第13話 能力を知ろう#4

 薄暗い道の曲がり角。

 ユトゥスはそこに身をひそめ弓を構える。

 そして、一匹のはぐれゴブリンにヘッドショット決めた。


「グギャッ!」

 

 ゴブリンの頭部に矢が刺さり、ゴブリンは前のめりに倒れた。

 その魔物の頭からスーッと血が流れ、地面に広がる。

 ユトゥスは周囲を確認し、気配がないことがわかると道に出た。


 いくらAランク迷宮とはいえ、全部が全部Aランクの魔物というわけではない。

 ゴブリンのような低ランクも存在する。特に迷宮再構築が済んだばかりでは多い。


 それは迷宮にいる魔物の数が多いという証だが、何も悪いことばかりではない。

 そのような魔物が存在するということは、そこはAランクの魔物に襲われない安全な道である証でもある。

 つまり、その道からマップを開拓していくのが一番安全ということだ。


「ふん、雑魚めが(訳:ふぅー、討伐完了)」


 ユトゥスは相変わらずへそ曲がりな口にもいい加減慣れてきた。

 加えて、気が滅入りそうな迷宮の中で意外にもその口調は安定剤となっている。

 ユトゥスにとってまるでそこに誰かいるみたいに感じるからだ。

 ただし、めっちゃ口悪いが。


 現在、どれくらいの時が過ぎたかわからない。

 それでも目覚めてからかれこれ一時間ぐらいは余裕で経過しているだろう。

 その間でユトゥスも自分の能力や戦闘スタイルに対してある程度理解を深めた。


 まず「反逆者」スキルの<逆様>と<逆行>だ。

 そのスキルには説明があったが、動かせる条件が“小さな物”と曖昧だった。

 なので、ユトゥスが色々試してみると長くても最大三十センチ以下。

 それを超える物にはその効果は発動できなかった。


 また、<逆転>の効果範囲はおおよそ十メートル前後。

 それが分かったのは<鑑定>で魔物を見ていた時、「能力値を入れ替えますか?」と表示されたからだ。


 戦闘スタイルに関しては、ユトゥスが弓にしたのは正解だった。

 まだユトゥスが村にいた頃、「狩人」の職業を持っていた大人が弓について話してくれたことがあった。


 その人曰く、弓使いにとって筋力値はあまり重要視されない項目らしい。

 というのも、弓に必要なのは番えた矢を引くだけのための能力だからだ。


 もちろん、威力を上げるためには筋力値はあるに越したことはない。されど、重要ではない。

 では、矢の威力は一体何で決まるのか。答えは単純な話で弓の性能とスキルである。


 弓の威力は使っている弓の性能が上物であるほど威力が上がる。

 また、使用するスキルの威力が高いほど敵に与えるダメージは大きくなる。


 故に、よわよわ筋力値のユトゥスにとっては弓という戦い方は、結果的にとてもベストだった。

 ただし、弓の種類によっては一定の筋力値が必要なものがあるらしい。

 筋力値が必要な理由はこれに当たる。


「ともあれ、とんだ拾い物をしたな。褒めて遣わすぞ、かつての冒険どもよ」


 相変わらずめちゃめちゃ口が悪い、とユトゥスは内心苦笑いした。

 「昔の冒険者さん、ありがとう」って言っただけなのにどうしてここまで横柄なのか。


 とにもかくにも、これでユトゥスが戦える条件は全て出揃った。

 後はこれまでの戦闘経験と知識でこの階層もといこの迷宮を抜けていくだけだ。


「今いるのは恐らく五階。であれば、地上に出るのもそこまで難しくないはずだ」


 ユトゥスは薄暗い道の中をヒカリゴケを頼りに歩いていく。

 出来れば<魔力感知>で安全ルートを探したいが、魔力がカスッカスだ。

 なので、必要な時以外は節約したいのが本音。

 故に、音を頼りに遠くに魔物がいるかどうかを判断していく。


「ぐぅ~~~~~」


 盛大にユトゥスの腹の虫が鳴った。

 そういえば、最後に昼飯を食べようと思ったのはいつだっただろうか、とユトゥスは記憶を探る。

 確か、ゴブリンの群れを倒した後に迷宮再構築が起きたから......かれこれ数時間前だろうか。


 あの時、昼飯にするまでもう少しという時間だった。

 だから、後少し頑張ろうとした矢先に迷宮再構築が発生した。

 そのため、昼飯食い損ねてしまっている。


「考えてみれば、食料のことを考えていなかったな」


 現在、ユトゥスは武器は持っているが、荷物は何もない。

 目覚めた場所の冒険者のリュックは破れていて、あるのは自前の腰ポーチぐらい。

 それにあの時はアイアンベアに出会ってしまい、生き延びるのに必死だった。

 だから、お腹が空いてることに気が付かなかった。


 しかし、今はある程度の自衛ができるようになり、精神的にも余裕ができた。

 そのためかお腹が空いてしまって仕方がない。

 一度認知するとこうもお腹の減りを感じる物なのか。


 ユトゥスは地面に寝転がっているゴブリンをチラッと見る。

 ゴブリンは食べれない魔物だ。道中にいたコボルトだってそうだ。

 他の魔物とすれば、再構築前にヒダルマダラというトカゲを見かけた。

 しかし、警戒心が強いためいる可能性は低い。


「ん?」


 ドドドドドと後方からものすごい勢いで走って来る音がする。

 その影響のせいか地面が少し揺れている。

 その音と重量感の感じる振動にユトゥスは覚えがあった。


「まぁ、そうだな。どうにかして食料を得たいなら、戦うしかないよな――Aランクの魔物と」


「ブオオオオ!」


 後方から見えてきたのはイノシシだ。通路の横幅一杯の大きさはある。

 その名もキングボア。四メートルを超えるデカブツだ。

 ユトゥスが“夕陽の花”の連中に助けられなければ、轢き殺されてただろう相手。

 その魔物が猪突猛進を言葉通りに走ってくる。なら――


「まずはそのデカい頭に風穴開けてやる(訳:まずは一発当ててやる)」


 風穴開いた時点で生きてたらビックリの生命力だ、とユトゥスは自分の口から飛び出る言葉にツッコみしながら、矢を番える。


 ユトゥスは小さい頃に職業が与えられてから、能力開発のために様々な武器を試した。

 ある程度の武器はそこそこ扱えるようになったが、その中でも弓は得意な部類であった。


 例え走ってる相手だろうと眉間に当てることなんて造作もない。

 それこそ正面から来る相手など外しようがない。


 ユトゥスは左手で弓を固定し、弦をグイッと引く。

 狙いを定め、ブレない様に右手の震えを安定させる。

 脳裏でイメージするは放った矢の起動。

 れが吸い込まれるように眉間に刺さる。

 少し、イメージのズレがある。もう少し――中る!


 右手を話した瞬間、ブンッと弦に押され弓が発射される。

 弓は正面にいるキングボアに向かって高速飛行。

 ほぼ同時に、遅れてブワッと強い風が吹いた。

 その矢はスルスルと吸い込まれ、キングボアの眉間に当たる。


「っ!?」


 ズガンッと大きな音ともにキングボアの頭に穴があいた。

 それも頭から尻にかけて。文字通りの風穴だ。

 結果、キングボアの巨体は力を失ったことで制御を失い、膝から崩れ落ち横の壁に激突して止まる。


 その結果にユトゥスは首を傾げる。

 まさか本当に風穴を開けたのか。

 いや、<鑑定>したが、この弓にAランクの魔物に対してそこまでの力はない。


 弓の威力は性能とスキルで決まる。

 逆に言えば、ユトゥスの<逆転>の効果や<弱者の鑑>の効果は繁栄されないということだ。


 加えて、ユトゥスの矢が当たる瞬間、ユトゥスは物凄い勢いで放たれた何かが重なるのが見た。

 つまり、ユトゥスの放った矢とは別の何かがキングボアを仕留めたということだ。


 その時、不意にユトゥスの左腕が疼いた。

 同時に、彼の脳内には生き返る前に襲ってきた一匹の魔物が浮かんだ。

 まさか!? とユトゥスは振り返る。


「コボルトソルジャー......」


 ユトゥスの目の前にいたのはコボルトソルジャーだった。

 数は一匹。加えて、弓を持っている。

 恐らくあの時ユトゥスを狙った魔物だろう。


 ユトゥスは苦い顔をしら。

 まさかこんな所で出くわすとはなんという不運か。

 しかも、相手が近接なら未だしも、相手も遠距離だ。

 つまり、距離的アドバンテージは無いに等しい。

 選択肢としては逃げる一択しか――


「ぐぅ~~~~」


 ユトゥスの腹の虫が鳴る。空腹も思ったより限界に近い。

 どうやら逃げてもこのままでは餓死が待っているだけらしい。

 それにせっかくそこに食料キングボアがいるのにそれをみすみす逃すのか。


 いや、無い。しばらく何も口にしていないんだ。

 腹が減って死にそうと言っても過言ではない。

 それは自分の獲物であり、 敵にやる義理はない。


「「......」」


 ユトゥスが弓を構えた。

 瞬間、コボルトソルジャーも弓を構えた。

 相手は二メートルを超えるデカブツで、弓の性能もあっちの方が上。

 しかし、距離を十メートル以内に収めれば勝機はある。


 ユトゥスとコボルトソルジャーは互いに弓を構えたまま制止する。

 どうやら相手も矢を放った後隙を狙っているようだ。


 両者ともに考えは互いに同じ。

 ならば、先に動いた方が負ける。

 しばし静寂の時間が流れる。

 そして、戦闘の火蓋は唐突に切られた。


「シャアアア!」


 突然、ユトゥスとコボルトソルジャーの間の天井から、土壁を突き破って何かが現れた。

 その正体はトライスネーク。三匹の頭を持つ蛇だ。気性が荒いBランクの魔物。


 瞬間、パァンとトライスネークの首が弾けて千切れた。

 三本の頭が空中に飛び、血しぶきが雨のように散らばる。

 その結果はコボルトソルジャーの放った矢によるものだ。

 魔物を貫通してなお速度を落とすことなく矢がユトゥスに向かう。

 

 その攻撃に対し、ユトゥスは<視力強化>を使った。

 道中でレベルアップした時に取得した技だ。

 そして、効果は普通なら目で捉えきれない速度を捉えられるよう動体視力を上げること。


 矢がユトゥスに近づく。

 もうまばたきする頃には命はないだろう。

 しかし、それを理解しているうちはまだ避けれる。


 ユトゥスはしゃがんでその矢を躱した。

 そして、構えた矢の矢じりをコボルトソルジャーに向けた瞬間、コボルトソルジャーから高速の二射目が飛んで来る。


「速射射ち!?」


 ユトゥスは咄嗟に地面にゴロン転がって横移動。

 刹那、ユトゥスの隣からビュンと風切り音が聞こえる。

 矢は壁に直撃し、直径十センチほどの穴を開けた。

 

 ユトゥスはすぐさま立ち上がる。

 そして、右手で素早く弦を引く。

 コボルトソルジャーはもうすでに三射目に入ろうとしている。

 どうやら相手は相当手練れのようだ。

 それに遠距離攻撃相手だとこんなにも厄介だとは......なら、定石は外すまで!


「中る!」


 引き絞った矢をコボルトソルジャーに向けて放った。

 同時に、コボルトソルジャーも矢を放つ。

 互いの矢は引き合うように近づいていき――やがて寸分の狂いもなく矢じりがぶつかり合う。


 直後、威力に負けたユトゥスの矢が折れる。

 しかし、コボルトソルジャーの矢もあらぬ方向に飛んでいった。


「っ!?」


 コボルトソルジャーが驚いたような顔をする。

 どうやら放った矢に矢を当てた存在を初めて見たようだ。

 そのことにユトゥスはニヤリと笑った。


 ユトゥスは弓の腕には自信がある。

 それこそ、「狩人」の大人から<弓術>を覚える職業にならなかったことを泣くほど悔しがられたぐらいには、弓の腕だけはお墨付きをもらっている。


 コボルトソルジャーが僅かな動揺を見せる間に、ユトゥスは走り出す。

 すると、コボルトソルジャーは冷静に四射目の準備に入った。


 ユトゥスはそこへ拾った小石を投げて虚を突いた。

 小石は顔面に直撃。しかし、コボルトソルジャーは微塵も怯みまない。


 コボルトソルジャーは勝利を確信したような笑みを浮かべ、矢を放つ。

 その笑みの意味をユトゥスはなんとなく察した。


 恐らくはコボルトソルジャーにとって、これほど狙いやすい動く的はいないといった感じだろう。

 加えて、鈍足にもかかわらず愚直に突っ込んでくる姿勢。

 故に、勝ったと思ったのだろう――それこそが最大の油断と知らずに。


「俺はさぞかし滑稽だろう。だが、それが貴様の敗因だ――逆転!」


 ユトゥスは<逆転>を利用し、コボルトソルジャーと行動値を入れ替える。


「っ!?」


 コボルトソルジャーは視線をキョロキョロと動かす。

 ユトゥスを視界から見失ったからだ。

 そして、ユトゥスの強化された速度は、普通の目で追えるものではない。


「こっちだ、うすのろ」


 ユトゥスはコボルトソルジャーの背後に回り込む。

 コボルトソルジャーは耳をピクッと反応させ、振り返った。

 しかし、そこにユトゥスの姿はない。

 なぜなら、ユトゥスはコボルトソルジャーの頭上にいるからだ。


「貴様はこれで終わり――ん?」


 ユトゥスはコボルトソルジャーに向けて矢を放とうとした。

 その時、通路から轟音を響かせながら何かが向かってきた。

 キングボアだ。二匹目のキングボアがコボルトソルジャーが来た方から走ってくる。


 こんなタイミングで! とユトゥスは思ったが、無視するわけにもいかない。

 なぜなら、ユトゥスの弓ではキングボアは倒せないからだ。


「ふん、ここに来たのが運のツキだ。失せろ」


 ユトゥスは<逆転を>を使い、コボルトソルジャーとの筋力値を入れ替える。

 ユトゥスが筋力値を入れ替えたのは弦を限界まで引いて、当たり所良く死んでくれることを祈ってのことだ。


 ユトゥスはそのまま体の向きを変え、構えていた弓をキングボアに向けた。

 そして、弦を開放して矢を放つ。矢はキングボアへ高速で飛行した。

 キングボアの目に矢が突き刺る。

 同時に、別の矢がキングボアの頭を貫いた。


「ブギィィィィイイイイ」


 キングボアの断末魔が響く。

 同時に、ドスンと重たい図体が地面を滑り、やがて横たわって止まった。

 矢を放ったユトゥスはそのまま落下し、コボルトソルジャーに肩車されるように着地する。


「......二人分の飯が出来た。争う必要もないだろう。

 それともまだ俺に敗北を刻まれ足りないか?」


 倒したのお前じゃねぇだろ、とユトゥスは自分にツッコむ。

 しかし、伝えたいことは伝わったようだ。

 コボルトソルジャーは頷き、それ以降ユトゥスを襲ってくることは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る