第19話 迷宮から脱出しよう#4

 突然声をかけてきたエルダーリッチ。

 その事実にも驚いたユトゥスだが、気になったのは質問の内容の方だった。


(リリージアの生まれ変わり? 聞いたこともない名前だ)


 そう思うユトゥスであったが、頭の隅に靄がかかっているように何かが引っかかっている。

 気のせいと言われればそう思ってしまうような、非常にか細い感覚が。


 ユトゥスはその感覚に、僅かな不快感を感じながら、エルダーリッチの質問に知らない体で言い返した。


「急にわけのわからないことを。俺をどこかの誰かと重ねるな。俺は俺だ。そんな奴は知らん」


「知らない? それはおかしいな。リリージアはお前の世界の勇者の名のはずだ。

 それこそ、この迷宮を作り出したワシを倒してその地位を確たるものにしたはず。

 ......ふむ、しかしそうか。その名を知らないか」


 勝手に聞いて来て一人で納得しているエルダーリッチ。

 まるで何を目的として質問したかが不明な会話だ。

 そのことに、ユトゥスを首を傾げる


 今の質問で気になることは色々出てきたが、その中でもやはり一番は勇者のことだ。

 勇者の名は今も昔もレイザクスという男のことであり、リリージアが勇者であるはずがない。


 なぜなら、仮にそれが本当なら、この世界の常識は意図的に捻じ曲げられていることになるから。

 勇者の名が偽物の名でかたられることはあってはならない事態であり、そのようなことを聖王国が許すはずがない。


 しかし、ユトゥスのその考えを僅かに鈍らせるのは、エルダーリッチ先の質問がまるで嘘をついているように感じなかった点だ。


 エルダーリッチにとって常識的なことを質問し、想定と違った答えに戸惑っている。

 故に、ユトゥスの返答に先程のような言葉を吐いた。

 .....どうやらこの話題は思ったより闇が深いのかもしれない。


「急にしゃべり出しやがって。骨くずの分際で。

 で、そのリリージアが貴様を殺したとして、それと俺に何の関係がある?」


 ユトゥスはエルダーリッチに率直に質問してみた。

 この際、口の悪さはご愛敬。

 それの質問に対し、エルダーリッチは腕を組み、思い出すかのように顎を上げてしゃべり出した。


「リリージアは美しい銀髪をしていた。あの髪は印象に残る。

 だから、ふと古い記憶が呼び起こされたのだ。ワシにも意外だったな。

 しかし、流石に深い赤色の目はしていなかったが」


「だから、俺をそいつと重ねたと? 安直だな。見た目通りの浅いスカスカな思考だ。

 それに銀髪は今の世界じゃ忌み嫌われる呪いの証とされている」


 そう考えると銀髪がなぜか呪いの象徴であることにも理由がありそうである。

 その理由がリリージアと呼ばれるたぶん少女? 女性? の髪色が影響しているのだろう。


 相変わらず誰に対しても不遜な態度を勝手に示してしまうユトゥス。

 内心神経を逆なでしていないかビクビクしていると、エルダーリッチは鼻で笑った。


「ふっ、そうか。あの弟子は勇者にして呪いの象徴とされたか。

 なんという悲しさか。苦しむ民のために最後までその使命を全うしていたというのに。

 誰かと違う稀有な力を有したからこそ、その他大勢には理解されないのはわかっている。

 しかし、それでも......認められるどころか、負の象徴とは」


「何を言ってるかサッパリだが、貴様が今もこうして俺の行く道を邪魔しようとするなら殺すのみ。運よく生き返った貴様は今度こそ終わりだ。

(訳:俺達は迷宮の脱出をしたいだけなんだ。これ以上の戦いは望まない。出口に帰してくれ)」


 停戦提案をしたはずなのに、殺す気満々な言葉が出たことに口を尖らせるユトゥス。

 相手に知能がある以上、交渉の余地があると思い、少しでも弱気な発言をするとすぐこれだ。

 それほどまでに戦いたいのだろうか。本当に血に飢えた呪いである。


 その時、ユトゥスの言葉に、エルダーリッチは沈んだ顔をハッとさせ、上げた。

 そして、自分の両手を見ながら呟く。


「運よく生き残った......? そうか、なぜここにいるか理解した。

 どうやらワシは復活させられたのだな。その全てはお前の礎となるために」


「......?」


『思えばこの空間もあの場所と同じだ。ワシが死ぬ最後の場所に。

 最後に質問だ。小僧、この世界は今何年だ?』


「......八九六年夏の松だ」


「そうか。もうアレから五百年後か。

 となれば、誰かの思念が世界に影響を表してもおかしくないというわけか。

 願わくば、この世界の行く末を見たいものだが」


 エルダーリッチは杖を構え、杖先にある宝玉をユトゥスに向けた。

 どうやらエルダーリッチの長い会話は終わったようだ。

 もっとも、ユトゥスにとって半分以上は何のことかサッパリだったが。


(どうやら戦うしかないみたいだな)


 それはそれとして、エルダーリッチがやる気満々なことは伝わってくる。

 であれば、戦うしかない。生きて迷宮を出るために。

 ユトゥスは弓を構え、近くにいるループスに声をかけた。


「長い事ガタガタガタガタ言いやがってうるせぇな。骨くずが。

 二度と口が開けない様に今からしゃべれない様にバラバラにしてやる。

 やるぞ、ループス。狩りの時間だ」


「色々興味深イ話ヲシテタ気ガスルケド。ダケド、死ンダラ終オワリ。

 知リタイコトモヤリタイコトモ出来ナクナル。ソレダケハ困ル」


「それでいい。小僧、きっとお前はあの世界に見放された小娘に選ばれたのだ。

 実際に戦ったことのあるこのワシが断言するんだから間違いない。

 その上で、お前がワシに勝てば、お前が行動するために必要な力。それをワシが与えてやる。

 もちろん、このワシを超えられればの話だがな」


「やってやるよ、骨くずが!」


 そして、ユトゥスとループスは攻撃を始めた。

 その一方で、エルダーリッチは懐かしい感覚に囚われていた。


 はるか昔に忘却してしまったはずの、自慢の愛娘弟子との記憶。

 それがまるで走馬灯のように流れ、その記憶に寂しさと申し訳なさを感じた。


 それは全て、この空間にやってきた銀髪に深い赤色の目をした青年こぞうに出会った影響だ。


 あの銀髪や纏う雰囲気は自分を倒したリリージアに通じる、いや、もはや瓜二つと言ってもいい。

 だからこそ、エルダーリッチは五百年の時を経てリリージアが再び転生したのかと思った。


 リリージアはそれだけの偉業を為したのだ。

 魔王を倒し、その後勇者の力を奪おうとした自分を倒すという偉業を。


 当時は魔王の力を手に入れ、一時的に魔王を凌駕する力を手に入れたエルダーリッチ。

 だからこそ、神の遺跡たる迷宮を作り出すことにも成功した。


 エルダーリッチは神に等しい存在なった......はずだった。

 しかし、本格的に力を振るう前に、リリージアによって打ち砕かれた。


 ならば、リリージアは正しく後世に語り継がれる存在となっていなければおかしい。

 しかし、ユトゥスから話を聞くにはその名は存在せず、ましてやあの銀髪が呪いの象徴となっている。


 嘆かわしい。自分を倒した英雄がこのような末路を辿るとは。

 恨みもある。憎しみもある。野望を打ち砕かれたのだから。

 しかし同時に、自分が認めた敵がこのような扱いであることもままならない。


 だからこそ、きっと今自分は目の前の銀髪の青年にリリージアを見出している。

 でなければ、英雄ですらない存在に倒された自分は一体何だったのか。

 その存在証明をするために、この青年には強い存在でいてもらわなければならない。


 ......いや、本当にそうか? それだけが今の気持ちの真意か?

 何かがおかしい気がする。まさか魂まで変質して――


暗黒魔手ダークハンズ


 エルダーリッチは脳内に渦巻く不快感に苛まれながら、自身の影から無数の暗黒の手を出現させた。


 まるでグミのような、実体のない影だからこそできる軟体的な動きでもって、ユトゥスとループスに一斉に襲い掛かる。


 それらをユトゥスはその場の最小限の動きで躱し、ループスは自慢の脚力を活かし走って躱す。

 すると、エルダーリッチの膨大な魔力でもってさらに大量の手を生成し、二人の姿を隠すような物量でもって潰しに来た。


「逆転――破断矢!」


 瞬間、ユトゥスがエルダーリッチの行動値を奪い、背後に回ると、同時に二本の矢を放つ。

 魔力を分散する特殊な矢だ。魔力障壁で回避する手はない。

 故に、移動して回避しようとするが――


(逃げ――れない? 体が思うように動かない。こんなに動きが鈍かったか?)


 エルダーリッチは困惑した。

 自分が普段できるはずの移動が、まるで全身に錘をつけているように動かない。

 いや、もっと言えば、見えない何かに足を掴まれているに等しい。


 エルダーリッチがそう思うのも当然のことだ。

 なぜなら、今この時、エルダーリッチはユトゥスの<逆転>の神髄に触れたからだ。


千本岩スパイクロック


 エルダーリッチは地面から岩石を生成し、自然物を利用して矢を迎撃する。

 矢が空中で弾き落され、地面に転がった。


 すると、エルダーリッチの背後からは別の三本の矢が飛んできた。

 その矢は電気を帯びている。コボルトソルジャーの攻撃だ。


(これなら魔法で防げる!)


 エルダーリッチは<暗黒魔手>で矢を蹴散らす。

 直後、数秒遅れて別の一本の矢が飛んできた。


 その矢は矢じり部分がジリジリと火花が散っている。

 炎の矢とは別の部類か。これは――


土石の壁クレイウォール


 エルダーリッチは地面から土壁を出現させ、攻撃を防ぐ。

 直後、矢は爆発した。案の定<爆裂矢>であったようだ。


 咄嗟とはいえ自分が作り出した<土石の壁>を破るとは。

 やはりあのコボルトソルジャーは侮りがたし。

 だが、それ以上に不気味なのが気配のないユトゥスの方だ。


 あの気配の小ささは弱い魔物と同じ。いや、もはやそれ以下。

 人が空気に触れていることを当たり前と感じ、認識すらしない感覚。


 力の差がありすぎるから感じるものとも言えるが、それではまるでユトゥスがレベル一桁であると言っているようなものだ。


 それはありえない。

 いくらコボルトソルジャーの手を借りようとも、この迷宮がレベル一桁で歩ける場所じゃない。

 ましてや、そもそもコボルトソルジャーが味方している意味が分からない。


 あのコボルトソルジャーが特異なのは理解している。

 一匹で行動していたり、しゃべっていたりしてる時点で判断はついた。

 だからこそ、ユトゥスの気味が悪さが際立つ。


「捕まえたぞ、骨くず」


 爆炎の中、ユトゥスが単身乗り込んできた。


(やはりあまりにも弱い気配だ。軽く振り払っただけで吹き飛ぶ命)


 そう思うエルダーリッチであったが、体は自ずと身構えている。

 そう、まるで自分よりも圧倒的格上に対し、反射的に戦闘態勢に入ってしまうような――


「ぶっ倒れろ!」


 ユトゥスに右腕を掴まれ、エルダーリッチは一本背負いされ、叩きつけられる。


『んぐっ!?』


 凄まじい衝撃が背中から伝わった。肉体があれば内臓が傷ついていただろう。

 とてもそんな力があるとは思えない。あの体の一体どこにそんな力が。


「これで終わりだ」


 ユトゥスが頭目掛けて、腰から引き抜いた短剣を振り下ろしてくる。


(流れるような連撃。どうやら場数はそれなりに踏んでいるようだ)


 ユトゥスの実力をついに認めたエルダーリッチ。

 とはいえ、ただで死ぬわけにはいかない。


土石の壁クレイウォール


「くっ!?」


 エルダーリッチは土壁をユトゥスの足元から出現させ、空中に打ち上げた。

 空中に吹き飛ばされたユトゥスは短剣を口に咥え、真下に向かって弓を構える。


(咄嗟の状況にも素早く攻撃の手を変える。まるでリリージアのようだ)


 三本の矢が放たれた。

 エルダーリッチは反射的に魔力障壁を張ったが、案の定無意味だった。

 魔力障壁がパリンと薄氷を割ったように砕け散る。


 そして、三本の矢が両腕、頭と飛んで来た。

 咄嗟に左腕を犠牲にして頭を防ぎ、エルダーリッチは右手に持つ杖先を向けた。


「これしきでワシに勝てると思うなよ。終わるのお前だ――災厄の業火ディザスターバーン


 エルダーリッチが放ったのは、太陽の如き灼熱の火球だ。

 ユトゥスが空中にいる限り逃げ場はない。


(先程は耐えられると思わなかったが、二度目はない)


 そう思ったエルダーリッチの目の前で、ユトゥスはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「そっくりお返しするぞ――逆様」


 銀髪の青年に向かって放った灼熱の火球が突然止まった。

 かと思えば、いつの間にか真下に向かって落ちている。


「んなっ!?」


 エルダーリッチは顎を大きく上げ、無い目を剥いた。

 このままでは直撃するのはむしろ自分。これは避けられない。

 だが、作り出したのが自分なら消せるのもまた自分――


「ループス、今だ! 放て!」


 その時、コボルトソルジャーから一本の矢が放たれる。

 その矢には何の効果も付与されていない。されどそれで十分だった。

 なぜなら、その矢の目的はこの灼熱の火球を爆発させることだから。


 矢が直撃する。

 瞬間、小さな太陽はビッグバンを起こした。

 瞬く間に空間全体に炎が広がっていく。


「ぐああああああぁぁぁぁぁ!」


 一発目とは違い、エルダーリッチは自身の体に防御魔法をかけていない。

 この魔法は高威力であるがゆえに使う際も注意が必要なのだ。

 一発目にユトゥスに放った時点ではその猶予はあった。


 だが今回、返されるのはあまりにも想定外。

 まるで最初から軌道が決まっていたかのように火球が移動した。

 空間に干渉する魔法でも、魔法陣による座標の構築が必要なはずなのに。


(熱い。熱い熱い熱い。身が焦がれる。なぜだ!?

 確かに自爆したとはいえ、自分が作り出した魔法に自分の防御力があまりにも脆弱すぎる。

 全身が炙られる。魔法で防御力を上げているが、それでも弱い!)


 エルダーリッチは自信の耐久の低さに困惑する。

 それもそのはず、エルダーリッチが持つはずだった防御値はユトゥスが握っているから。

 それに気づかない以上......いや、気付いたとてすでに手遅れだ。


(だが――)


「まだワシは倒れていない!」


 エルダーリッチは杖で強引に炎を振り払い空中に立つ。

 瞬間、背後からいくつものループスの矢が飛んできたが、それらは魔力障壁で防御。


「っ!」


 正面から何かが飛んで来る。

 タイミングよく杖先で弾いた。弾いたのは短剣だ。


「これで終わりだ」


 前からユトゥスが走って来る。しかし、あまりにも遅い。

 まるで狙ってくれと言わんばかりだ。罠か? とすら思ってしまう。


 するとまたもや突然、ユトゥスはエルダーリッチの知覚出来ない速度で背後に回り込んでくる。

 ならば、近づかれない様に魔法で牽制するのが賢明か。


暗黒魔手ダークハンズ!」


 エルダーリッチは魔法を発動させる。しかし、魔法は出なかった。

 それどころか、凄まじい虚脱感に襲われた。


(こ、これは魔力枯渇の症状!? まさかこの戦闘で魔力が枯渇したのか!?

 いや、ありえない。少なからずこの肉体であっても魔力は潤沢にあった。

 なら、まさか!? この小僧が!?)


 もはや経験することなど無くなった魔力枯渇。

 それによって生じたあまりにも大きな隙。


「言っただろ、終わりだと」


 目が無いながらも目の前の光景を凝視するエルダーリッチ。

 不自然な軌道をして戻ってくる短剣を手にしたユトゥスが、骨だらけの肉体にトドメを刺す。

 ザンッ、と強烈な一撃でもって。


「あぁ、リリージア......」


 エルダーリッチの肉体は袈裟斬りに切断され、体を二つに分けて地に伏せた。

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