第7話 実技試験は繊細に

 実技試験は簡単だった筆記試験に比べ、非常にオレの興味をそそる。

 何せ他人の魔法行使を間近で見物できるのだ。興味ないワケなかろう。


「す、〈岩石弾ストーンバレット〉!」


 細々とした詠唱を終えた少年が、震える声で元素系統第一階梯〈岩石弾〉の魔法を発動する。

 無数の小さな石の欠片が、大量に鋭く案山子に殺到した。ドタドタと、大雨の時の屋根より酷い音を立てて案山子を石が掠めていく。


「おおー」


 中々な光景にオレは小さく簡単を漏らす。


 魔法自体はオレも使えるモンだが、他人のソレを見るとなるとやはり違う。

 歩き方や話し方に個人の癖が出るように、魔法にも特徴が出るのだ。

 それを見て、自分やイリスのソレと比べているだけでも楽しいし有意義である。


「よし、次は受験番号38番、ミトラ・ヴァルナーク!」


 そんなこんなでオレの番が到来。

 呼ばれたオレは反射的に尻尾をピンと張って、それをニヤニヤしたイリスに小突かれてムカつきつつ、前へ出る。


「はーい」


「では、魔法技能を見せてもらう。最低二種類が条件だ」


 改めて説明を受けて、オレはしっかりと頷く。

 アドン試験官から視線を逸らし、正面の案山子をガッチリと見据え、一つ深呼吸。

 気持ちを整えて、魔力を練り上げる。


「んじゃあ、いきます」


 軽く宣言してオレは剣指を結んで案山子に突きつける。


「――〈火線ファイアボルト〉」


 そして突きつけた瞬間に、魔法を発動――燃え盛る炎の矢が飛翔し案山子に突き刺さる。ゴウ、と音を立てて藁束が焦げた。


「……ほう」


 アドン試験官は、そう軽く声を漏らした。

 よし、手応えありだ。


「じゃあ次行きます。――〈召喚サモン眷属ファミリア〉」


 更に素早く次の魔法を発動する。

 所謂、召喚魔法と呼ばれる呪文だ。〈召喚・眷属〉の魔法は、自分の意志や特性を投影した、使い捨ての使い魔を造り呼び出す呪文である。

 

 空中に出現した魔法陣から、のっぺりとした影のような小さな黒猫が現れ、オレの頭に乗っかる。


「何その魔法、かわいいー」


 後ろのイリスがそんな声を飛ばしてくるが、オレは努めて無視する。

 試験官アドンに見せるように、頭の上に乗った黒猫を指で突くと、猫はオレの肩に乗り移ってくる。


「ほう、即席の使い魔召喚か」


 アドン試験官が中々興味深そうに言ってくれるので、合格への自信が沸き立ってくる。


「十分だ。次」


 アドン試験官はそういって試験を終わりにする。

 まだ披露してない魔法あったのになぁ。

 まあいっか。オレが「もう終わり」と言ってないのに終了って事は、多分合格だろうし。


「次は私かな? よーし、がんばるぞー!」


 オレが下がると、今度はイリスがブンブンと腕を回して前へ出る。

 手の中に納まった使い魔クロネコを撫でながら、オレは後ろの受験生群に下がってイリスを見る。

 

「受験番号39番、イリス・ローゼンベルグ……私が呼んでから前へ出なさい」


「あ、すいません……」


「……まあいい。さあ、実技試験を開始せよ」


 イリスのせっかちで追加された問答の後、決然とした表情をした彼女が案山子の前に立つ。


「いっきます! ――風よ!――〈疾風刃ウィンドカッター〉!」


 本来であればもう少し必要な詠唱を省略し、イリスは高圧に圧縮された風の刃を発射する〈疾風刃〉を行使した。


 腕をブンと振り抜いた瞬間、ヒュっという鋭い剣で切ったような音と共に、風の刃が高速で飛翔し案山子を両断した。


「ほう、しかしこれのみでは少々……」


 試験管アドンがそう声を漏らしたが、イリスは「まだまだ」とでも言いたげにニヤリと笑う。


「ドン、ドン! もういっちょう! 更にもう一回!」


 驚くべき事に、イリスは更に〈疾風刃〉を重ねて放つ。両断した案山子を四分に、六分に、八分に、最終的に細切れにして見せた。


「おおっ……」


「あの娘、すげぇー」


「カワイイ上に強いのかー、いいなぁ」

 

 派手にやったせいか、周りの受験生たちがイリスを見てざわめき始める。

 

「ほう……これは中々」


 流石にアドンもこれには感嘆を漏らす。

 連射出来るだけの技量と魔力があると示して見せれば、如何に攻撃魔法一辺倒と言えど、高等魔導学科としても一考以上の印象が与えられたハズだ。


「十分だ、次!」


 その証拠か、アドンは鷹揚に頷いてからそう宣言する。

 イリスも手応えを感じているのか、未だ彼女への好奇の騒めきに満ちた受験生たちの群に戻ったのだった。


 戻ってきたイリスは手ごたえを感じているからか、実に嬉しそうに、「にへら」とでも言いそうな笑みを浮かべて、オレの方を見る。


「ねぇねぇ見てた? 見てた? 私、結構イイ線行ってたと思うんだけど、どう? どう?」


 目がキラキラとしている。オレよりも身長ある癖に、顔を覗き込んでくるようにしてくるので大変鬱陶しい。

 なんだか素直に褒めてやるのも癪だったので、オレはそっぽを向きながら答える。


「ま、いいんじゃねぇの?」


 実に素っ気無い評価なハズだが、それでもイリスは感じ入るモノがあったらしく、彼女は満足げに「うんうん」と頷いている。


「えへへ、上手くいって良かったよぉ~」


 嬉しそうにするイリスを横目に、オレはちょっとばかしモヤモヤしたモノを感じていた。

 オレが披露した術もそれなりに良かったハズだが、周囲の反応は薄かった。

 対してイリスはこの持ち上げようだ。嫉妬しているワケではないし、賞賛が欲しかったワケでもないのだが、それでもモヤモヤとした気分は感じてしまう。

 

 まあ、アドン試験官にはオレの意図が伝わっていたようなので、良しとするか。

 自らの考えに内心でうんうんと頷きながら、横目に他の受験生の試験を眺めることにした。



 

 



 

 ◇◇◇









 アドン試験官は、ソロモン魔術評議会より「第二級魔導師」の資格を与えられた一流の術師である。

 学院を卒業後はルテリアス魔術学院で講師となり、20年もの間後進の育成に精を出してきた。


 今日も今年の試験が終了し、他の学部を請け負っていた同僚と共に合否の判定について審議している所である。


「今年は中々、粒ぞろいじゃないですかね?」


 魔導兵学科を受け持っていた講師が、解答用紙に目を通しながらそう語り掛けてくる。


 アドンは長時間学生志望者らの字――書き方が雑な者が多く、目を通すのも一苦労である――を見続け、加齢のせいで加速してきた眼精疲労を解すように、生来より深い眉間の皺を揉んでから応じる。


「そうだな。ああ、中々に良い。去年も悪くなかったが、今年はそれ以上だな」


「実技試験、高等魔導学科のをちらっとですが、拝見しましたよ。凄いじゃないですか、あの――」


「――ハーフエルフの少女か?」


 同僚の講師の考えを読むように発言すると、やはりそうだったようで深く頷いた。


「あの子――何歳でしたっけ?」


「願書には、11歳と書かれているな」


「ほう、あの様子では、魔導兵学科の方が似合いそうなモノですが」


「確かに性質としてはそうかもしれんが、コチラに志願して、かつあれだけの能力を見せられれば――分かるだろう?」


 アドンがそう返すと、同僚の講師は苦笑いを浮かべた。


「確かに、逃がすには惜しい大魚ですね」


「そう言う事だ。それに、大魚は彼女だけではない」


 アドンがそういうと、同僚は興味深そうに身を乗り出した。


「なんとまあ、それは羨ましい。それで、どの子です?」


「お前も見ていただろう。あの黒猫の少年だよ」


 アドンの言葉を聞いた同僚は、暫し記憶の中を彷徨うかのように遠くを見つめ、やがて「ああ」と呻く。


「あの少年ですか……しかし、目立った事をしていたようには見えなかったのですが」


 そう反論する同僚。まあ確かに、遠目から軽く見ただけでは分かりにくいだろう――と、アドンは思う。


「あまり特定の個人を持ち上げるのもどうかと思うが――彼は中々だな。前述したハーフエルフの少女は、お前の言う通り魔導兵学科も似合うような性質だったが、高等魔導学科にはあの少年のような者がよく合うだろう」


「ほう、そこまで言わせるとは中々ですね」


「あの少年、僅か十一歳で速律詠唱クイックドロウを披露して見せた。全く末恐ろしい」


 速律詠唱――クイックドロウ。それは、魔法の発動に関する技術の一つである。


 魔法の発動には詠唱という、術式を構築する為の呪文を唱える必要がある。

 速律詠唱とは――言ってしまえば、その詠唱を物凄く速く済ませる技術である。

 

 早口で唱えるとか、そういう次元ではない。


 早撃ちクイックドロウの名の通り、術を起動した瞬間に発動させているに近い。


 非常に高度な技術であり、魔法に対しての深い理解と卓越した頭脳が必要である。

 低位の魔法とはいえ、速律詠唱で発動して見せたのは非凡な才を感じさせる。


「速律詠唱とは……それはそれは……ふむ、アドン講師が期待するのも無理はありませんね」


 説明して見せると、同僚の講師も納得した様子だった。

 

「だろう? ……さて、さっさと片づけないとな」


 雑談もほどほどに、講師達は受験生らの回答群と向き合う――。

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