第17話 迷宮から脱出しよう#2
「迷宮ボス......?」
ループスから聞こえた不穏な言葉に、ユトゥスはピクッと反応した。
迷宮ボス――迷宮の統括者とも呼ばれるその存在は、迷宮の最深部に存在する強大な魔物だ。
教会からは神の遺跡たる迷宮の守護者とも認識されているが、なんにせよ一番厄介な存在なのは確か。
その迷宮ボスを倒せば入り口までの魔法陣が出現するというのは有名な話だ。
実際、ユトゥスが冒険者パーティを組んでいた時もそれを利用して脱出したことがある。
しかし、問題なのはこの迷宮がAランクであるということ。
つまり、ボスは当然雑魚より強い。
「俺達は脱出の階段を探しているんじゃなかったのか?
なぜわざわざそんな苦労をする必要がある。やるなら一人でやれ」
(そもそもここは迷宮の五階層ではなかったのか?)
ユトゥスがループスの言葉に反応した点だ。
ユトゥスはCランクの”獣過の巣穴”を潜ってから、自分のいる位置は常に把握していた。
それは冒険者として当然のことであり、マッピング把握は”満点星団”でのユトゥスの仕事であった。
また、迷宮再構築は解明されてないことが多いが、基本的には迷宮の階層の数は変わらないと、冒険者ギルドから公表されている。
故に、Aランク迷宮となっても階層数は変わらない。
(しかし、それだと矛盾するな......)
ユトゥスがそう思うのは、Aランク迷宮が十階層未満であったことが無いからだ。
現在いる場所が五階層だとして、脱出するためには上を目指した方が早い。
しかし、ループスの言葉によれば、脱出には迷宮ボスを倒した方が早いという。
であれば、今いる場所は五階層ではないということを示すことなる。
(どっちが本当かは確かめればわかるか)
もっとも、迷宮再構築は構造が変わっても、ランクは変わらないとも言われている。
CランクがAランクへとなること自体、甚だ異例の事態ではあるが。
今わかるのは、ループスは何か知っている......それだけだ。
「オ前ニ会ウ前ニココカラ二階下ガッタ所デ迷宮ボスラシキ扉ヲ見ツケタ。アト多分ココハ四十八階層ダ」
「なぜそう言い切れる?」
「階段ノ近クノ壁ニ階層ガ刻マレテイイタ」
迷宮の階段に階層が刻まれるなど、一番最初の冒険者が攻略の目印につける時ぐらいしかない。
となれば、この迷宮はすでに攻略されていることになるが、それはありえない。
なぜなら、この迷宮はまだ形成されてから数時間しか経っていないからだ。
今はまだ冒険者ギルドでも情報が錯そうしていて、整理してる段階だ。
迷宮再構築が起きてから攻略編成が為されるのは、どれだけ速くても一週間ほど。
故に、すでに階段に階層が刻まれているのはおかしい。
(......いや、待てよ? もうすでに一度攻略されているなら?)
この時、ユトゥスは一つの仮説を考えた。
それはこの迷宮再構築で出来た迷宮は、かつて誰かによって攻略された迷宮だったということ。
迷宮再構築の原理は未だ謎が多い。
そのため、一度生成された迷宮がもう一度時を経て生成される可能性も否定できるものではない。
その仮説が正しいのなら、この迷宮はすでに攻略されているということであり、階段の壁に刻まれてあったという階層数も信憑性が出てくる。
「この場所は本当に四十八階層かもしれない。なら、Aランクの魔物が跋扈する中を矢の数を節約して出口に向かうより、先にいるであろうボスを倒した方が早いってことか」
「ソウイウコトダ」
「小賢しいことを考えるものだ。それに言うならさっさと言え。だが、よくやった。(訳:情報提供ありがとう)」
ユトゥスはお礼の言葉すらまともに発しない自分の口に、なんとも言えない感情を浮かべつつ、ループスに案内してもらい先に進んだ。
―――数時間後
「ここがお前の言っていたボス部屋か」
「ソウダ。見テミロ。立派ナ両開キノ扉ニナッテイルダロウ」
ループスが指さす先には扉に天使のような意匠が施された扉であった。
洞窟の中にポツンとある扉はなんとも違和感あるが、どこの迷宮もさほど似たようなものだ。
ユトゥスは扉を開ける前に自分の今のスキル、矢の数を確認する。
こういう時に認識の違いが死に大きく直結することをユトゥスは知っている。
特に自分の場合は少し掠っただけでも死にかねないのだ。慎重にもなる。
「......ループスはこの先のボスに挑んだことあるか?」
「無イ。扉ノ奥カラ嫌ナ気配ガシタカラ。ダケド、オ前トナラ不思議ト行ケル気ガスル」
「そうか。なら、安心してついて来い。臆病な貴様に代わって勝利を請け負ってやる(訳:一緒に頑張ろう)」
いつもなら不快に自分の言葉に思うユトゥスだったが、ボス戦故にいつもの調子に、逆にホッと息を吐く。
「準備はいいか?」
「アア、問題ナイ」
ユトゥスはループスの覚悟を確認すると、ループスに扉を開けてもらい、一緒に中に入る。
中は広々とした空間で、石畳の床が広がっていた。
両脇に石柱が何本か並び、正面には入り口から伸びる赤いカーペット。
部屋の中央奥にはボロボロだが、豪華な意匠が施されたローブを着ているスケルトンがいた。
頭には王冠を被り、右手には杖を持っている。
その魔物の名は――
「リッチ......それもただのリッチではない。エルダーリッチだ」
リッチ――強力な魔法使いが死後に未練によって魂が不浄となり、魔物となった存在。
そして、“エルダー”の名がつくと偉大な魔法使いの魔物的存在になる。
要するに、リッチよりもとても強い。
(リッチということは基本戦闘は魔法により遠距離攻撃か。ここぞとばかりに厄介な相手だな)
魔法は発動までに僅かな隙がある。ユトゥスが狙うとすればそこだ。
ただし、エルダーリッチは知能を持つ魔物なので、その対策をされていないはずがない。
ユトゥスは<鑑定>を使い相手の能力値を盗み見た。
―――
種族名 エルダーリッチ 性別 不明 レベル952
筋力値 1083
防御値 999
魔防値 1115
魔法値 2500
行動値 843
魔力値 6873
器用値 1005
<魔法・技能スキル>
現在の鑑定レベルでは鑑定不能
<称号>
不死の王、偉大なる魔術師、死に切れぬ者の末路、
研究者、迷宮の守護者、終わりなき未練
―――
さすが大魔法使いだった魔物だ。
とても相手にしていいレベルではない。
されど、ユトゥスにここで引き下がる選択肢ははなから無い。
「ループス、攻撃後の隙を狙え。しくじるなよ。見捨てるからな」
(助けられない状況が発生するかもしれないだけで、見捨てるわけじゃないんだが......ともかく、やるべきことをやるだけだ)
後はエルダーリッチの出方次第。
それに対し、ユトゥスは使える能力をフル活用して戦うまで。
エルダーリッチが寂れた玉座から立ち上がり、部屋の中央までふよふよと浮いて移動する。
威厳を放つような存在感は大昔にいたであろう偉大な王を彷彿とさせる。
エルダーリッチから放たれるプレッシャーにユトゥスの肌がひりつく。
額からは冷たい汗が流れ、緊張で口の中が渇く。
しかし、この迷宮から脱出ためには、この戦いは避けられない。
「先制を貰う。悪く思うなよ――剛弓」
ユトゥスは弓をギギギッと強く引く。
このスキルは止まってでしか放てないが、代わりに威力が上昇する。
本来なら他のスキルと重ね合わせて使う系の技能スキルだが、これだけでも十分に威力はある。
ちなみに、このスキルはここまで来る道中で手に入れた弓スキルの一つだ。
ゴゥンとおおよそ矢が放たれたと思えない音とも、にユトゥスの手元から矢が消える。
エルダーリッチとの距離はせいぜい十数メートル。
<剛弓>を使った場合、エルダーリッチに届くまで一秒を切る。
「
瞬間、エルダーリッチは体に闇を纏う影のように姿を変えた。
すると、その肉体は矢に直撃するも、ブワッと直撃箇所が拡散するだけで、形はすぐに戻っていく。
エルダーリッチはそのままゆらりゆらりと移動し、たちまちユトゥスの眼前へと接近した。
(接近戦だと!?)
相手が魔術師の場合、近づかれないように戦うのがセオリーだ。
しかし、エルダーリッチは初手からその常識外から攻撃してきた。
つまり、それだけ近接戦に自信があるということ。
「まぁ、そんだけの
意表を突かれたユトゥスであったが、咄嗟にエルダーリッチと行動値を入れ替えた。
その行動値からさらに強化された足でもって、ユトゥスはその場からはサッと移動し回避する。
―――ズガンッ
杖で殴った地面が割れ、少し凹む。割れた破片が宙を舞った。
凹みの大きさは直径三メートル程。
ユトゥスの防御力なら、直撃せずとも風圧さえ当たればお陀仏だ。
「くっ、面倒だな」
ユトゥスは距離を取りながら、<集中弓>で次々と矢を放つ。
しかし、その矢はどれもどれも影を通り抜けるだけで、ダメージにならない。
同時に<逆転>の効果を切り、魔力を温存する。
現在のユトゥスの魔力値は「10」である。
一回の発動に「1」の魔力を使っても残り使用回数は九回以下。
いや、厳密には完全に魔力を消費すれば、倦怠感で気絶してしまうので九回未満。
本当に戦闘には向かないクソッたれな能力値である。
ただし、魔力は魔力ポーションで回復できる。
本当に気をつけなければいけないのはKP(※カルマポイント)の方だ。
現在のカルマポイントは『45』。
<逆転>を連続使用するとすれば残り八回。
当然、他のスキルも使うとすれば、使用回数は八回以下。
考えて使わなければ、待ち受けるは死のみ。
「紅蓮矢!」
その時、ユトゥスの後方からループスの炎を纏った矢が飛ぶ。
すると、その攻撃はエルダーリッチが目の前に<魔力障壁>を作り出したことにより、防がれた。
「ループス......」
その時、ユトゥスはついつい外れがちになる意識に向き合う。
ユトゥスは”満点星団”を抜け、一人となった。
となれば、これからは自分の身は自分で守らないといけない。
故に、ついぞ戦い方の模索を考えてしまうユトゥスであるが、今はループスという仲間がいる。
であれば、仲間との連携が勝利のカギとなる。敵が圧倒的格上であれば尚更。
(そうか、そうだった。もう一緒に戦える力はあるんだ。)
ユトゥスは口角を上げた。
ただ仲間の活躍を後ろから指を咥えて眺めていたあの時とは違う。
”反逆者シリーズ”は邪悪な力だが、それでも物は使いよう。
この戦いに勝って、自分はこの戦いで弱くないと証明するために。
「俺の力を見せてやる。貴様の死でもってな」
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