第16話 迷宮から脱出しよう#1

 突然しゃべりだしたコボルトソルジャー。

 魔物がしゃべるという事実にユトゥスは内心動揺していた。

 長いこと生きた魔物や知能の高い魔物がしゃべることは聞いたことがある。

 しかし、まさかそんな魔物と出会う、ましてや一緒に食事をするなんて思わなんだ。


「オレハ<翻訳>トイウ能力デオ前達人間ノ話ガワカル。話シカケタコトモアル。ダケド、逃ゲナカッタノハオ前ガ初メテ」


「そうか。俺は俺だ。他の人間と一緒にするな」


「ミタイダナ」


 コボルトソルジャーの声はやや渋い。見た目通り雄々しい声であった。

 そんなコボルトソルジャーはユトゥスが逃げないことに気分がいいのか、尻尾をゆったり揺らしてる。

 そして、改めてランランとした目でユトゥスに聞いた。


「サッキノ話ビ戻スゾ。ドウシテ弱イノニ強イ?」


 コボルトソルジャーはユトゥスの力が気になった。

 ユトゥスから放たれる覇気は今ですら小石のように儚い。

 それこそ意識を少しでも逸らせば見失いそうなほどだ。


 それほどまでに影が薄いユトゥスに、コボルトソルジャーは負けた。

 となれば、当然思うだろう。強い秘訣があるのではないか、と


「俺が弱い? 弱いのは貴様だろ。相手を過小評価して死にかけた犬畜生が」


 そんな質問にユトゥスが答えたのがこの言葉だった。

 内容としては「俺は強くないよ。ただ運が良かっただけ」と謙遜した言葉であったが、口に出たのが明らかに違う暴言。

 本当に言わなくていいことを言う口である。絶対誰とも仲良くなれない。


 自分自身の口から勝手に変換されて出てくる言葉に、ユトゥスは易としながら肉にくらいつく。

 じゅわーっと広がる肉汁だけが、今のユトゥスの癒しであった。

 そんな言葉に対し、コボルトソルジャーは怒ることもなく返答する。


「ソウカモシレナイナ。イヤ、ソウダナ。デモ、オ前ノ強サヲ教エテクレ。

 オ前ノ気配ハマルデ道端ノ石コロノヨウニ小サイ。気配ヲ隠シテイルノカ?」


「そういうわけではない。お前が実力を見誤る愚か者なだけだ。

 それに人であろうと魔物であろうと、おいそれと誰かに秘密を明かすわけが無かろう阿呆が」


 いちいち罵らないと止まらない口に、思うことはあるがユトゥスであったが、その言い分は間違ってない。


 そもそも「反逆者」という能力自体がまだ未知数なのだ。

 ユトゥスも初めて知った職業であり、この先どのような進化を遂げるのか予想もつかない。

 ただし、この能力が誰かにバレれば終わりなのはユトゥスも理解している。


 レベルが「1」で、ステータスが最底辺など教えられるはずもない。

 もしここで、コボルトソルジャーの一撃なんて喰らえば、間違いなく死ぬ。

 ユトゥスが少しでも生き延びるためには明かせない。この力だけは。


「なら、しばらくお前を観察することにする」


 コボルトソルジャーが物欲しそうにユトゥスの肉を見ながら、そんなことを言った。

 その言葉に、ユトゥスは首を傾げる。


「どういう意味だ?」


「お前、この迷宮から脱出したいんだろ?」


 瞬間、肉に食らいつこうとしていたユトゥスの口が止まった。

 そして、顔の向きだけ変えて聞いた。


「出口を知ってるのか?」


 コボルトソルジャーは頷く。

 であれば、これはユトゥスにとって願っても無いチャンスだ。

 まさかこの迷宮から脱出方法がこんな形で転がって来るとは思わなかったが。

 しかし、相手は魔物。果たしてその言葉は信用できるのか。


(いや、そうじゃない)


 ユトゥスは首を振る。

 このへそ曲がりな口に思考が影響されていた。

 別にこの魔物は悪い魔物じゃない。


 なぜなら、敵意があれば、もうこの時点でとっくに襲い掛かって来ているからだ。

 それなのにしないということは、それだけユトゥスの力に興味があるということ。

 であれば、少なくとも興味を持たれてるうちは危害はない。


「なるほど、俺は迷宮の出口が知りたい。お前は俺の力の秘密を知りたい。

 互いに協力する利はあるということか。貴様、存外バカではないようだな」


「バカダッタラ生キ残レナイ。俺ハズット一人デ戦ッテ生キテキタ」


「ふん、そのようだな。せいぜい俺のために馬車馬のように働け」


 腹ごしらえも終えた所で、ユトゥスは時間を調べるために、ポーチにある懐中時計を探した。

 しかし、どこをまさぐってもどこにも見当たらない。どうやら落としてしまったようだ。

 なので、時刻はわからない。が、体感でいえばもう外は夜だろう。

 

 この迷宮に入ってから、ゴブリンやコボルトと戦い、迷宮再構築が起きてAランクの魔物から逃げて、アイアンベアに殺されて、生き返ってなんやかんやありつつ現在。


 もうすでにかなりの時間を迷宮で過ごしているだろう。

 休んだ方がいいかもしれない。

 しかし、体力だけはユトゥスの生まれてからの自慢だ。

 故に、進めるうちに進む。


「さてと......」


 ユトゥスは立ちあがり、お尻の砂埃を払う。

 そして、コボルトソルジャーのことを呼ぼうとした時、ふと顎に手を当てた。


「貴様、名前はあるか?」


「名前? コボルトソルジャーダ」


「それは種族名だ。ないなら俺が決めてやる。感謝して跪け。

 そうだな......それじゃ、お前の名前はループスだ。

 由来はどこかの物語の狼の名前だっけな」


「ループス......」


 コボルトソルジャー改めループスは瞳を輝かせた。

 その喜びは尻尾の大振りな動きによって表れている。

 すると、ループスは興奮した様子で言った。


「ナラ、オレトオ前ハ”ライバル”ッテコトカ?」


「は?」


 ユトゥスの思考が一瞬止まった。

 口をあんぐりと開けたまま、ユトゥスはループスを見る。

 一体何がどういうことになったら、ライバル判定になるのか。


「前ニ冒険者ガ仲間ヲ”ライバル”ッテ言ッテタ。俺ハ仲間ガイナカッタ。

 ダカラ、オ前ガ初メテノ仲間ライバルッテコトニナルハズダ。違ウカ?」


 何やら興奮気味で聞いてくるループス。

 どうやら何かがループスの琴線に触れたようだ。


(全く名前をつけられて何がそこまで良かったのか。

 先程まで殺し合った仲だというなのに)


 ユトゥスはループスの言葉にため息を吐く。

 しかし、その口角は緩やかに上がっていた。

 というのも、ユトゥスもこういう展開は嫌いじゃなかったのだ。


「ふん、貴様如きがオレのライバルになるか。貴様は俺の下僕だ。

 行くぞ、ループス。貴様に格の違いというのを見せてやる」


「望ムトコロダ!」


 そして、ユトゥスとループスは二人で行動し始めた。

 その道中は主にループスによって先導される形であった。


 多少雑談しながら、途中で魔物を見つければ、どちらが先に仕留められるかという勝負が始まる。

 大抵の魔物はループスによって仕留められたが、一部の小さい魔物はユトゥスがほとんどを狩っていた。


 そんな勝負を誰かが傍から見たなら、大物ばかりを狩っているループスの方が勝っていると言うだろう。

 その通りである。実際はそんなものだ。


 ユトゥスの能力はあくまで相手の力を利用するもの。

 それはあくまで近づかれた際に使用するものであり、普段使い用ではない。

 遠くから戦うことを前提として、ユトゥスは遠距離から攻撃できる手段を選択したのだ。


 もちろん、ループスの力を<逆転>で交換すれば、大物も狩ることは出来た。

 しかし、それはたたでさえ溜まりずらいKPの無駄遣いであり、何より純粋な勝負に水を差したくなかったというユトゥスの気持ちが大きかった。

 だから、ユトゥスは本来の実力で勝負し続けた。


「.......ふむ。やっと一つレベルが上がったか。

 となれば、そろそろ弓の技を一つぐらいは持っていなければな」


「ウ~ン、ヤッパリ威力ハナイナ。ダケド、狙イハオレヨリ上手イ。

 ドウスレバソコマデ命中率ガ高クナル?」


 出口まで案内される道中、ループスはユトゥスに聞いた。

 ユトゥスは顎に手を当て、素直に教えていいものか少し悩んだ。

 が、最終的には道案内の恩として答えることにした。

 ユトゥスは矢を番えず、弦だけを軽く引く。


「ループス、お前は弓を引いた時何を考える?」


「弓ヲ引イタ時? ソウダナ。ドノ辺リニ狙ウカトカ。

 機動力ガ高イ相手ナラ、足ヲ狙ッテ機動力ヲ削グ」


「そうだな。その考えはいい。だが、それではまだ二流だ。

 一流は望む結果に持っていくものだ。ま、俺も一流には程遠いがな。

 簡単に言えば、イメージではなく、イメージだ」


 これはユトゥスの持論だが、肉体はイメージに収束する力を持っている。

 脳裏に浮かべるイメージが完璧であれば、そのイメージ通りに事象が起きるということだ。

 となれば、矢を狙った場所に中るイメージがつけば、必然と矢は中るということになる。


「矢ガ中ルイメージ.......」


「一朝一夕に掴める力じゃないぞ。

 なぜなら、自分と言うのは知れば知るほど信じ難い存在だからな。

 なぜあのタイミングで外すのか、なぜあのタイミングで失敗するのか。

 その原因に直視し、冷静に分析し、それでもなお自分の能力を信じられる奴だけが得られる」


 ユトゥスの場合は職業の力が得られなかった分、どうにかして肉体で差を補うしかなかった。

 この弓の精度は言わばその努力の副産物と言える。


 もっとも、誰しもが職業の能力に磨きをかける中、ユトゥスだけは自分の肉体と語る時間ぐらいしか、向き合うものがなかったせいでもあるが。


「一つ面白い妙技を見せてやろう。ループス、この先に敵はいるか?」


「微カニ音ガスル。中型ノ魔物ダト思ウ」


「数は?」


「一体ダ。ソレガドウシタ?」


「そうか。それだけわかればいい」


 ユトゥスは一つ小さく息を吐くと弓を構え、矢をセットし、弦をギィーっと引いた。

 そして、<魔力探知>を発動させ、気配を集中させる。


 ループスの言葉を信じるとするなら中型の魔物らしい。

 気配の感覚からサイズは恐らく1メートル弱ほど。

 となれば、魔物の種類は恐らくギアウルフ。


 ギアウルフは聴覚が優れてる。

 しかし、遠距離からの不意打ちなら問題ない。

 恐らくギアウルフは今周囲を探って地面のニオイを嗅いでいるはず。

 ならば、頭は地面に近い位置か。


「ついでに新しいスキルでも試してみるか――集中弓」


 <集中弓>は矢を放つ時の集中力が高ければ高いほど威力が上がる弓の技能スキルである。

 弓を使う者にとっては必須スキルであり、他の技に重ね掛けが可能なスキルでもある。


「スーッ」


 ユトゥスはゆっくり息を吸い込み、気配をよりハッキリ捉えられるよう集中する。

 深く深くより深く、意識を深層に落とし、脳裏に中るイメージを研ぎ澄ませる。

 瞬間、ロックオン機能で敵を捕捉したかのように矢を放った。


「中った」


 矢を放った瞬間。ユトゥスから零れた言葉。

 放たれた矢は真っ直ぐ遠くの暗闇に吸い込まれいく。

 直後、ガッと遠くから声が聞こえた。


 ユトゥス達は結果を確かめるために近づいていく。

 すると、段々とヒカリゴケに照らされて、魔物が見えてきた。


「......凄イ」


 ループスが声を漏らす。

 そこには頭を矢で射抜かれて倒れているギアウルフがいた。

 声も出せずに、もっと言えばわけもわからずにいつの間にか死んでいる姿だ。


「こんなもんだ。どうだ?」


 ユトゥスのドヤ顔が炸裂する。

 実にいい笑顔だ。ただし、その笑みは悪役っぽいが。

 すると、そんな光景を見ながらループスは満足そうに頷き、言った。


「ソレジャ、コノ先ニイル迷宮ボスモ倒セソウダナ」

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