第3話 宿屋の魔術革新

「服をきれいに保つ魔術?」


 魔術革新が叫ばれるようになってから早5年。イロモノ魔術も増えてきた。


「そうです! 我が商会も魔術革新を行おうと思いましてな! 外注していたクリーニング業務を不要にしたのです! 驚くほど経費削減になりましたよ!」


 アンドレアス・ズルツァーは得意気にそう言う。アドバイザリー契約を結んでいる高級宿屋の主人なのだが、すぐ流行りに飛び付く傾向がある。


「魔力源は龍脈ですか?」


「えぇ、もちろん。この魔術革新の時代、人間に宿る魔力などという限りある資源を利用するのは馬鹿らしい。むしろ非人道的ですらある! 昔の工場では、魔力炉として半殺しにされた奴隷が使われていた逸話はご存知でしょう?」


 確かにそうだ。魔力源が人間か魔鉱石しかなかった時代は、魔力の供給源たる【部品】として人間が使われていた。魔鉱石などよりよっぽど安価に調達できるからだ。


「えぇ、まぁあんな愚行は論外ですが、龍脈とて無尽蔵の魔力源ではありませんよ?」


「そうなのですか?」


 ズルツァーは、キョトンとして問うてきた。ま、素人の魔術リテラシーなど、この程度か。


「龍脈は星に宿る魔力そのものです。搾取され続ければ、川の水流と同じように流れが変わる。避けるようにしてね。この土地の魔力が尽きますよ?」


「で、ですが! これからは日常生活の一部に特化した新魔術こそが業務改善の肝だと聞いたのですが……」


「発明家の言いそうなことですね。マニアックな発明を売り付け、高額な利用料を取るのは、やつらの常套手段です。長くこの土地を使いたいのなら……そう。この宿屋は緑豊かな庭園と池が売りでしたよね? そうした自然を守りたいのなら、魔力を枯らさぬよう、持続可能な改善方法を考えるべきですよ」


「な、なるほど……」


 素人がよく陥りがちな事例なので、問題点を指摘するのは容易い。重要なのは、ならどうするか、だ。


「ここは普通に業務用洗濯機を導入してはいかがでしょう?」


「洗濯機ですと! あんなものは機械文明の栄えた旧時代の悪しき産物! 忌まわしくて使えません!」


「それは動力源が人間の魔力だからでしょう?」


「それは……そうですが」


 旧時代=悪と捉える固定観念を崩した方が、魔術を導入するよりよほど効果的だ。


「太陽光発電システムというのがありましてね。これを動力源に出来るのです……」


 それから一週間ほどかけて討議を重ね、結局機械化による業務効率化で方がついた。


「目新しい魔術を導入しただけでは、魔術革新とは言えない……師匠の言う通りね」


 魔術だけでなく、旧時代の技術も知っておかねば、魔術アドバイザーとして最適な施策は提案できないというわけだ。

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