第11話 能力を知ろう#2

「クソが......!(訳:どうしてこうなった!?)」


 ユトゥスは言動が横暴になっていることに頭を抱えた。

 しかし、そうなった原因はなんとなく想像がつく。

 それは当然「反逆者」という職業だろう。


 ユトゥスに現れた銀髪に深紅の瞳......どちらも呪いの証とされているもの。

 加えて、似つかわない傲慢で不遜な口調。

 まるでユトゥスという存在に他者との親しい接触をさせないかのようだ。


 一体、このどこがプレゼントなのか。

 他の人に嫌われやすくなるプレゼントとはプレゼントと呼べるのか。

 ユトゥスは頭を抱え、記憶を掘り漁る。しかし、該当ゼロ。

 それに、アイアンベアに殺されただろう時から記憶が思い出せない。


―――グォ


「っ!?」


 ユトゥスは遠くから微かに届くうなり声を聞こえた。

 耳をすませば、のそのそと何かが近づいてくる音が聞こえる。


 ユトゥスは振り返り、様子を確認する。

 多少光はあるが薄暗くて魔物の姿は確認できない。

 しかし、声から判断するに恐らくアイアンベアだろう。


 そして、今ユトゥスがいる場所はアイアンベアの巣穴。

 つまり、巣穴の主が戻ってきたってことだ。

 だとすればそれは不味い事態になる。ここは行き止まりだ。


「チッ、逃げる選択すら与えないとは。ふん、いいだろう、ぶっ殺してやる!(訳:逃げることすら叶わないのか.......不味いな)」


 おかしい、口に出したはずの言葉とは全く別の言葉が溢れ出てくる、とユトゥスは困惑する。

 しかし、今はそんなことに意識を向けている場合ではない。


 今の場所から脱出するにはアイアンベアの横を通り抜ける必要がある。

 だが、あのアイアンベアは子供を殺された個体である以上、近づいた瞬間に襲い掛かっている。

 つまり、戦うしか生き延びる方法がない。覚悟を決めなければいけない。

 

「グオオオ」


 アイアンベアの姿が見えてきた。

 威嚇するようにうなり声をあげるが、どこか困惑した表情を浮かべてるようにも見える。

 ユトゥスはその様子に一瞬キョトンとした。しかし、すぐに意味を理解した。

 相手からすれば獲物を殺したから食糧庫に運んで来たのだ。

 その相手がいつの間にか復活していれば困惑もする。


「グオオオ!」


 しかし、例えアイアンベアが困惑していても、気が立っていることには変わりないようで、二本足で立ち上がり、大きく両手を広げながら威嚇する。

 そして、アイアンベアは空に向かって爪を振るった。


 瞬間、鋼鉄をも切り裂く爪がアイアンベアの手から発射された。

 ユトゥスに向かって五本の爪が飛んで来る。

 そして、爪はあっという間にユトゥスの眼前に迫った。

 

「っ!?」


 死ぬ、とユトゥスが覚悟した時、唐突にユトゥスの視界全てがスローに動く。

 ユトゥスはこの感覚に覚えがあった。

 例えば、昔見上げるほどの大蛇に出会った時のこと、大きく広げた口が迫る時に見た。


 そう、これは生物が必死に死を回避しようとする超集中の状態だ。

 刹那の時間を引き延ばし死から逃げるための思考をするための時間。

 つまり、ここで抗う術を見つけなければ、ユトゥスは間違いなく死ぬ。


 ユトゥスはすぐさま思考を始めた。

 するとすぐに、今の状況に対して疑問が湧いた。

 それはこの攻撃は想定できていたにもかかわらず、攻撃を認識できなかったことだ。


 レベル差で多少の影響はあったとしても、ユトゥスは”満点星団”として数々のAランクの魔物を見てきた。

 そして、そこでAランクの攻撃モーションがわかるほどには動体視力は鍛えられている。

 しかし、それが今回わからず、ましてや気が付けば攻撃を受ける直前。


「......そうか」


 その時、ユトゥスは職業効果のことを思い出した。

 現状、ユトゥスは職業のせいでレベルが強制的に「1」にされている。

 さらには『村人』に負けるステータスをしてるのだ。


 Aランクの魔物との絶望的な能力値ステータスの差がある。

 普通なら、こんな攻撃をされた時点で終わりだ。

 しかし、幸いなことに体が死を拒絶している。


 そのうちに対抗できる手段を探さなければいけない。

 武器はない。能力値も勝てない。あるとすれば、「反逆者」の力のみ。

 もはや検証している暇はない。この場で試せ!


「逆様!」


 ユトゥスはギュッと反射的に目を瞑った。

 しかし、当たると思われた爪の攻撃がユトゥスに直撃することはない。

 その代わりに、ユトゥスの正面から「グォ」と音が聞こえた。


 ユトゥスが目を開けてみればアイアンベアが怯んでいた。

 その様子を注意深く見てみれば、アイアンベアの体に爪が刺さっている。

 この結果は当然魔法スキル<逆様>を使用した効果だ。


 <逆様>の効果は小さなものを逆方向に入れ替えるというもの。

 つまり、放たれた爪をそっくりそのまま反射させたということだ。

 な、なるほど、これがこのスキルの使い方か、とユトゥスは納得した。

 しかし、あいにく使える対象は限られるため、使うタイミングは考えるべきだろう。


「グオオオ!」


 ユトゥスが新しい力にちょっとした喜びを感じていると、アイアンベアがもう片方の手の爪を放った。

 よく見ると先ほど爪を放ってた手はもうすでに再生している。

 怪物め、とユトゥスは歯をギリッと噛んだ。


「逆行」


 ユトゥスはアイアンベアが爪を放った瞬間に<逆行>のスキルを発動させた。

 すると、その爪は飛び出した向きのまま勢いを反対にし、アイアンベアの手前で止まる。

 つまり、このスキルの使い方は相手の行動を無かったことにするということらしい。

 しかし、<逆行>は攻撃に転じるスキルではあまりなさそうだ。


 となれば、この場から自力で切り抜けるには<逆転>を使うしかない。

 このスキルは相手の能力値を自分の能力値と入れ替えること。

 どう足掻いても弱いわけがない。この勝負、油断しなければ勝てる――


「グオオオオォォォォ!」


「なっ!?」


 先ほどまで数メートル先にいたアイアンベアが、一瞬にしてユトゥスの視界を覆った。

 敵の姿は見えない。いや、むしろ近くて見えて過ぎてしまっている。

 顔面しか見えない。獣臭い息がかかる。

 瞬間、全身が総毛立つ恐怖を感じ、ユトゥスは防御に入る。


「逆転!」


 巨大な熊の手が頬をビンタする。

 ユトゥスの顔面がズガンッと壁に叩きつけられた。

 顔が直撃した箇所には小さなへこみができる。


 あんまり痛くない......? とユトゥスは一瞬混乱した。

 しかし、すぐに気が付く――それが<逆転>により防御値を入れ替えた結果だと。

 同時に、ユトゥスは<逆転>の効果のデメリットを見つけた。

 それはどう足搔いてもユトゥスは相手の他の能力値では劣るということだ。


 例えば、アイアンベアから攻撃値を入れ替えたとしよう。

 すると、アイアンベアは攻撃力は『村人』より貧弱な状態になる。

 ここでアイアンベアがユトゥスを攻撃したとしても致命傷にはならない。


 しかし、逆にユトゥスがその状態で攻撃しても、アイアンべアの防御値はそのままなので、カチコチの相手に苦戦している間に相手の攻撃が来る。

 つまり長期戦確定の泥仕合が始まるということだ。

 だが、それはユトゥスにとって良いことではない。


 先ほどユトゥスは咄嗟に防御値を入れ替えた。

 であれば、アイアンベアの防御値は紙に等しい。

 しかし、ここで殴ってもユトゥスの筋力値からすれば、毛糸で殴っているようなものだ。


 その状態ではユトゥスの攻撃は相手にダメージを与えられない。

 加えて、「反逆者」の固有スキルはKPと魔力を両方消費する。

 ユトゥスの場合はKPも魔力もどっちが先につきても負け確定。長期戦は望めない。


 <逆転>のレベルが上がれば、その悩みも解消されるかもしれない。

 しかし、現状そんなのを待っている間にはとっくにお陀仏だ。

 となれば、どうにかして相手に確実にダメージを与えるしかない。


「ふん、図体だけの雑魚が!」


 ユトゥスは考えた。現状の能力値で逃げることはできない。

 仮に行動値を入れ替えて逃げたとしても、<逆転>スキルは十メートル程度で効果が切れる。

 効果が切れれば追いつかれ、そのために発動を続ければKPと魔力のどっちかが尽きる。


 それに行動値で負ける以上、アイアンベアには攻撃を避けられる。

 であれば、アイアンベアから避けるという選択肢を無くしてしまえばいい。


 現状、ユトゥスはアイアンベアに殴られて頭が壁にめり込んでいるが生きている。

 そのおかげで、アイアンベアとの距離が近い。


「逆転!」


 ユトゥスはまず最初に行動値を入れ替えた。

 すると、ユトゥスの方が速くなるので、彼はすぐさまその場から離脱する。

 ユトゥスが移動した先はアイアンベアの背中。

 その魔物の後ろからしがみつけば、今度は<逆転>で筋力値を入れ替える。


 ユトゥスは両足をアイアンベアの首に絡め、右手を振り上げた。

 これならアイアンベアに避けられることは無い。

 どのくらいの威力がでるか定かではないが、例え致命傷にならずとも大ダメージになるはず。


 ユトゥスは後頭部からアイアンベアの頭を殴った。

 瞬間、薄い膜に詰まっていた液体が弾けるように頭が地面に飛び散る。


「ん?」


 アイアンベアの首なし死体は前のめりに倒れた。

 ユトゥスは予想していない状況に思わず困惑する。


「......ふん、やはり雑魚だったか(訳:これは......俺が倒したでいいんだよな?)」


 ユトゥスは周囲をキョロキョロ見渡した。

 どこかの魔物が遠くから横やりを入れた線も考えたがそうではないようだ。

 加えて、確かに殴った感触はあった。それでアイアンベアの頭は弾けた。

 となれば、これはさっきの攻撃で......だよな?


 ユトゥスはそう思うも疑問が残る。

 なぜなら、この攻撃はあくまでアイアンベアの力を利用した力だからだ。

 例えるなら、アイアンベア同士が縄張り争いで戦ってるイメージ。

 いくらアイアンベアの攻撃力が高くても、同族相手の攻撃に一撃でやられることは無いはず。


「となれば、考えられるのは俺の力の何か.......そうか!」


 その時、ユトゥスは一つの称号を思い出す。その名も「弱者の鑑」。

 この称号の効果は「相手とのレベル差に開きがあればあるほど、筋力値、行動値、魔法値に補正がかかる」というもの。


 考えられるとすればそれしかない。

 ということは、その称号は<逆転>で入れ替えた能力値にも反映されるようだ。

 筋力値「1」が10倍されても「10」にしかならない。

 しかし、それが「50」であれば10倍すれば「500」になる。


 今までただの死に称号と思っていた「弱者の鑑」が化けた。

 これはユトゥスにとってとんでもない嬉しい誤算であった。

 それこそガッツポーズが出るぐらいには嬉しいこと。

 するとその時、ユトゥスの脳内に流れてきたのは例の音声だ。


『アイアンべアを倒しレベルアップしました』


 ん? あれ? レベル1固定だからレベルアップしないはずでは? とユトゥスは首を傾げた。

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