M がさつエルフ③
「なあ、なんか食ってもいいか?」
傭兵団の建物に入ってすぐ、マギーはグレンに尋ねた。キッチンを見たら、思い出したように空腹がこみ上げてきたのだ。壁に掛かった色時計はすでに宵を示すパープルに染まっている。グレンはダイニングの椅子にどさっと音をたてて座り、テーブルに肘を突いて頭を抱えるような姿勢でうなだれていた。
「ああ、……冷蔵庫になんか入ってるだろ」
「アタシが食っていいのか?」
「もう誰も食うやつはいない」
冷蔵庫の中には緑のサラダと、調理された鶏肉らしきものが二皿ずつ入っていた。ラップはされていない。どちらも一皿ずつを取ってテーブルの上に運ぶ。テーブルの中央には花瓶があって、一輪挿しの花はしおれ始めていた。
「グレン、お前も食った方がいいぞ」
「俺はいい」
「そうか?」
マギーは席に座ると置いてあったフォークを手に取り、鶏肉を突き刺した。そのままがぶりと一口
気付くと、グレンがじっとこちらを見ていた。
「なんだ、どうした?やっぱり欲しいか?」
「いや、ヴェロニカさんの最後の料理だな、と思って」
「そんなこと言うなよー。食いにくくなるだろ?」
などと言いつつ、鶏肉をまた一口齧る。
「気にせず食えよ。食わなきゃ腐るだけだ」
グレンは窓の方に視線を向けた。外には明かりも一切ない。ただ虫の声だけが聞こえていた。
風呂を借りてベッドを借りて、マギーは〈
朝はいつもと変わらず爽やかにやって来た。昨日、凄惨な出来事が起こったとか、誰かの大切な人が亡くなったとか、そんなことには頓着しない。もしそうでなければ、毎日が葬儀のように湿っぽくなってしまうからだろう。
墓地に吹き渡る風が早朝からの労働で熱くなった体を冷ましてくれた。マギーは腰を
「おい、マギー」
「おお、起きたか、グレン」
後ろから声を掛けられてマギーは振り返る。グレンが驚き顔で立っていた。
「それ、お前が?」
グレンは、マギーが愛用の
「ああ。ないと、どこに埋めたか分かんなくなるだろ?」
石屋でもないマギーには、石に名を刻むことまでは出来ないが、これでも力作のつもりだ。
「……ありがとな」
「ん」
マギーは両腕を天に掲げて腰を伸ばした。一日は始まったばかりだが、心も体も達成感に満ちている。
「一働きしたら、喉が渇いた。腹も減ったな。よし、飯にしよう。グレンも食うだろ?昨日食ってないんだから、食った方がいいぞー」
「ああ」
グレンは微笑んでいた。グレンの笑った顔をマギーはこのとき初めて見た。
冷蔵庫に残った一皿ずつのサラダと鶏のバジル焼きを半分に分けた。サラダは
「じゃ、なんだ?任務を命じてきた帝国が襲ってきたってことか?」
「そういうことになるな」
「なんでまた?」
「さあな。俺が知るかよ」
マギーはグレンを質問攻めにしていた。おかげで状況が少し分かってきた。
グレンの属する傭兵団〈
拠点に残っていた仲間は殺されていた。たぶんそれも帝国の仕業だろうとグレンは推理していた。そして団の代表である、団長がいない――
「帝国の目的は分からねぇが、拉致されたんだ。ヴェロニカさんを盾にでもされたんだろ」
「ふうん、で、これからどうすんだ?」
マギーは皿に付いたバジルソースをフォークのへりで掬い上げながら尋ねた。食事はあらかた終わっていたが、腹が満足しているとは言い難い。
「とりあえず、団長を探す。あと、帝都に向かった仲間がいるから、そいつらも探さねぇと」
「そうかー」
マギーはフォークについたバジルソースを口に運ぶ。独特の製法なのか、今までに食べたどのバジルソースともどこか違う。
「あいつら、敵の本拠地に飛び込んだようなもんだから、もう捕まってるか、それとも……。無事だといいんだが」
「その〈
「七人」
グレンの返答を受けてマギーは考える。三人は墓の中だ。一人はグレン。ということは団長を含めてあと三人を探さなければならないということだ。これくらいの引き算はマギーにだってできる。
「そうかそうか。そりゃあ、探すのも大変だろ」
マギーはグレンにフォークの先を向け、にぃっと笑った。
「アタシも手伝ってやるよ」
乗りかかった船だしちょっと面白そうだと思ってマギーは申し出た。マギーには自分では気付いていないが、面倒事に首を突っ込みたがる性質がある。
「いや、やめとけ」
せっかく手伝ってやると言ったのに、グレンは険しい顔をしたまま首を横に振った。
「帝国を敵に回すんだぞ。命がいくつあっても足りねぇ」
「そうか?アタシ、腕には自信あるぞ」
「帝国〈
「けどよ、グレンは……」
「俺はもう渦中にいる。引くわけにはいかねぇんだ」
グレンの瞳には揺るぎない覚悟の炎が宿っているように見えた。
「お前だって、なんか目的があって森から出たんだろ?そっちを優先しろよ」
「んー」
納得はいかないが、グレンの言うことはもっともな気もする。
「……分かったよ、そうするよ」
グレンは譲りそうにないし、従うしかない。マギーは渋々頷いた。
「ああ、そうしてくれ」
グレンが椅子から立ち上がった。ウェストバッグを腰にだらりと巻きつけ、ダイニングの出口へと向かう。
「なんだよ、もう出るのか?」
「早い方がいい」
グレンは出口の前まで歩むと、足を止めて振り返ってきた。
「お前ってさぁ」
グレンは顎に手をやって発言する。ヒゲの感触を確かめるかのような動作だ。
「本当にエルフかよ。無駄口ばっかり叩くし、ずかずか人の領域に踏み込んでくるし。なんたって、俺の知ってるエルフは……、いや、なんでもない。エルフも色々だよな。人間にも色々いるし」
自分で疑問を呈しておいて自分で結論を出し、グレンは一人で納得している。
「お前はゆっくりしてけよ。墓を作ってくれたんだ。それくらいの権利はある」
その言葉を残して、今度こそグレンは出て行った。マギーはミルクを一口飲む。
「ああ、そうするよ」
たぶん、マギーの返答はグレンには届いていない。
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