エレノア・ダンヴェールの魔術革新
川崎俊介
第1話 大図書館の禁書整理
「ここがローデシア地方ですか……」
深い原生林と、断層で露出した魔術結晶の鉱床、そして水竜ヒュドールの棲む巨大湖もある。
それらが一度に望めるのだから、この丘は素晴らしい。
エレノア・ダンヴェールこと私は、ローブに三角帽を被り、手ぶらではるばるここまでやって来ていた。
圧縮魔術で、宿も荷物も小石サイズにまとめてポケットに入れている。自分の開発した魔術ながら、便利なものだ。
「後でヒュドールさんに挨拶しないと。会ったことはないけど、お世話になってるしね」
そんなことを呟きながら、私は遥か遠くの巨大建造物に目をやる。
「あれがエサルハドン王の大図書館ですか」
かなり遠いはずだが、近くに見える。距離感がおかしくなりそうなほどの大きさだ。さすがは古代王国最盛期の王のやることか。
「じゃ、力を貸して? 翼竜アネモスさん」
魔力共有の術式を発動させると、ドラゴンの魔力が流れ込んでくる。
「相変わらずたいした濃度ね」
痺れるような魔力が全身を貫く。常人であれば意識を失うレベルの濃い魔力。身体を慣らしている私でなければ、微量でも使いこなせない。
やがて、身体が変質し、羽毛の生えた翼が一対、生えた。
「さて、もう一踏ん張り!」
私は翼を大きく広げ、大図書館へ飛び立った。
◻️
「禁書庫の本はどれも危険でねぇ。もう扱える人間がここらにはいないんですよ」
司書のおばちゃんは面倒そうに言った。
大図書館には、読んだ人間の精神を破壊したり、物理的に噛みついてきたり、悪霊が封じられている本が多数ある。いわゆる禁書だ。一般魔術師が触れることはまずない。
「滅多に使わないけど、処分もできなくて、どうしようかと…」
「そうですね……いっそのこと、禁書庫を完全立入禁止にしましょう」
「ですが、有事の際には王国の上級魔術師の方が利用することも……それに、歴史的価値もありますので……」
「いえ、情報だけ抽出して保存できますよ?」
既存の魔術理論の組み合わせで、可能だ。
「例えばこの魔導書【ヌクテメロン】ですが、精神を蝕む書物として有名です。ですが、中身を見ずに無害化することも可能です」
私は圧縮していた荷物から、魔法陣の書かれた紙を二枚取り出した。
「それは、複製の魔術ですよね? もう片方は、見たことがありませんが」
「これは変換の魔術です。これは古代文字で書かれていますが、文字の種類と位置情報を記録することで、単なる数字の羅列に変換して保存できます。これなら、精神を破壊される心配もないでしょう?」
「どういうことです?」
まぁ、一発で理解してもらえるわけもないか。最近思い付いた独自理論だし。
「例えば、一頁目の二行目の五文字目に【アルプム】の文字があれば、【1-2-5.1】と表記するんです。この場合は、アルプムの文字に1という数字を割り当てています」
「なるほど、無害な数列に変換することは分かりましたが、禁書庫には分厚い本が500冊以上あります。処理が追い付かないのでは?」
「そこはドラゴンの脳を間借りさせてもらいます」
「え? 間借りって、まさか意識を共有できるのですか?」
「えぇ、そうですが……」
人間より遥かに高い知性を持つドラゴン複数体と意識を連結し、脳のリソースを間借りする技術は確立済みだ。問題は、私にしかできないことだけど。
論文発表済みなのだが、そんなことまではさすがに知らないか。
そして一時間と経たずに、禁書の暗号化は完了した。
「複号化の魔法陣も渡しておきます。別拠点で保管しておけば、機密保持の観点からも安全かと」
「なるほど! 必要に迫られたときだけ然るべき実力者に複号化してもらえばいいのですね! 助かりました! で、料金の件ですが……」
「そうですね、禁書庫は完全封印して問題ないでしょうから、今後管理は不要になりますね。警備員の方の向こう一年分の人件費を頂ければ結構です」
そんなわけで報酬交渉を終らせ、私はヒュドールさんのもとへと向かった。
いきなり脳のリソースを間借りしたし、怒ってるかもしれない。
ご機嫌取りにいかないと。
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