第18話 迷宮から脱出しよう#3

―――ヒュンヒュンヒュン


 エルダーリッチを挟み込むように無数の矢が飛び交う。

 エルダーリッチの周囲をグルグルとしながら攻撃を続けるのはユトゥスとループス。

 特にループスからの放たれる矢の本数が多いが、それは行動値の差だ。


 エルダーリッチは、その攻撃を周囲に魔法障壁を張ることで防いでいる。

 しかし、魔法障壁も立派な魔法スキルだ。

 使えば使うほど魔力を消費する。


 魔力が尽きれば、魔法主体の戦い方をするエルダーリッチに対し有利に立つことが可能。

 もっとも、その前に尽きるのはユトゥスとループスの矢の方であるが。


針千岩スパイクロック


 エルダーリッチは周囲の瓦礫を持ち上げたり、床の一部を引っぺがす。

 それを高速で回転させ、針のように形状を変えると、ユトゥスとループスに放った。

 ゴゥンとまばたき厳禁の速度で、大きさ五十センチほどの岩石が飛びかう。


「くっ!」


 ユトゥスは<視覚強化>で軌道を確認しながら移動する。

 隠れた場所は近くの石柱だ。

 背を向け、飛んで来る瓦礫を防ぐ。


 石柱越しに衝撃が伝わり、バキッとヒビが入る。壊れるのも時間の問題だ。

 しかし、相手が攻めてると思っている瞬間が、絶好のチャンスでもある。


「集中弓、剛弓――」


 石柱の影から攻撃の隙を伺っていたユトゥス。

 ループスによってエルダーリッチの注意が逸れた一瞬の隙を突き、石柱から顔を出すと、弓を構える。


 刹那の時間。

 狙えるチャンスはそのぐらいの時間の短さしかない。

 ユトゥスは一瞬で意識を弓へと集中させ、さらに固定位置からの射撃より<剛弓>を使用する。


「中る」


 ユトゥスは矢を放った。

 その矢は吸い込まれるように飛んで来る岩石の合間を縫って進み、エルダーリッチに迫る。


 しかし、それは魔法障壁によって防がれてしまった。

 さらに、その攻撃により、ユトゥスはエルダーリッチから敵視を受ける。


「こちらに意識を割きすぎだ。骨くずが」


 瞬間、エルダーリッチの背後から、弓を構えたループスが矢を放つ。


「電撃矢」


 ループスは曲芸の域である三本の矢を一度に放った。

 それらの矢は頭、胴体、足と狙いが別れていく。


土石の壁クレイウォール


 エルダーリッチは床から土の壁を出現させ、ループスの攻撃を防いだ。

 しかし、この行動はユトゥスからしてみれば想定済みだ。


 相手は格上。

 そもそも連撃の一発、二発は防がれるのは当然。

 だからこそ、油断が生まれる。

 エルダーリッチの、その多数相手でも戦えるという自信が付け入る隙だ。


風の破断刃エアロブレイブ


 エルダーリッチはユトゥスに目もくれず、ループスに杖先を向け魔法を放つ。

 幅1メートルはある風の斬撃だ。当たれば真っ二つ。


 されど、その時すでに射程はユトゥスの間合い十メートルに入っている。

 つまり、<逆転>の効果範囲だ。


「だが、それだけじゃ味気ない。サービスだ。受け取れ骨くず――逆行」


 ループスとここに来るまでに<逆行>のレベルが一つ上がった。

 レベル2の効果は「飛んできた中くらい物の軌道に逆らって行動する」。


 中くらいがざっくりとした表現だが、これは大きさ一メートル程度を指す。

 つまり、放ってきた風の斬撃など格好の的だ。


「っ!?」


 エルダーリッチは思ったはずだ。注視すべきはループスの方だ、と。

 しかし、その油断が自らの攻撃を跳ね返されるという事態に対応を遅れさせる。

 結果、その後の動きも対応できない。


「ガッ」


 エルダーリッチに斬撃が直撃する。

 その光景を見ながら、ユトゥスは<逆転>を使った。

 ユトゥスがエルダーリッチと入れ替えたのは行動値だ。


 素早く移動した先は、エルダーリッチが作り出した土壁の裏。

 つまり、エルダーリッチと土壁を挟むように、ユトゥスは立っている。

 その裏からエルダーリッチの体勢を脳裏に浮かべ、もう一つのスキルを使う。


「破断矢」


 <破断矢>は魔力を纏わせた矢を放ち、魔法的要素のある対象を破るスキルだ。

 つまり、魔力の流れを断ち切り、魔法を打ち消す効果があるのがこの技の特徴である。


 土壁のような自然物を利用したものには効果は薄いが、魔法障壁には絶大な効果を持つ。


 ユトゥスが<集中弓>と<剛弓>を併用した唯一の攻撃スキルを持つ矢が、ズガンッと土壁に風穴を開け、壁越しにいるエルダーリッチの頭目掛けて飛んでいく。


 エルダーリッチはすぐさま魔力障壁を展開する。

 されど、その足搔きは<破断矢>の前では無意味。


 易々と障壁を突破した矢は、エルダーリッチの頭蓋に当たり、一部を抉った。

 頭蓋の破片が空中に舞い散る。


「ふん、雑魚めが――っ!?」


 初めてまともな攻撃が当たったことに喜ぶユトゥスであったが、すぐさまエルダーリッチと目が合った。

 一撃で倒せるとは思っていなかったが、まさか怯みもしないとは。


 ユトゥスがその場から撤退しようとすると同時に、エルダーリッチが頭上に杖を掲げる。

 杖の先の宝玉に膨大な魔力が集まった。


災厄の業火ディザスターバーン


 杖の先に数メートル離れてても肌が焼けるような熱量の火球が生まれる。

 フレアすら表現された直径三十センチほどのミニ太陽。

 膨大な魔力が込められたそれを、エルダーリッチは地面に振り下ろす。


 瞬間、ミニ太陽は地面に弾けると同時に、部屋全体に炎を放った。

 炎は瞬く間に地面に広がり、その光景はさながら炎の津波。


 普通の戦士職の防御力をもってしても、一瞬で炭化するほどの火力が、「村人」にさえ殺される可能性がある防御力のユトゥスをほぼゼロ距離で襲った。


「ぐっ......!」


 炎よりも先に衝撃波で吹き飛ぶユトゥス。

 石柱に叩きつけられた直後、炎と熱波がユトゥスの体を押さえつける。


 その魔法は時間にして数秒。

 されど、ユトゥスの体感時間は十数分にも及んだ。

 石柱を壁にして攻撃を躱していたループスがユトゥスに声をかける。


「ユトゥス! 大丈夫カ!?」


 心配そうな声が飛ぶが、炎の音によってかき消される。

 ループスも近づこうとしたが、近づけないのは未だ余熱が残っているから。


 やがて炎は消え、地面の所どこりに未だ燃えている箇所が残る。

 そんな中、ユトゥスの体から大量の煙が上がった。

 とても生きているとは思えない様子の中、ユトゥスの指がピクッと反応した。


「......ガハッ。あ、あぁ......問題ない。クソ熱ちぃがな」


 結果から言えば、ユトゥスは助かっていた。

 それは<逆転>によりエルダーリッチの防御値と入れ替えていたからだ。

 今ユトゥスがぐったりとしているのは主に魔力枯渇の症状である。


 とはいえ、ユトゥスが生きれているのはほぼ奇跡に等しかった。

 なぜなら、ユトゥスが叩きつけられていた石柱のラインがギリギリ十メートル以内だったからだ。

 仮にそれが部屋の壁であれば、今頃ユトゥスの肉体すら残っていなかっただろう。


 加えて、<逆転>は魔力も消費する。

 故に、今のユトゥスの魔力は残り「2」。

 エルダーリッチの攻撃があと数秒長ければ死んでいただろう。


「やってくれるな、骨くずの分際で」


 ユトゥスはポーチから魔力ポーションを取り出し、魔力を回復する。

 体が軽くなっていくのを確認し、立ち上がった。

 それから、ユトゥスが確認したのは残りのKPだ。


 残りのKPは「29」。

 <逆転>の効果だけで考えなら使用可能回数は後五回。

 つまり、残り五回以内にエルダーリッチを倒さないといけないということだ。


 ここまで減ったのは<逆転>の継続使用もあるが、もう一つがレベル2の<逆行>だ。

 <逆行>のレベル2を消費する場合、レベル1よりも僅かにKPの消費が増えるのだ。


 <逆行>のレベル1は消費「3」。対して、レベル2は消費「5」となる。

 つまり、レベルが上がれば上がるほど使い勝手が良くなるが、同時に消費KPも増えるということだ。

 今後のKPの使い方は、慎重に考えなければいけないだろう。


「ループス、状況確認だ。あの骨くずはまだ倒せてないでいいな?」


「アァ、良イト思ウ。頭ノ一部ガ抉レテルノニ生キテルシ。核デモアルノカナ?」


「スケルトン系の魔物に核のようなものがあるとは聞いたことが無い。

 このエルダーリッチにも当てはめていいかは審議が必要だが......少なからずスケルトンを倒す要領で考えればいいだろう」


「ッテコトハ、アノ全身ヲバラバラニスルカ、頭ヲ完全ニ破壊スルッテコトダナ」


「理解が早いな、ループス。それこそ俺のライバルだ」


 ユトゥスとループスは改めて行動方針を決めた。

 相手からの思わぬ範囲攻撃で、流れは一度断ち切れてしまったが、そんなのはもう一度作り出せばいい。

 そして、二人が弓を構えたその時、エルダーリッチが口を動かし、しゃべり出した。


『そこの銀髪の小僧。お前はリリージアの生まれ変わりか?』

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