第9話 旅立ち
オレとイリスが魔術学院の試験に合格した。
その報せは村中に瞬く間に広がった。
「聞いたわイリスちゃん。お前さん、えらい学校行くんだって」
「学校に行くんだってな。頑張れよ黒猫の坊主」
ルテリアス魔術学院は、こんな村でも「なんか凄そうな所」という認識があるらしい。
この村から有名な魔導師が生まれたら、多少は地元も潤うかもしれない――という、打算があるのだろうか。
人間族しかいないこの村で、数少ない異種族であるオレ達は、正直あまり歓迎されてはいなかった。
なんというか、壁のようなモノがどうしてもあった。
でもこうして学院に入る事となり、周りの見る目が変わった。
現金だな――と思うけども、まあ悪い気はしない。
「えへへ、私たちスゴイのかなぁ。人気者だよ」
「あんま調子に乗らない方がいいぜ」
「ミトラ君にそんな事言われたくないよぉ。一番調子乗ってる癖に」
そんな風に話しながら村を歩いていると、丁度目的の場所に辿り着いた。
目指していた場所とはオレが住まう孤児院だ。
「来たわねミトラ、それに……」
丁度孤児院の前にいたシスター・イゼルナがオレ達を出迎える。
オレを見て微笑み、そして隣に立ったイリスに視線を向けた。
「あ、あの……私、イリス・ローゼンベルグって言います! よろしくお願いします、お義母さん!」
イリスは上ずった声でそういって、ガバリと勢いよく頭を下げた。
「……え?」
イリスの素っ頓狂な挨拶に、イゼルナは目を丸くしていた。
……オカアサン? お母さん、お義母さん?
――なんで? ……ああなるほど、そういうことか。
「キモっコイツ」
「ひどいよミトラ君!」
思った事をつい口に出してしまったせいで、イリスが涙目になってオレにしがみ付く。
暑苦しい!
「キモいはひどいよ! 言い過ぎだよ! テイセイしてよ!!」
「それ以上纏わりつくようなら、顔面引っ掻く」
「はい! 離れます!」
鬱陶しいので軽く脅すと、イリスは大袈裟な所作で離れてピンと背筋を伸ばす。
そんなハーフエルフを見てか、シスター・イゼルナは口に手を当ててクスクスと笑った。
「ふふふ、本当に仲がいいのね」
「え? ……えへへ、そう見えますか? やっぱり、その、相性がいいのかなぁって――」
さっきまでオレに脅されてビビっていた癖に、イゼルナから都合のいい事を言われただけでデレデレとしだすイリス。
なんてご都合主義な頭だ。
流石の変わり身にオレも否定するのを忘れて呆れてしまう。
「ふふ、やっぱり呼んでよかった」
テンションが可笑しくなり始めたイリスを見て、イゼルナはそういって笑う。
今日イリスがここに居るのは、お祝いの為――らしい。
オレたちがルテリアス魔術学院に合格した祝いに、ちょっとした宴みたいなモンを開くらしい。
その関係で、イリスも折角だから――と呼ばれたそうだ。
「あら、そういえばお父様は――?」
ウネウネと喜ぶイリスを見て、イゼルナは不思議そうに周囲を見回す。
どうやら祝宴に呼んだハズのイリスの父がいないようだ。
「えっと、お父さんは――『折角の祝宴に、水を差せない』――って」
イリス曰く、気を遣って来なかったらしい。
「そうなの……気を遣わせてしまって申し訳ないわ。あとでお祝いの料理を包まないと」
そういって少し考え込むイゼルナは、コチラを見ると「あらやだ」とでも言いたげに笑った。
「そういうのは後での方がいいわね。さあ二人とも、今日の主役なんだから楽しんでね」
そういって案内されたのはいつもの大食堂。
けれどいつもと違うのは、ささやかながら明るい雰囲気の飾りつけがなされ、長テーブルには所狭しと料理が並べられている。
「おめでとー!」
「ミトラ兄おめでとー」
「あ、イジメられてたエルフのおねえちゃんだ」
「おねえちゃんもガッコーに受かったんだー、おめでとー!」
食堂に来たオレ達を迎えたのは孤児院の子供たちの、気の抜けた賞賛の声。
「イジメられてたとか言わないでよ~」
「あのガキ大将はもう死んだし、別にいいだろ」
イリスやオレを狙ってきていた村のガキ大将。
オレはすばしっこいのでアイツが投げる石には当たらないし、当て返して嘲笑ったが、イリスはどんくさいのでよく痛めつけられていた。
何年か前に、あのガキ大将は近所の森に遊びで入り、魔物に惨殺されてしまったそうだ。遺体は酷い状態だったらしい。
「そういう怖い言葉はやめなよミトラ、お祝いなんだから」
そういってオレには話しかけて来たのは、孤児院の幼馴染、エナ。淡い桃色の髪を揺らし、後ろ手を組んで微笑んだ。
「エナか」
「あ、エナちゃん。ミトラ君のオサナ――なんだっけ」
「幼馴染」
「そうそれ! ちょっとだけ聞いたことある、ミトラ君から」
「ふーん……」
エナはじっとりとした視線をイリスに向け、静かに会話を始めた。
そういえば、この二人が会うのは初めてだったっけ。
オレは用意された上座の方の席に座りながら、すぐ隣に着席したイリスとエナの会話を聞く。
「私のコト、ミトラが話してたんだ」
「うん! えっとね、一緒に魔法の勉強してた時、たまーに『今日はエナに付き合うから無理』――って言われたりして」
ちょっと敵視気味なエナに対して、イリスはのほほんとした態度で応じる。
何となくエナがイリスを敵視している理由が分かったので、オレは下らなくなって溜息を吐いた。
「さあ、今日はミトラとイリスちゃんが、えらい魔法の学校に受かった祝いよ。沢山食べてね!」
そんなこんなで合格祝いの祝宴の開始。
「うまーい!」
「ごうかー!」
普段質素な飯の孤児院の子供らは、目を輝かせてご馳走にがっつく。
なんでも近所の猟師のヒトに頼んで、畑を荒らしていた猪一頭、この日の為に融通してもらったらしい。
香草で臭み消しをした猪肉の串焼きを一本取り、齧る。
……うん、かなり美味い。
脂身の多い部位で、旨味のある脂が無暗に舌を刺激してくる。
鼻に抜ける香草も中々乙なものだ。
「――だから、ミトラ君のお陰で受かったんだよ~! 長い間、一緒に勉強してくれたお陰~」
「ふーん、私の方がミトラと付き合い長いけどね」
ちょっとカッコつけて料理の感想を考えても、隣の鬱陶しい声からは逃げられない。
うぜーマジで。
「隅に置けないわね、色男」
そんなオレを茶化してくるイゼルナに、思わず白い目を向けてしまう。
「やめろよ、こっちはメイワクしてんだから」
「照れてるの? 普段通りちょっと生意気な方が、二人は好みだと思うけど」
なんて返しをしやがるイゼルナに、抗議するように目を向け肘で突っつき、祝宴の料理に手を付ける。
ウルサイ幼馴染と保護者に囲まれながら、騒々しくささやかな宴は進んでいった――。
それから何日か過ぎて――村を発って入学する日が近づいてきた。
「ミトラ兄、じゃあねー」
身支度を済ませたオレは、日出すぐの青い空を背景に、孤児院の玄関に立っていた。
「ゲンキでねぇ、ミトラ兄ぃ。寝坊しちゃダメだよー」
孤児院の年少組が喧しい別れをしてくるのを聞き流していると、エナとイゼルナが前に出て来た。
「……本当にいっちゃうんだね。実感ないや」
言って、エナは目を伏せて細い手をオレに差し出してきた。
首を傾げながらも、応じて手を出す。
エナはオレの手を撫でるように握り、そして何かを置いた。
見れば、それは短剣のようだ。
銀色で片刃の短剣――目を凝らすと、薄く濡れるように光っていた。
「こりゃいったい?」
辺鄙な村の教会兼孤児院には似つかわしくない代物だ。
反射的に尋ねれば、エナは目を細め、儚く微笑んだ。
「贈り物。旅立ちに相応しいかは、分かんないけど……短剣なら、色々役立つなって。こういう、その――実利? ある奴の方がいいかなって」
少し焦ったように言い募るエナ。なんだからしくない感じだ。
シゲシゲと短剣を見ていると、横からイゼルナが微笑みながら顔を出す。
「これはエナが初めて聖別した短剣なの」
「聖別……」
確か……神聖魔法で物に加護を与えるっていう。
すげえな、これ魔法がかかった武器ってことだよな。
「いいのか、貰って」
「ミトラの為に用意したの、受け取ってよ、アタシも頑張ったし」
そういうエナの表情にはちょっとした緊張が浮かんでいる。
まあ、断る理由もないし、寧ろ嬉しいってか……まあその――
「じゃあ、貰うよ。……ありがとよ、エナ」
一応礼を述べると、エナは少し目を見開いた後、照れたように微笑んだ。
「そか、そっか、甲斐あったよ。ミトラも、帰ってくる頃には立派な魔導師に……ね」
「当たり前だろ、オレが偉大な魔導師にならないワケないし」
「ふふ、一周回って頼もしいね」
等とじゃれ合っていると、イゼルナがオレと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
彼女の、真摯な目がオレを貫く。
「貴方にも夢が出来た。私はそれが嬉しい」
小さく語り、イゼルナはオレの肩に手を置き、そしてゆっくりと抱き締めてくる。
いつもとは違って、余り苦しくない。けどちょっと暑苦しい。
「んだよ……改まって」
「お母さん、その真似事」
――いないから、その代わり。
そうオレの耳元で囁いて、最後に強く抱きしめて、ゆっくりと離れた。
「今生の別れってワケでもないのに、大袈裟だ。また会った時、恥ずいだろ」
「もうしばらくは会えないんだから、少しはしおらしくしなさいよね、まったく」
そういうイゼルナだが、言葉とは裏腹に口調は軽やかだった。
……まあ、オレもこの孤児院には世話になった。
それを考えれば、長い別れの間際くらい、もう一言二言はつけてやってもいい。
「――まあ、手紙くらいは送ってやるからさ。あんま寂しがるなよ」
「ホント、エラそう」
茶々を入れてくるエナの声を聞いてクスクス笑うイゼルナ。
「忘れないでよ、ちゃんと」
――その言葉を最後に、今生の別れめいた出立は終わった。
「じゃあーねー!」
手を振るエナとイゼルナを背に、オレは村の入り口へ向かう。
「遅いよ、ミトラ君」
そこにはイリスが既に待っていた。いつぞやと同じく商人の馬車を背に、しかして今度は彼女の親父さんはいない。
今度は二人だけで、三度目となるアルドーンへの旅を往くのだ。
「悪い」
軽く謝って、オレは馬車に乗り込む。
隣に座り込んだイリスがグチグチと言うのを聞き流し、受け流しながらも沸き立つような高揚を感じていた。
ようやく、夢がかなう。
その実感が、二度進んだハズの道を輝かしく見せるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます