第5話 学院到着、田舎者と貴族と

 道中、よくある冒険小説のように盗賊に襲われる――なんて展開もなく、数日の旅程を経て学術都市アルドーンについた。

 

「うわぁ、おっきいー!」


 馬車から降りて、アルドーンの街を見上げたイリスが喜びの声を上げた。

 

「確かにでっけぇ」


 今回ばかりはイリスを子供っぽいと馬鹿には出来ない。

 オレもまた、村以外の景色は見た事が無くて目を奪われていた。


 ヒトが沢山集まる都市は、例外なく防壁がある。この都市も凄く大きく、分厚い。

 オレの身体が小さいってのもあるのかもしれないが、大きすぎて内部は窺えない。中々に見ごたえのある光景だ。


「早く入ろうよ!」


「だな。早く行こうぜ」


 らしくもないとは自覚しているが、オレも浮足立ってしまっている。中の光景が観たくて、ウズウズとしてしまった。

 それを見て、イリスがクスクスと笑ってくる。


「ミトラ君、尻尾がいつもより揺れてる! ミトラ君も楽しみなんだね!」


「うっせ。早く行くぞ」


 そんなオレ達の様子を見て、イリスの父親は微笑ましそうに笑った。


「それでは、中に入ろうか」




 



 ルテリアス魔術学院。

 すべての魔導師を統率、管理する組織、「ソロモン魔術評議会」傘下の学府の一つ。ヴェールン王国において、最高峰の魔術学院だ。

 

「うわぁ、うはぁ、まるでお城みたい!!」


 アルドーンの中心部、ルテリアス魔術学院前に立ったオレ達は、最高学府たる威容に圧倒されていた。


「……でっけぇ」


 アルドーンの中心部、一等地を大胆に擁する敷地面積は恐ろしく広い。

 正門より見える聳え立つ巨大な学び舎は、まるで宮殿を想起させる華美流麗さだ。

 

「突っ立ってたら邪魔になるだろ、どけ田舎者」


 学院の荘厳な外見に目を奪われていると、鬱陶しそうな声音と共に、如何にも貴族のボンボンみたいなヤツが、オレをあからさまに蹴飛ばした。


「ぐふっ」


「ミトラ君! ああ、転んじゃった。大丈夫?」


 認めたくはないが、オレはチビだ。イリスよりも小さいし、体重も軽い。さぞ蹴飛ばしやすいだろう。

 実際、こうして無様に転がっている。

 大して痛くは無かったが、ちょっと汚れた。ウゼー。


「ああ、大丈夫」


「よかったぁ。……キミ、そんな事しなくてもいいじゃん!」


 オレに傷がない事を確認したイリスは、安堵したように溜息をついた後、貴族の少年に向かって吠える。


「ふん。そこの田舎者が邪魔だったから、退かしたまで。何か悪い事でも?」


「当たり前だよ! そんなことしなくても、言葉で言えばいいじゃん!」


「何故この僕が、田舎者なんぞと言葉を交わさねばならんのだ。周りを見ろ、実際、貴様らが邪魔だったのは確かだ」


 そう言われ、確かにここは正門。門は非常に大きいが、ど真ん中に突っ立っていたら、成程多少の邪魔にはなろう。

 だが、正直蹴飛ばしてまで消すほどの邪魔ではない。とどのつまり、コイツは気に食わなかったからやったんだろう。

 

「そんな! ちょっと横に逸れればいいだけじゃん!」


 オレと同じ結論に至ってか、周囲を見回したイリスが再びキレる。

 だが良くない。これ以上は良くない。周囲、喧嘩を始めたオレ達に衆目が集まり始めている。

 入学する前、試験の段階で揉め事なんぞ、学院の心象を著しく下げる行為だ。


「イリス、よせ」


 だからオレは、怒るイリスの手を掴んで宥めた。


「なんでよぉ」


「もうやめろ。それこそ迷惑になる」


 オレがそう言い聞かせると、イリスは渋々と言った様子で矛を収めた。


「ふん、最初からそうしていればいいんだ」


 ご丁寧にそう吐き捨ててから、貴族の少年が正門の先、学舎へ向かった。

 喧嘩が終わったからか、立ち止まって見ていた入学希望者も、試験会場への歩みを再開した。


「ミトラ君、なんで言い返さないの?」


 イリスは不満げな顔をして、オレにそう問いかける。

 当然の疑問だが、同時にオレの行動は常識に伴った行為だった。説明してやるか。


「考えてみろ。相手は明らかに貴族だ。歯向かうのは良くない」


 オレ達は中央に見える大きな学舎を目指して歩き出しつつ、会話する。


「貴族……?」


「偉い奴らってコト。平民のオレ達と貴族じゃ、立場の格が違う。それなりの位を持つ貴族なら、平民を私刑で断じても罪に問われない」


「つまり……殺されちゃうかもってコト?」


「そ。余計な揉め事は起こさずにってハナシだ。それに、オレ達はまだ入学前の試験中……揉め事を起こすようなヤツを、入れたいと思うか?」


「……思わない」


「だから多少ムカついても、我慢我慢。ショセージュツってやつだ」


「分かった……ミトラ君が我慢するなら、私も我慢する」


 うむうむ。分かったようで何より。

 兎も角今日試験を受けて、何事もなく帰る。それが目的なのだ。ウザい貴族のボンボンに絡まれたくらいでキレてたら、どうしようもない。


「バカはスルーするに限るってな」


「ふふ、そっか。うん、そうだね」


「それに――」


 オレは立ち止まって、目の前の巨大な学び舎を見上げる。


「――学院に入ってさえしまえば、学び舎としてのルールがオレ達を保証する。貴族の権力もパワーダウンだ」


「……?」


「だからやり返すなら、入ってから。入学してさえしまえば、コッチのモンってワケだ」


 そういって、オレはニヤリと笑う。獣人故、笑うと牙が剥き出る。見た目は可愛らしい猫かもだが、猫も立派な肉食獣だ。


「……ミトラ君、すっごく悪い顔してる」


「まあ、そうかもな。やられっぱなしってのは性に合わない。オレの理想は、やりっぱなし。一切の反撃なんぞ許さないワンサイドゲームだ」


「それはそれで、どうかと思うよ」


 曖昧に微笑んだイリスがそういい、オレも応じるように笑う。


「まあ、今日は兎に角ジミーに過ごす。お前の親父さんにも迷惑かかるしな」


「うん。試験終わるまで待ってくれてるし」


「そういう事。ほら行こうぜ、試験始まるぞ」


 オレはイリスの手を掴んで、駆け足で会場へ向かった。

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