M がさつエルフ①

「貴女の探し物は、ゆくゆくは見つかるでしょう」


「ゆくゆく?ほんとか?いつ?いつ?いつだ?」


 マギーが身を乗り出して尋ねると、それに合わせるように占い師はわずかに身を引いた。


「今節のうちには」


「今節?そうかー」


 マギーは椅子の背もたれに片腕を置く。


「結構すぐじゃないか。やっと目的を果たせるぜ!」


 マギーは大きくガッツポーズをした。そんなマギーに対し、占い師は一切表情を変えない。


「貴女には言うまでもないと思いますが、深く考えず、思うがままに行動してください」


「よっしゃ、分かった。思うがままだな?思うがまま、思うがまま!って、そりゃ、いつものアタシじゃないか!いつも通りってことか。簡単だな!」


 占い師の表情が少し緩んだようだが、マギーはそんな微細な変化には気付かない。


「それと、もう一つ」


 そろそろ立ち去ろうかと思っていたマギーは、浮かせかけた腰を元の位置に戻した。


「倒れている人は介抱すること」


「介抱?」


「誰かを助けたなら、貴女も誰かに助けてもらえるはずです」


「うーん、理屈はなんとなく分かるぜ」


 マギーは腕を組みながら、うんうんと頷く。


「あと、これを受け取ってください」


「ん?」


 占い師が差し出したものを受け取る。橙色のカードだ。先ほどの占いで使用したものだった。


「くれんのか?」


「はい、貴女のものですから」


「そうか、貰えるもんは貰っとこうか。ありがとよ!」


 マギーはカードの裏表を満遍まんべんなく観察してから、占い師にずいっと顔を近づけた。


「なあ、さっきの手品みたいなやつ、どうやってやったんだ?これ、浮いたよな?しかも、色が変わったし」


 占い師は口を閉ざしたまま、マギーの目を見返しているだけだ。


「ははーん、さては企業秘密ってやつだな。こっそり教えてくれよ?ダメ?ダメか?まあ、そうだわな。旅のエルフなんかに教えられませんわな」


 ふふ、と占い師が鼻から抜けるような笑い声を立てた。


「貴女、面白い方ですね」


「そうか?たまに言われるよ」


 マギーは椅子から立ち上がり、手を軽く上げ、謎の占い師に別れを告げた。




 旅の女エルフ、マギーの旅路には決まった目的地はない。そういった意味では気ままな旅とも言えた。なぜ旅をしているのかと問われれば、探し人がいるからだ。手掛かりはほとんどない。だから目的地もない。


「アデル帝国かディディエ王国か。うーん、どっちにすっかなー」


 二国の入り口と称されるドロモス荒野の案内板の前にマギーはいた。この地は正確にはクルシード公国の領土だが、巷では帝国、王国、公国の三国の境界地と認識されていた。ドロモス荒野には、三国いずれかの方面に向かう高速空車こうそくくうしゃがあるのだ。公国内はあらかた捜し回ったので、残るはアデル帝国とディディエ王国だった。


「うーん、どうすっか、どうすっか。……あっ、そうだ」


 マギーは空車乗り場で列に並ぶ老女に近づく。


「ばあさん、ちょっと杖貸してくれない?」


「あら、若いエルフのお嬢さん。どうしたの?」


「ちょっとだけだから、杖貸してくれよー。すぐ返すからさ」


 こうして杖を手にしたマギーは、三国の方角が示された掲示板の前に改めて立った。西はアデル帝国、東がディディエ王国、南がクルシード公国だ。マギーは北側を背にして、杖をまっすぐに立て、根拠など何もない念を込めて手を離す。


 杖はアデル帝国側に倒れた。


「よっしゃ、帝国だな!ありがとよ、ばあさん、これ、返すぜ。ところで、アデル帝国行きの空車ってどれだ?」


「この列がそうですよ。貴女、愉快な方ねぇ」


「そうか、ありがとよ。たまに言われるよ!」


 マギーは老女の並ぶ列の最後尾に身を滑らせる。




 高速空車には初めて乗ったが、かなりいいという評価をマギーは下した。二本のケーブルを頼りに空を飛ぶ長方形の鉄の箱は、運営団体のうたい文句通りに快適な旅をマギーに提供してくれた。眼下に広がる景色は基本、草もまばらな一面の荒野とあって面白くもないが、高いところというのはそれだけで楽しい。空を飛んで、荒れ野を越えて、目的の地に馬に乗るより早く着けるのだ。開発したやつは偉い。


 空車はドロモス荒野の西の端で終点となった。この地は国境であり、大きな関所も兼ねていたが、エルフであるマギーは大して警戒されることもなく、無事に通過することができた。エルフ族はどの国にも属さない種族だから、旅をする分には楽なのだ。


 長閑のどかな草原地帯を分断するように走る石造りの街道を、他の旅人に交じりながらゆっくりと歩いていく。旅人のほとんどは商人で、気ままな旅をしているのはマギーだけのようだ。馬の蹄の音と車輪が回る音がマギーを追い越していく。裕福な者は馬車に乗って移動するのが常だ。


 やがて目の前に河が現れた。周囲の旅人に尋ねたところ、アルコ河というらしい。


 案内板が見えて、マギーはそちらに歩み寄った。案内板は旅人の友だ。アルコ河との表示に「それはもう知ってるよ」と勝ち誇る。河を渡って街道伝いに進めば帝都インテグリータ、河を外れて北へ向かえばフィーネ山とかいう場所に着くらしい。フィーネ山を示す矢印の方角には、草が薄くなっただけの頼りない道が浮いている。


 案内板の前でマギーは眉根を寄せて首を傾げた。今度は杖を持った老人は近くにいない。


「帝都か、山。帝都か、山、ねぇ……。山だな!」


 少し考えただけで行き先をフィーネ山に定め、マギーは妖魔除けもない粗末な道へ足を踏み入れる。




「この先、フィーネ山」


 板に記された掲示をマギーは読み上げる。周囲にはくねくねした細い木が増えてきたが、人の姿はまったくない。東の空で輝いていたは、中天に達しつつあった。


 少し後悔をし始めていた。


 捜し人がいるのなら聞き込みが肝心だと思う。聞き込みをするのなら人が多いところがいいだろう。人が多いところといえば、そう、町である。ということで、帝都インテグリータに向かった方が良かったのではないかと思い始めたのだ。


「つっても、今さら引き返すのもなぁ」


 頭を掻きながら独り言を漏らしたマギーは、惰性のままにフィーネ山に向かっている。山は好きだし、一応誰かがいるだろう。例えば山賊とか。


 周囲から張り出した木の陰が、日の光を遮るようになった辺りでマギーは故郷の童謡を口ずさみだした。森は好きだ。エルフであれば大抵の者がそうだろう。マギー自身、生まれてから四十年ほどを森の中で過ごしてきた。木々は生き物に安らぎをもたらす。


 やがて道幅が少しだけ広くなった頃、足元に水の流れが現れた。ちょろちょろとした小さなものだが、大雨が降れば川になるのだろう。


「木々に尋ねれば、小枝の赴くままに、小鳥はさえずり、蜜を……あん?」


 人が倒れていた。瞬間的に野次馬根性が働いて、マギーは歌うのをやめて駆け寄る。


 男がうつ伏せの状態で倒れていた。たくましい体つきで、筋肉質な上腕には戦人いくさびとの証である黒い拳大の霊印が浮き上がっている。髪は鉄黒てつぐろ。腰まであるマギーの髪よりは短いが、男にしては長髪の部類だろう。


「おーい、あんた、大丈夫か?」


 返事はない。首筋に触れてみると脈が触れた。どうやら、気を失っているだけのようだ。マギーは頭を掻いた。


「さてさて、どうしますかね」


 このままここに放っておけば、妖魔に食われるだろうとは容易に想像できる。急な大雨でも襲ってこようものなら、足元の水の流れが川になって、水死する可能性も少ないながらあるだろう。ちょっと想像力を働かせれば、様々なシナリオが考えられた。


 マギーは鼻から大きく息を吐く。これは自分が助けてやらねばならない。ヴェールを被った占い師も言っていたではないか。倒れている人は介抱すること。


 マギーは男の脇に手を差し入れる。とりあえず水死の可能性を回避するため、道の脇に体を寄せてやらねば。


「うおおおお、思った通り、あんた重いな。うぐぐぐぐ、アタシは一度決めたら、やる女だっ。うんとこしょっ、どっこいしょお!」


 無駄に大きな声を出しながら、マギーは男の体を道の脇に寄せた。男の額の半分は乾いた血で汚れている。頭に切り傷でもあるようだ。


「さて、しばらくここに足止めか。仕方ねぇ」


 マギーは男の傍らにどかっと腰を下ろす。妖魔が襲ってこないよう、番をしてやらねばなるまい。さて、起きたらどんな見返りを要求してやろうか。

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