第2話 水竜ヒュドール
「ヒュドールさん、もしかして寝てました? 急に魔力繋いじゃってごめんなさ……」
帰り際に湖に寄って謝罪しようとすると、弾丸のような水しぶきが飛んできた。水竜ヒュドールが、水面を尾で叩いたのだ。
もちろん、私には当たらない。
そう「設定」したから。
次いで、巨大な水の壁のような津波が襲い来る。ここに民家はないとはいえ、止めないとマズい規模だ。
「魔力共鳴【固定】」
私が唱えると、波は止まった。まるで凍り付いたかのように、ピタリと止まって動かない。
「フッ、さすがの技量だな。今のはどういうからくりだ?」
水竜が姿を現す。白い角と、鮮やかな青の鱗を持つドラゴンだった。
「一滴の水に至るまで、この世の全てには微弱ながらも魔力が宿る。その魔力に働きかけて増幅させ、自らの魔力として扱う。そんな術理です」
そうすれば、こんな大規模な波でも、自身の魔力は殆ど使わずに制御できる。
「あのー、まだ怒ってます?」
「まさか、最初から怒ってなどいないよ。初めて会うのでな。どれだけの実力者か、つい試してみたくなったのだ」
「そ、そうですか」
危なかった。本気の水竜を相手にしては、私とて勝利は覚束ない。そうなれば逃げるしかなかっただろう。
「ま、脳を間借りさせてやったのは事実だ。こっちの頼みも聞いてくれんか?」
「えぇ、なんなりと」
「最近水質が悪くなっていてな。邪気を纏った水が湧き出てくる。今はそこまでの濃度はないが、いずれここの水を利用する人間にも害が出るだろう。何とかしてくれんか?」
「えぇ、お易い御用です」
考えられるのは地下を流れる龍脈の乱れ。あるいは人為的な魔術によるもの、といったところだろうか。いずれにせよ、調査しなければ分からない。
「じゃあ、ここに泊まりますね。調査にも時間がかかるでしょうし」
「構わんよ」
そんなわけで、小石大に圧縮していた建物を元に戻し、私は湖畔に宿を取ることにした。
「お前さんの名声はこのローデシアまで轟いている。王宮付きの魔術師にもなれただろうに。なぜ一介のアドバイザーを続ける?」
やがて日が沈むと、ヒュドールが尋ねてきた。まさかそんな突っ込んだことまで訊かれるとは思わなかった。
「私は、困っている人を一人でも多く助けたいんです。王宮付きでは、そうもいかない。それに、王宮魔術師の連中とは、うまくいかなかったので」
「そうか。それだけの知恵と力を持っていながら……殊勝な心掛けだ」
ヒュドールはそうとだけ言い、湖底へと戻っていった。
「魔力共鳴【水除け】」
私はまたしても魔力共鳴のスキルを使い、湖に潜る。
いや、正確には降りると言った方がいいだろうか? 湖面は割れ、私は一切濡れることなく底に到着した。
こんな芸当ができているが、実際は借り物のスキルを再現しているだけだ。
魔力共鳴というスキルに目覚めたはいいものの、使いこなせず持て余していた相談者がいた。なので、スキルを解析し、抹消してあげた。どんな現象か観察し、個別の事象に分解し、メカニズムを把握すれば、なんてことはなかった。雷属性魔力の外部への伝播と、体内の水分、塩分濃度の変化による複合現象だと判明した。
大自然の魔力に働きかけるといっても、蓋を開けてみればその程度のものなのだ。
よく研究すれば、解析不能なチートスキルなどない。
「えぇっと、水が湧き出ているのは……」
水源を発見し、試験管に汲み取る。独自開発した試薬を何種類か入れると、すぐに反応が出た。
「魔神因素か……」
水に混ざっていた「邪気」とやらはこれが原因だろう。古の時代に世界を蹂躙した魔神ヴァルグリム。まだその痕跡は各地に残っている。
ただの闇属性魔力とは異なる、超常の物質。私もその性質を解析しきれていない。
だが、近くを流れる龍脈の流れを変えてやれば、すぐに相殺できる。その程度の微弱なものだ。
私はすぐに処置を施し、湖面から出た。
「こういう繊細な作業はどうも苦手でな。助かった」
すぐに顔を出したヒュドールが礼を言った。
「確かに。ヒュドールさんが解決しようとしたら地形が変わりかねませんしね」
「お前が一言余計な魔女だということは分かった」
今のは失言だったか。
「すみません、ですが私は魔女でも魔術師でもありません」
「魔術アドバイザーだったな。最近は新しい職業がどんどん増えるな。それだけ世が平らかになったっということか」
ヒュドールは遠い目をする。太古の昔の記憶に思いを馳せているのだろうか。
「魔神の復活は近いのか?」
「えぇ、残念ながら。誰が器になるかは分かりませんが、5年以内には再臨するでしょう」
魔神因素がこんな地表にまで湧き出している。地下に封じられた魔神の魔力が活性化している証拠だ。
「また世が乱れるのか。我の同胞や多くの人間が死ぬところは、もう見たくないんだがな」
数百年を生きるドラゴンの言葉は、重く響いた。
「同感です。英雄の到来を待つしかありませんね」
「お前こそが英雄にふさわしいのではないか? それだけの力と知恵を備えている」
「まさか。私はただのアドバイザーです」
「では、英雄の資質を持つ者が現れたら、導いてやってくれ」
いくらなんでも、買い被り過ぎだ。
「私に務まるでしょうか」
「少なくとも、我のような老いぼれよりは適任だ」
私は沈黙を以て応えた。返す言葉を持ち合わせていなかった。
「では、行きます。王都にも用事があるので」
「あぁ、またな。次会うときも、平らかな世であるといいな」
ヒュドールと別れ、私は帰途に就いた。平和な世……私もヒュドールも望むそんな世の中の寿命は、もう尽きかけていた。
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