタの馬車でロクに眠れずここまで辿り着いたんだ。
もう眠くて眠くて――イリスが元気なのが不思議でしょうがない。
「……それでは、新入生代表の挨拶へ移る」
ローゲリウス学長が最後にそういって降壇、ついで講壇に昇ったのは――
「……げっ」
ブラウンの髪に、キッチリと整えられた制服を纏う、貴公子然とした男。
受験の日、このオレを蹴飛ばしたムカつく事この上ないクソ野郎。
あいつが、新入生代表だぁ?
「栄光あるルテリアス魔術学院の門を潜る機会を、そしてこうして挨拶を仕ることへの感謝を。――新入生代表、ヴェイン・フォン・ランドルフだ」
オレのムカつきを余所に、あのボンボン――ヴェインとやらは代表として挨拶を続ける。
「……なんかムカつくな」
新入生代表の挨拶は、成績が一番いい奴がやるらしい。
まあ他にも、やっぱり貴族とかがやる事が多いってのは聞いた。
でもでも、如何に貴族の権威があれど、成績が追い付いていないのではあれば話にならず――あのボンボンは、入試で良い結果を残したという事。
……この、オレよりも?
いや、辺鄙な村の少年より、やはり貴族がスピーチした方が恰好が付くってモンなのだろう。――多分。
「キモチは分かるケド、落ち着いてミトラ君」
イリスがオレを窘めている間にも、アイツのスピーチは続く。
まあ正直クソほども興味ないから、半分寝ながら聞いていたが……
なんというか、王国と学院の関係がどうとか……
自分がこの学院で為す事だとか……
栄光あるルテリアスに入った以上は、新入生諸君にも確固たる意志を~とか……
固いし興味ないし眠いし、ぶっちゃけ、どうでもいい。
先達の魔導師の演説ならば兎も角、同じスタートを切ったばかりで、おまけにオレを蹴飛ばすような奴の話なぞ、聞くワケない。
うつらうつらとしていると、いつの間にかヴェインの挨拶は終わっていたらしく、諸々学長が結んで――
「解散! やーっと解放されたぜ」
――座りっぱなしで凝った身体を解すように伸びをするオレ。
入学式はそこまで長くは無かったが、道中一週間かかる旅程をこなした後にはちょっと重い。
入試の時は、一応街で一泊してからだったので大丈夫だったが……
ま、それも終わったこと。解放感に身を任せ、オレは講堂の外で、心地良い太陽の光を浴びる。
うーん、よく頑張ったぞオレ!
「流石に疲れたね、ミトラ君。でもさ、入学出来て嬉しいなぁ!」
横に立つイリスも、気持ち良さそうに伸びをして感慨に浸っているようだ。
気持ちはよく分かる。
魔導師になる上で、魔術の学び舎に入るのは最低条件。その中で、この国で一番の学院に入れたのだ。数年の勉学と修練の甲斐あったというもの。
「――まあ、オレなら当然って結果だが」
「相変わらずゴーマンだなぁ」
なんて、いつものじゃれ合いをしながら周囲をちょっとばかし見て見る。
入学式を終えた新入生らは、思い思いの方法で束の間の休息を楽しむらしい。
「アルドーンの街! いってみよう!」
街に繰り出す者――
「まあ、まずは学院がどうなってるかじゃないかい?」
ルテリアス魔術学院の探検に向かう者。或いはそそくさと寮へと向かう者。
オレと同年代くらいの連中かつ人間族が多めだが――中には年上っぽい奴や、異種族もいる。
「おっ竜人だ、めずらし」
丁度目の前を通っていった灰色な二足歩行ドラゴンなんて、結構なレア種族である。
確か、隣の国にはよくいるんだったか……?
そんな調子で、獣人族のオレやハーフエルフのイリスも、少なくとも故郷の村よりかは馴染みやすそうな環境である。
「明日からの授業、楽しみだなぁ」
「本格的に始まんのは来週くらいからだろ。多分数日は
「もう、すぐ揚げ足とる」
プリプリと怒るイリスから笑いながら目を背け、オレは目前に広がるルテリアス魔術学院の広大で荘厳な姿を目に焼き付ける。
オレをオレとしてくれた魔法、その学び舎。
ようやく、ここから始まるのだ――このミトラ様の魔導師としての人生が!
浮き立つような予感と、未来への確信に焦がれながら、オレは果て無き空を背景に聳え立つ学び舎を見上げていた。
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