M がさつエルフ②

 降り注ぐせみの声を聞き流しながら、マギーはうとうととしていた。暑さの残る秋の初めとはいえ、木陰となるとある程度過ごしやすく気持ちがいい。


「おい」


 声がしたので、はっとなって顔を上げる。気絶していた男が身を起こしていた。


「誰だ、お前」


 敵愾心てきがいしんすらほの見える声音にマギーは怯むこともなかった。


「なんだ、気が付いたのか。よかったな。でも、アタシはお前を助けてやったんだぞ。その態度はないだろがー」


 マギーは男を指でさす。男の表情の険が少しだけ抜けた。


「助けた?」


 男は頭に手を当てた。頭痛を堪えるようでも、何かを思い出すようでもあった。


「……そうだ、ディーノがやられて、お袋が……。どこだ!?」


「は?何が?」


「何がって、お袋が……。いや、ここはどこだ!?」


「フィーネ山」


「んなこたぁ、分かってる!フィーネのどこだよ、ここは!?俺はどこにいるんだ。お袋は?ディーノはどうなった?」


 男はマギーに詰め寄って来て、マギーの肩を掴んで揺すった。


「どこって言われてもな、アタシも来たばっかりで」


「早く行かねぇと!行って、行って、助けねぇと!」


「ちょっと、落ち着け、お前」


 マギーは男の顔をグーで殴った。不意を突かれた男は痛めた頬を手で押さえて目を見開いている。効果は抜群、なんとか落ち着いたらしい。


「グーで、殴るか?普通……?」


 男の苦情らしきものをマギーは無視して手を差し出した。


「マギーだ。恩返しは利子付きで頼む」


 男は警戒するようにマギーの手を見つめていたが、しばらくしてやっと手を握ってくれた。


「グレンだ」


「よし、グレン。まず一つ言っておく。アタシには土地勘がない。だからここはどこかと聞かれても答えられねぇ。お前、山賊か?」


「誰が山賊だ?」


 グレンは不満そうだ。外れだったか。


「なんだ、山賊じゃねぇのか。山賊だったら土地勘あるだろうし、落ち着いて周り見渡せば、ここがどこか分かりそうなものだろ?」


 グレンはその手があったかと言わんばかりに周囲を見渡しだす。少しばかりそうしたあと叫んだ。


「そうか、ここ、山道さんどうか!なら早く言えよ、ちくしょう!」


「アタシ?アタシのせいか?」


 グレンはマギーに構うこともなく、駆けだして行った。マギーは状況が呑み込めず、しばしその背を見つめてから慌ててあとを追う。


「ちょっと待て。恩返しがまだだぞー」


 グレンは振り返りもしない。




 猫ほどの大きさをしたバッタが、進路を塞ぐようにたむろしていた。グレンはその妖魔の群れに大剣を振り上げて突進していき、マギーもすぐそれに加勢した。


棘飛蝗スピーナロクスタ〉は、脚に鋭いとげそなえたバッタの妖魔だ。驚異的な跳躍力で飛びかかってきて、棘で人の身を突き刺そうとする。大して強い妖魔でもないが、目を貫かれて失明した者も過去にはいるらしい。


 マギーは眼前のバッタを愛用の戦斧バトルアックスで薙ぎ払った。地面に横倒しになったバッタの体に斧を振り下ろし、とどめの一撃を加える。一匹倒したと思えば、すぐに次のバッタが襲い掛かってくる。いったい、全部で何匹いるのか。


「グレン!きりがないぜ!術で一掃しろ!」


 マギーは斧でバッタの攻撃を防ぎながら、共に戦う仲間に向かって声を張り上げた。霊印を持つ者は、総じて霊術という魔法じみた力を使える。


「俺は術は得意じゃねぇ!!」


 との答えが返ってくる。そうか、そうか、アタシもだよ。納得したマギーは目の前の敵に意識を戻す。一匹一匹、地道に駆除するしかないらしい。


 バッタは次から次に溢れ出るように現れる。あまりにきりがないので、やけを起こしてやたらめったらに斧を振り回していたら少し目が回った。しかしそのおかげか段々と猛攻はやんでいき、バッタに埋め尽くされていた視界が徐々に開けてきた。

 

 鮮やかな黄緑色のバッタを斧で両断し、マギーは顔を上げる。いつの間にかバッタはいなくなっていた。さっきのが最後のバッタだったらしい。


 グレンの姿を探して振り返った。グレンは地面に両膝をついていた。


 グレンの前には戦人いくさびとの抜け殻が二人分あった。戦人いくさびととは霊印を宿した者の別称だ。霊印持ちは戦いに特化した能力を持つので、こう呼ばれるようになったという。


 戦人いくさびと、つまりは霊印持ちは、命を落とすと、体が空気に溶けるようにして消えてしまう。そのため、戦人いくさびとが死んだ場所には、その者が身に付けていた服や装飾品といった一式だけが残されるのだ。戦人いくさびとを供養する際には、こういったものを用いるのが一般的だ。


 そこには戦人いくさびとが死んだ痕跡が二人分残っていた。


 グレンのこれまでの言動からマギーにも察しがついた。片方はグレンのお袋さんで、もう片方はグレンの仲間に違いない。


 さすがのマギーもかける言葉が見当たらなかった。しばらく黙って立ち尽くす。だが、ここにこうして立っていても始まらない。グレンの背中に一歩二歩と歩み寄る。跡なんて残っていないのに、血の臭いが濃密に漂っているように感じられた。


「グレン……。あのさ」


「まただ」


 グレンは小さな声で、絞り出すように呟いた。


「また、俺だけ生き残っちまった……」


 グレンは両手で頭を抱え、深くうなだれている。悲痛な心の叫びが聞こえてくるようで、マギーまで眉を寄せずにはいられない。グレンの背中にかけようとしていた下手ななぐさめの台詞を呑み込んだマギーは、困って頭を掻いた。


「……マギー、ちょっと手伝ってくれるか?」


 グレンが口を開いたのは、それから少しあとのことだった。


「お、おう!アタシに出来ることなら」


「二人を、運ぶのを手伝ってくれ」


「おう!分かったぜ」


 マギーは素直に応じる。落ち込んでいる人には優しくしてやりたくなるのが人情だ。


「オレは団に戻って担架を取ってくる。だからお前はここで見張っといてくれ」


「あ、ああ。でも、団、って、なんだ?」


 分からない事だらけで、マギーは少し混乱している。


「傭兵団だ」


「傭兵?お前、傭兵だったのか」


 グレンは返事をせず、来た道を戻って行ってしまった。マギーは二人分の遺品と共にその場に取り残される。マギーたちが倒した大量の〈棘飛蝗スピーナロクスタ〉は影も形もない。妖魔は戦人いくさびとと同様、倒すと空気に溶けるように消えてしまうのだ。


「ん?」


 暇を持て余すマギーは足元に何かを見つけて屈みこんだ。拾ってしげしげ眺めると〈棘飛蝗スピーナロクスタ〉の棘だった。妖魔は絶命すると消えてしまうが、たまにこうして遺品を残す。〈贈リ物ギフト〉と呼ばれるこれらは、なかなか良い値で売れるのだ。


「ラッキー」


 ウェストポーチに棘を押し込みながら思わずこぼした本音にマギーは自分で顔をしかめた。二人の人間の骸の前で、口にすることではなかったかもしれない。


 少しして、グレンは戻って来た。傭兵団とやらは存外近くにあるらしい。グレンと二人で遺品をすべて担架に乗せ、グレンが案内するままに担架の片側を持って運んだ。


 傭兵団の拠点らしき建物は、丈高い草に隠れるようにしてひっそりと建っていた。屋根にはカラスが止まり、マギーたちを静かに見下ろしていた。凶事はまだ終わってないぞ、そう言われている気がした。


 入り口前の手書きの掲示によると、この傭兵団は〈鉄の腕ブラッチョ ディ フェッロ〉という名前らしい。いかにも強そうな感じがして、傭兵団にはぴったりじゃないかという気がした。


 二人の遺品はそのまま墓地へと運び入れた。崖近くの、なんとももの悲しい風の吹く場所だった。


 なんの説明もないまま、グレンは建物の中へと入って行ってしまった。どうしていいか分からず、マギーは担架の傍らに立ち尽くすしかなかった。この状況で詳しい説明を求めるのもグレンには酷だろう。それくらいの空気感はマギーにだって分かる。


「ヴェロニカさん」


 開いた窓からグレンの声が聞こえてくる。誰かを探しているらしい。恐らくは他の団員だろう。


 墓地で待っていたマギーのもとに、グレンが現れたのはそれからしばらくあとのことだった。赤く血濡れた女性を抱えている。胸を一突きされて、絶命しているようだった。歳の頃はグレンの母親くらいといったところだろうか。体が残っているので戦人いくさびとではないのだろう。


 遺品が二つと遺体が一つ。掘らねばならない墓穴は三つになった。何も言わぬまま、シャベルを使って穴を掘り始めたグレンをただ見ているというわけにもいかず、マギーも壁に立てかけられたシャベルを手に取った。墓穴は掘ったことがなかったが、なかなかの重労働だと知った。人が入れるほどの穴は、でかい。


 三人の埋葬が終わった頃には辺りは暗くなっていた。


「グレン。とりあえず家ん中、入らないか?」


 マギーはグレンに声を掛けた。夜は妖魔が活発に動く。暗い山中で屋外にいるのは、あまり得策ではない。


 呆けたように座りこんでいたグレンは「ああ」と力なく応じた。

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