隔離世界のレブロンス

平岡夏子

輝きの中で


潮風が鼻先を掠めていく。


 顔を上げれば淀みのない空が広がっており、絵の具を塗りたくったように青く、どこまでも高かった。

強弱がある風に髪の毛が棚引いてウザったい。

真一文字に引かれた水平線の上には竜が飛んでいる。大小の二つがあるから親子なんだろう。



「はあ……」


 レールがひかれてある防潮堤は私にとって、熱したフライパンの上を歩いている感覚に浸される。



「なんで外周堤調査なんて引き受けちゃったんだろ、三城のやつ…あとでシバいてやる」

 手に持った鉄パイプを引きずりながら歩く少女は愚痴を吐いていた。少し長めの黒髪に首から提げている麦藁帽、汗ばんでいるスクールワイシャツを着ているのは“結衣”という名の少女だ。

彼女が先ほどから唸っている原因は、燦々と降り注ぐ中での外周堤調査というのは苦以外の何者でもないという事だ。




「しょーがないよ、結衣ちゃん。実際に私たちは当番サボってたんだから三城に押し付けられても何もいえないよ~」


そう呟いた少女はチェック表がはさまれた記録ボードを片手に横を歩いていた。

少女の名前は“日菜”。茶髪を短くそろえた奥には、汗が玉になって頬を流れていて色っぽい。


「ンなああああああ、悔しいー!! ………はあ、日菜これあげるから被ってなよ」


あたしは様々な思いに悩んで地団駄を踏んだ、後に自分が被っていた麦わら帽を日菜に渡した。

この炎天下で私はともかく彼女が可愛そうだ。



「え、いいの? でも結衣ちゃんは……あっ」


「うん、ほらあたし洗礼すませているから平気だよ。それよりも洗礼受けていない日菜のほうが大変でしょ、受け取ってよ」



「ありがとう、結衣ちゃん!」


私たちはそのまま外周堤調査を続けていった。調査が終わったのはそれから二時間後だった。




+ + +




「遅かったな、どこで股を開いてたんだクソ女」


そう言い放った男は外周堤調査から帰った結衣と日菜を睨みつける。黒髪に眼鏡、フード付きパーカーを身に纏っている男こそ結衣が愚痴っていた人“三城”である。

彼はこの清掃部門を統括する部長なのだ。簡単に言うなら結衣と日菜の上司である。


「股なんか開いてないし、ていうか三城それ普通にセクハラだからな! 風紀部長に言いつけるぞ」


結衣は鉄パイプの先端を、何度も床に叩きつけている。だが三城は何もなかったかの様に日菜に話しかけた。


「ところで日菜君、あとで外周堤調査の報告書を長瀬に提出しといてくれ。おそらく長瀬なら技術部の方へ出向いている筈だ、それと暇だから軽い報告を私にしてくれないか。」


「あ…はい、分かりました。外周堤では特に目立った点はありません、レールの破損も有りませんし魔物がポップした形跡も有りませんでした。ただ境界面で揺らぎを感じました。」


三城は、日菜が話した“揺らぎ”という言葉を聞くと眉を顰める。



「氾濫が起こるかもしれん…、ありがとう日菜君とクソ女。あとは部屋に戻ってくれ。日菜君にはナッツクッキーを進呈しよう。」


「え、本当ですか? ありがとう、三城くん!」

「な…おいッ、三城、私の分は?」


手にしていたクリップボードを抱き締めつつ笑顔を照らしだす日菜と、スマホの画像ファイルを見られた男子のような顔をした結衣。

その光景は世の中の理不尽を顕現しているかのように見えた。


「あ"ァ?駄馬にくれてやるクッキーなど無い。部屋に帰って排泄物でも食べて慰めてろ」


三城は眉間に皺を寄せながら、日菜にナッツクッキーが入った袋を手渡していた。

日菜ははしゃぎながらそれを受け取る。もはや隣にいる結衣の事など意識すらしてないのだろう。

隣にいる結衣はワナワナと震えていた。


「結衣ちゃん、早く戻ろー。クッキー食べたい」

「あんたは敵だあアアア!!」


結衣はそう叫びながら日菜の手を握りしめて扉へ向かっていった。

出て行くまでに微かに数回ほど鼻をすする音が聞こえたが、三城は結衣の泣き顔の可愛らしさに心を満たしていた。


ちなみに三城は、日菜へ渡す際にコッソリだが結衣の分も渡していた。三城は紳士系サディスト野郎なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隔離世界のレブロンス 平岡夏子 @natsuko1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ