第4話 間に合うように出発しよう

 村長に連れられたオレは、久しぶりに村長宅に入った。

 

「うーん、懐かしい」


 村長宅の内装を見て、オレは懐かしさで思わずそう零した。

 中は他の家よりも豪華だ。埃っぽくないし、家具もしっかりしている。


 何より本――この家には本があるのだ。

 本は高い。知識人用なので、オレみたいな村に住むガキには手が届かない。

 村長の家に本が、魔法書があったお陰でオレは魔法に出会えた。村長のお陰といってもいいくらいだ。


「ミトラ……茶でも飲むか?」


 村長の家を見ていると、その主が優しく声を掛けてくる。


「いいの? 飲みたい」


 村長の厚意に甘えて、オレは茶を喫することにした。

 オレからしてみればだいぶ高い椅子に、持ち前の身体能力を生かして軽く登って座る。

 足をプラプラさせて待っていると、村長が湯気を立てる陶器のコップを持って来た。


「待たせたの、ミトラ」


 テーブルに置かれたコップは、緑色の液体を湛えている。湯気を立てており、実に熱そうだ。


「ほら、飲みなさい。苦かったら蜂蜜もあるぞい」


 そういってポットを出してくれるので、オレは遠慮なく中の蜂蜜を使う。

 甘いモノは貴重だからな。無論、オレも好物だ。

 ポットの中に入った琥珀色の液体を、スプーンで掬ってお茶に溶かす。何回かそれをした後、オレはコップを持ち上げた。


「おっと、アチアチだな」


 黒猫の獣人らしく、やはり猫舌なので、念入りにフーフーと冷ましてからゆっくりと口に含む。

 ……うん、美味い。蜂蜜入れ過ぎて甘い味しかしないけど、この過剰なまでの甘さが良い。


「ありがと、村長。……それで、何でオレを?」


 一息ついたオレは、村長に招かれた事について尋ねる。

 村長は遠慮がちな視線をオレに向けると、躊躇いがちに正面の椅子に座った。


「……魔術学院に、入りたいそうじゃな?」


 村長の少し怯えたような声に小首をかしげながらも、オレは頷いた。


「うん、入りたいんだよ、学院」


「それで……魔物狩りなんて危険な真似をしておるのか?」


「そう。金が足りないからさ」


 隠す必要もないので正直にそういうと、村長は目を閉じて何かを考え込む仕草の後、オレを見据えた。


「そうか……」


 少し安堵したようにそういった村長は、顔を上げてオレを見る。


「ならば、ワシがどうにかしてやろう」


「……え?」


 村長の言葉の意味が呑み込めず、オレは間抜けな声を上げた。


「入学に必要な金を、ワシがどうにかしよう」


 思ってもない提案に、オレは目をパチクリとしてしまう。

 

「え……いいのか? 金貨二十枚も必要だけど」


 そういうと、村長は重々しく頷いた。


「用意しよう。入学はいつじゃ?」


「えっと――今年末に試験があって、上手く行けば来年に入学できると思う」


 マジかよ。

 金貨二十枚なんて用意するの大変だし、村長が出してくれるって言うなら願ってもない事だ。

 

「ホントに……いいのか?」


「勿論じゃ」


「マジか。ならお願いするよ村長!」


 こうしてオレの入学資金については解決したのだった。

 どうして村長が金を出してくれたのかは分からないが、苦労せずに用意できるのであればそれに越したことは無い。

 

「ありがと、村長」


「……ああ」


 僅かに暗い顔をした村長が気になりながらも、オレはそそくさと茶の残りを喫した。


 

 

 

 

 

 

 やがて数ヶ月が過ぎた。

 魔物狩りに使っていた時間は減って、その分魔法の鍛錬に精を出していた。

 ――無論、的が必要な事があるので、時折魔物を求めて森に行く事もあるんだが。

 

「今日は魔術学院の試験でしょ? なら、おめかししていかないとね」


 オレの前でニコニコとしながらそういうのは、シスターイゼルナだ。

 珍しく風呂を沸かしてくれた――普段は風呂ではなく、湯で濡らしたタオルで清めている――イゼルナは、この村にしては上等な服を用意していた。


「いつもみたいに袖なしのシャツと短パンじゃ、恰好がつかないわ」


「服なんて何でもいいと思うけどな」


「そんな事ないわ。ルテリアス魔術学院は、このヴェールン王国の貴族サマも通うような学校だって言うじゃない。多少は綺麗な恰好のほうが良いわ」


 まあ、オレより外の世界に詳しいであろうイゼルナがそういうなら、そうなんだろう。

 オレは未だちょっとばかし濡れている尻尾の先を入念に拭いてから、イゼルナを見上げる。


「分かった分かった。それ、着るよ」


 お手上げだ。素直に降参したオレは手を挙げてそっぽを向く。

 

「ふふ、イイ子ね」


 何故かノリノリのイゼルナに着替えさせられ、オレは水桶に映った自分を見た。

 いつもと同じ黒猫の少年だ。違うのは、風呂で石鹸まみれになったからか毛並みが艶やかで、着ているのもそれなりに上等な服である。


「うん、決まってるわミトラ」


「そうかな。まあ何でもいいや。取り敢えず準備は出来たから、オレ行くよ」


 そういうと、イゼルナは少し名残惜しそうに微笑んだ。


「ええ、いってらっしゃい」


 イゼルナに見送られて、オレは孤児院を後にした。村を暫く歩き、入り口まで行くと、そこには一足先に待っていたイリスがいた。

 

「あ、ミトラ君!」


 綺麗なシャツとズボン、丈夫なブーツにクローク……旅の為の装備を着たイリスが、後ろ手を組みながらオレを見る。

 

「よっ、イリス」


「いよいよだね! 楽しみ、私村の外出るの初めて!」


「目的はあくまでもルテリアス魔術学院の入学試験だぞ」


「分かってるよぉ」


 そうしてじゃれ合っていると、スタスタと小走りで男が近づいてきた。イリスの父親だ。


「待たせたね。それじゃいこうか」


 イリスの父親がそういうように、子供二人で目的の街まで行くのは危ないので、付き添いである。

 

「村に来る商人の馬車が、そろそろ到着する。それに乗って、学術都市アルドーンに向かう」


 イリスの父親が言った、学術都市アルドーン――この王国にある、魔法の学び舎にて最高峰たるルテリアス魔術学院を中心として栄えた都市である。

 試験を受ける為、オレ達は定期的に村に来る商人の馬車に乗って、向かうつもりなのだ。


「ミトラ君も、準備はいいかい?」


「はい。大丈夫です」


 丁度、問答を終えた瞬間に、村の門の辺りに馬車がついて、中から小太りの男が、数人の護衛を伴って出て来た。

 

「君達が、先日予約してくれたお客さんか」


「はーい! はいはい。私たちでーす!」


「そうか。じゃあ、行こうか」


 商人たちに導かれ、オレ達は馬車に乗り込んだ。

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