第14話 能力を知ろう#5

 ユトゥスはコボルトソルジャーと(結果的に)一緒にキングボアを倒した。

 そして現在、二人のそばには二体のキングボアの死体がある。

 それを各々が好きなように解体していた。


「どうやら、この<亜空間収納>というのは相当有能なようだな」


 ユトゥスが取得したスキルの名前である。

 <亜空間収納>――文字通り収納に特化したスキルだ。

 魔力を消費し、この世界と似て非なる亜空間を召喚し、そこで物が自由に出し入れできる。


 亜空間はこの世の理から外れるため、時間が凍結しいつでも新鮮に取り出せる――ということがスキル説明欄に書かれてあった。


 この事実はユトゥスにとって喜ばしい事だった。

 なぜなら、彼は大荷物を持てないからだ。

 今の彼の筋力値「10」では、十キロ以上ものは持てない。

 つまり、一般女性よりか弱い存在となってしまったのだ。


 また仮に、十キロを持てたとしても、今度は動けなくなってしまう。

 よって、重量無制限で物の持ち運びができるのは非常に助かることなのだ。


(しかし、レベル1なのに驚くほどレベルが上がりづらい。これはこの職業特有の能力なのか?)


 ユトゥスはそう思いながら、手慣れた手つきで肉を解体していく。

 この動作は村にいた頃から何度も同じことをしていたことなので体が覚えてしまっている。


 ユトゥスは作業の間、これまでの戦闘を振り返った。

 そして、あまりにものレベルアップのしなさに眉をひそめた。

 ユトゥスのレベルは不動の「1」である。

 そのため、レベルが上がらない。


 しかし、代わりに得た経験値が「反逆者」スキルに一部譲渡され、レベルアップボーナスとして好きなようにスキルを取得できる。

 故に、ユトゥスが強くなるには、どれだじけレベルアップできるかが重要になる。


 レベルアップするには、魔物や人と戦って勝つか、または訓練による経験でしか経験値は得られない。

 そして、経験値は先頭に限って言えば、戦う相手との差があればあるほど、勝った際に手に入る経験値は大きい。


 今回、ユトゥスはコボルトソルジャーの力を借りたとはいえ、Aランク魔物のキングボアを倒した。

 にもかかわらず、未だ三回しかレベルアップしかできていない。


 ユトゥスがレベル「1」である以上、Eランクのゴブリンですらご馳走なほどの経験値が入る。

 しかし、道中いくら低ランクの魔物を倒してもレベルアップは出来なかった。


「......」


 ユトゥスは腕を組んで、片手を顎に触れ考え始める。

 思考に没頭する時の彼の癖だ。


 可能性として考えられるのは、やはりユトゥスが魔物を倒していないこと。

 どの魔物を倒そうと最後にトドメを刺した人が一番経験値が手に入る。

 そして、次に多く手に入れられるのは攻撃回数が多い人だ。


 ユトゥスがまだ冒険者パーティを組んでいた時は、最後だけ貰い経験値を稼いでいた。

 それが一番効率よく、同時に最速でレベルアップできる方法だった。


 とはいえ、そんな寄生虫のような行動に周りの冒険者からは非難殺到の嵐。

 その度に年下の天才達がフォローしてくれていたが、その時のユトゥスの惨めっぷりは酷かった。

 ユトゥスは余計な記憶を思い出し、顔を横に振ってその過去を振り払う。


「......となると、あくまで自分の力で倒せってことか。しんどいな」


 ゴブリンやコボルトでも経験値は入っているのだろう。

 しかし、恐らく次のレベルアップまでの経験値が膨大過ぎて全然足りてないのかもしれない。


 一度だけBランクのバタフライバニーを倒した時に<視力強化>を手に入れたように、強くなりたければ強敵を喰らう。

 つまり、強者討伐ジャイアントキリングを続けなければいけない。


 ユトゥスはキングボアから調理可能の部位の肉や素材をはぎ取り、<亜空間収納>に仕舞う。

 そして、残りの部位は放置した。放っておいてもAランクの魔物が掃除してくれるだろう。


「ぐぅ~~~~~」


 ユトゥスのお腹が鳴る。

 どうやら空腹が限界のようだ。

 急ぎ食事の支度をした方がいいだろう。


「......不味い」


 ここでユトゥスに問題が発生した。

 炎が出せない。つまり、どうやっても肉が調理できない。


 ユトゥスが先ほどのレベルアップボーナスで取得したのは魔法スキルではない。

 加えて、これまでも一切魔法スキルの類は習得していない。

 なぜなら、魔法値と魔力値がともに「10」であるから。


 これで魔法を使っても魔力があっという間に尽きる。

 また、「10」の威力では水鉄砲程度のダメージしか与えられない。ただのこけおどしも同じ。

 <逆転>というチートじみたスキルを覚えたのに世知辛いものだ。


「肉の焼けたニオイ.....?」


 その時、ユトゥスのすぐ近くから香ばしいニオイが漂ってくる。

 ニオイを追ってユトゥスは目線を動かした。

 もう一体のキングボアの近くで、コボルトソルジャーが悠々自適に骨付き肉を炙っていた。


 ジュウウウウと炎に油が弾ける音。

 焼けたことにより茶色くついた焦げ目。

 あふれ出た肉汁が炎を一層強くする。

 それによって辺り一帯に充満するニオイは正しく飯テロ。


 ユトゥスのお腹は肉を寄越せとうるさく叫ぶ。

 相手が普通の冒険者なら一緒にお邪魔させてもらっただろう。

 しかし、そこいる場所に居るのはBランクの魔物コボルトソルジャー。


 加えて、ユトゥスは先ほどコボルトソルジャーと殺し合ったばかりだ。

 コボルトソルジャーに気安く心を許していいのか。

 ましてや、コボルトソルジャーもユトゥスを敵視しているはず。


「......」


 ユトゥスは口の中に溜まった涎を飲み込む。

 もはや衝動に近い欲求が暴れ出そうとしている。

 今にも胃が口を通ってその骨付き肉に齧りつきそうだ。

 もはや決断に迷いはなかった。生きるためには食わねば。


 ユトゥスはKPを確認する。まだ戦うには余裕がある。いざとなれば戦闘だ。

 だが、それはまだ敵意があるか判断した後でいい。ただし、警戒は怠るな。

 コボルトソルジャーに向かって、ユトゥスは歩き出した。


「おい、そこの犬畜生。焚火を使わせろ(訳:ご飯ご一緒していいですか?)」


 ユトゥスは言った瞬間に唖然とする。

 自分の口から飛び出す言葉が信用できなくなったからだ。

 どうやらこの憎まれ口は建前でも丁寧な言葉が出来ないらしい。

 どうみてもこれから物を頼む人の態度ではない。

 しかし、行動だけは別物だ。武器は出してはいけない。出したら終わりだ。


「......」


 骨付き肉を持ったコボルトソルジャーと目が合う。

 ユトゥスは相手の取り得る行動を見つめながら、静かに生唾を飲み込んだ。

 これは......不味ったか?


「......」


 ユトゥスが静かに身構えると、コボルトソルジャーは顎をクイッと動かした。

 「好きに座れ」というジェスチャーだ。

 口の悪さに腹を立てることもなく、静かに肉に齧りつく。

 その反応にはユトゥスもキョトンとした。

 しかし、相席が許されたなら、ありがたく使わせてもらおう。


「よく状況を理解してるな」


 絶対人に感謝する言葉じゃねぇだろ、とユトゥスは心の中でツッコむ。

 こんな口になってからかれこれ数時間。

 一体何回セルフツッコみをしてるのか。

 一先ずこの先黙って食事を終えることを決意したユトゥスは肉を焼き始めた。


 肉が少しずつ香ばしいニオイがしてきた所で、腰のポーチからとある物を取り出す。

 死者の荷物にあったバッグから頂いた調味料だ。これを使って味付けをする。

 ただでさえ脂身の多い肉が一層周囲の香りを広げた。さながら香りの爆弾だ。


「ん?」


 ボタボタと大量に何かが滴る音がした。

 ふとユトゥスが前を見れば、コボルトソルジャーの口から大量に溢れ出す涎だった。


 先ほどまで肉食ってたのに、とんでもない食い意地だ。

 ユトゥスは焼いている肉を持つと左右に揺らす。

 それに合わせてコボルトソルジャーの目も右、左、右と動く。


「......」


 ユトゥスはその肉を見つめ、短く思考した。

 そして、その肉をコボルトソルジャーに渡すことにした。


「食え、犬畜生。これは貴様の取り分だ。俺に感謝しろ」


 相変わらずどこまでも横柄な態度。

 されど、やはりユトゥスの行動までは制限されないようだ。

 となれば、この口の悪さは行動で補う必要がある。


 なのでまずはその一歩として、感謝を行動で返す。

 もとより、キングボアをゲットできたのはコボルトソルジャーがいたからこそだ。


「......っ!?」

 

 コボルトソルジャーは戸惑ったような顔をした。

 絶対にくれるタイプじゃない人間がくれたから驚いているのかもしれない。

 ユトゥスより大きな手をゆっくり動かし、骨付き肉の骨部分を掴む。

 そして、大きな口でガブリ。喜びは尻尾の揺れで一目瞭然だ。


「美味いか、犬畜生。俺の調味料で味付けしたんだ。大地にひれ伏して喜んでもいい」


 ツッコみどころが豊富であるこの言葉。

 「美味いか」←仕留めたのはコボルトソルジャー。

 「俺の調味料」←かつての冒険者の持ち物。

 「大地にひれ伏せ」←ナチュラルに土下座を要求。


 一体この短い文章にどれだけの傲慢さを見せるのか。

 もはやユトゥスも心の中で遠い目をした。


『善業ポイント、2ポイント入手しました。現在のKP61』


 ユトゥスはこれ以上余計なことを言わないように、黙って自分用の肉を焼き始める。

 すると、コボルトソルジャーがすでに待機状態に入っていた。


 まるでご飯を待てされて長い事じらされてる犬のように。

 確かにコボルトソルジャーは犬系の魔物ではあるが、先ほどまで殺し合っていた相手にこの反応はいかがなものか。

 警戒心を解きすぎやしないか?


「ふん、どうやら俺に餌付けされたいようだな。だが、答えは否だ!」


「っ!?」


 さすがに空腹の限界だったユトゥスは肉に齧りつく。

 同時に、期待に裏切られたコボルトソルジャーはコテンと寝そべった。

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