第4話 死にゆくまでの旅路#2

 ユトゥスが向おうとしている方向には三体のゴブリンがいる。

 それぞれ手には木製の棍棒をもっており、それは使いやすく加工したようにバット型をしていた。

 ユトゥスの存在には気づいて内容で、ゴブゴブと独自の言語で会話している。


「普段見ないのに、どうして......」


 ユトゥスは警戒心を高め、息を殺した。

 同時に、獣系の魔物が出るこの迷宮で人型をしたゴブリンが出て来るのはいかがなものか、とそう思うユトゥスであったが、人間も獣であると言われれば強くは否定できないので、案外そういうことかもしれない。

 

 ユトゥスは音を立てずに慎重に近づく。薄暗く目測がつけずらい。

 おおよそ残り三メートルほどまで近づいた時、一気に走り出す。

 ゴブリンが足音に気付いて振り返った。そのことにユトゥスは歯噛みする。

 本当は奇襲で一体を仕留めるつもりだった。

 しかし、鈍足で気づかれてしまったらしい。

 これじゃ、奇襲としては失敗だ。

 もう少し行動値があれば話は違ったかもしれない。


「グギャ!」

「グギャギャ!」

「グギャッギャ!」


 三体のゴブリンがユトゥスに体を向け戦闘態勢に入る。

 ユトゥスは一番近いゴブリンに柄を両手で握った剣を振り下ろした。

 しかし、その攻撃はゴブリンがこん棒で受け止めた。


「くっ! やっぱ筋力値がどっこいどっこい!」


 ゴブリンは駆け出しの冒険者が最初に戦う人型の魔物。

 つまり、ゴブリンの筋力値は賭けだし冒険者より少し高いレベル。

 そして、ユトゥスの実力は駆け出し冒険者と同等である。


 それが意味するのは力押しでどうにか出来る相手ではないということだ。

 それもこれも呪われているかのような低いステータスのせい。

 しかし、それで悔やんでいるようならユトゥスは今頃冒険者を辞めている。


「ふっ」


 故に、ユトゥスが身に付けたのは柔よく剛を制す力――つまり“相手の力を利用するまたは受け流す力”である。

 ユトゥスはゴブリンの棍棒に合わせて剣を滑らせる。剣先が地面に触れる。

 棍棒の荒々しい表面から僅かに木片が舞った。

 ユトゥスはそこから斬り返すように下から上への斬り上げた。


 剣先はゴブリンの胴体をズサッと切り裂く。

 緑色の皮膚の綺麗な切断面からは赤黒い血がドバッと溢れた。

 同時に、剣筋に合わせて剣先に付着した血が弧を描くように飛び散る。


「一体目!」


 ユトゥスは頭より高く上がった両手を流れるように頭の横にセットする。上段突きの構えだ。

 仲間のゴブリンがやられて怒り心頭といった様子の二体のゴブリンが動き出した。

 ゴブリン二体はユトゥスを挟み込むように両サイドから襲い掛かる。


 それに対し、ユトゥスは一旦後ろに下って距離を取った。

 同時に、狙いを一体に絞り右側へのゴブリンに距離を詰める。

 ユトゥスはゴブリンを袈裟斬りするように剣を上から下へと振り下ろした。

 しかし、その攻撃は再びゴブリンの棍棒で防がれる。


 すると、ユトゥスはあえて力押しで膠着するような体勢を作る。

 そして、そのままサイドステップを繰り返し、壁に背を預ける位置へと移動した。

 その行動の意味はは二体のゴブリンを一直線に並べるためだ。


 先程、ユトゥスの立ち位置は一本通路の真ん中であった。

 そこにゴブリン二体がそれぞれ壁側から迫って挟撃しようとしてくる。

 それはゴブリンと実力が同じユトゥスにとって最悪の状況である。


 だからこそ、ユトゥスはあえて自分から壁際に追い込まれるように移動した。

 その結果、移動範囲は制限されるが、少なくとも背後から攻撃を貰うという心配はなくなる。

 咥えて、この状態で戦えば構図は二対一ではなく、一対一の二連戦というだけになる。

 ユトゥスのこの戦い方も弱者故に編み出した複数を相手にしない戦い方だ。


 ユトゥスは目の前にいるゴブリンに胴蹴りして間合いを作る。

 ユトゥスの攻撃でよろけたゴブリンであったが、すぐに間合いを詰め棍棒を振り上げた。


「グギャアア!」


 ゴブリンがこん棒を振り下ろしてくる。力任せに振り下ろしただけの直線軌道。

 相手が剛で攻めて来るなら柔でしか戦えないユトゥスにとって有利でしかない。

 それも実力が拮抗している相手になら尚更その戦い方は突き刺さる。


 ユトゥスは剣を横に構え、棍棒を受け流す。

 同時に、素早く剣先を下に向け、剣にかかった力を下へ逃がす。

 所謂、受け流しという技術だ。この技術は相手が大きく攻めてきた時ほど輝く。

 昔、村へとやってきたどこぞの鬼人族の旅人によって教え込まれたものだ。


 ユトゥスはこん棒が滑りきり、ゴブリンが体勢を崩すのを確認した。

 そこから手首の向きをを切り替え、サイドステップすると同時にゴブリンの首筋に剣先を立てる。

 ゴブリンの首筋から噴水のように血が噴き出した。太い動脈を斬った。致命傷は避けられない。


 残すゴブリンの数は残り一体。ユトゥスは視線を奥にいるゴブリンに向ける。

 その時、ボゥッ! と空気を突き抜ける音ともに洞窟を明るく照らす”何か”が飛んできた。


「火球!?」


 洞窟の奥の方から直径三十センチほどの火球が飛んできた。

 洞窟を明るく照らしている正体はそれだ。

 それは空中に火の粉を散らしながらユトゥスに迫る。


 ユトゥスは咄嗟に左手で剣先を掴み、剣を横にする形で盾のようにして火球を防ぐ。

 剣に直撃した火球はボンッと爆ぜた。

 オレンジ色の爆炎がユトゥスの両手を包み、眼前へと迫る。

 熱でジリッと前髪が焼けた音がした。


 ユトゥスのガードはギリギリ間に合った。しかし、両手が火傷した。

 痛っ! とユトゥスは苦悶の表情を浮かべる。

 また、防ぐことには成功したが勢いまでは殺せなかった。

 衝撃がユトゥスの体を持ち上げる。そして、数メートルをゴロゴロと転がった。

 しかし、そこは経験だけはある冒険者、慣れた受け身ですぐさま体勢を立て直す。


「くっ、痛ったぁ.....油断した。けど、まだ動く。一体何が......」


 ユトゥスは手を握ったり開いたりして動きを確かめる。

 動かすたびにジリッと強い痛みが走るが、これぐらいなら回復ポーションで直せる。

 それよりも優先すべきは先程の火球を放った存在の確認。

 ユトゥスは顔を上げ、薄暗い先にいる”何か”を確認した。


「アレは......ゴブリンメイジ!? 暗くて気が付かなかった」


 火球が飛んできた方向にはゴブリンメイジと呼ばれるゴブリンの姿があった。

 ゴブリンメイジは魔法を使えないゴブリンの魔法を使えるようになった特殊個体である。

 特徴としては薄汚れたローブを纏い、杖を持っている。まるで魔導士の格好だ。


 ユトゥスもゴブリンという種族に特異な行動をして進化する個体がいることは知っていた。

 知っていたが、その個体数はあまりに少ない。それほど普通は進化しないのだ。

 だからこそ、油断してしまった。

 今回は運よく助かったが、その一瞬の油断が命取りになる。

 特にユトゥスは死にやすい立場だ。二度目はもうないだろう。


 ユトゥスは一度大きく深呼吸し、自己嫌悪する自分を押さえる。

 反省は後だ。今はこの状況をどうにかすることを考えるべき。

 とはいえ、状況はそこまで悪いというわけではない。

 なぜなら、ゴブリンメイジが離れている間にゴブリン二体を仕留められたからだ。

 これがあともう一体いる状態だったらキツい状況だったかもしれない。


「遠距離で攻撃してくるのは厄介だけど、それでも前衛が一体であれば問題ない」


 前衛と後衛がいるなら後衛を狙うのがセオリーだろう。

 となれば、狙うはゴブリンメイジ。

 ユトゥスは立ち上がり、ゴブリン達と睨み合う。


 棍棒を持つゴブリンがゴブリンメイジの前に立ちふさがるように移動した。

 ゴブリンはEランクだ。しかし、人型であるためにEランクでありながら知能がある。

 移動したのも前衛と後衛という立場を理解したものだろう。


 加えて、Cランクのゴブリンメイジがいる以上、このゴブリン集団は討伐ランクはCランクへと跳ね上がる。

 となれば、ゴブリンがどうしてCランクの迷宮にいるのも納得だ。

 ゴブリンメイジがいるからCランクの魔物とも戦える。逆に、それ以外にない。


 とはいえ、ゴブリンメイジは通常種が持つ筋力値を魔力値に振ったような能力値ステータスをしているので、通常種と比べれば圧倒的に貧弱だ。

 つまるところ、ゴブリンメイジとの戦いは魔法さえ気を付けていればどうにかなる。


 ユトゥスは走り出す。

 同時に、左手で腰にセットしてある短剣を引き抜いた。

 そして、少し壁際に移動してゴブリンメイジに向かって短剣を投げる。


 すると、正面のゴブリンが仲間を守ろうと棍棒で短剣を弾いた。

 ユトゥスはそのうちに中央へ走り込み、横を通り抜ける。

 そのまま奥にいるゴブリンメイジに直行。

 ユトゥスの行動に気付いたゴブリンが追いかけてくる。


「グギャッギャ!」


 ゴブリンメイジは両手に持つ杖を頭上かにかかげ、火球を作り出す。

 空中には三つの火球が生み出された。

 それが光源となってその場一体は外のように明るい。


 ゴブリンメイジは火球をユトゥスに向かって放った。

 空中を抜ける火球が、空気をに触れて燃え盛りながらユトゥスに迫る。

 先程は油断したユトゥスであったが、今はない。

 火球がある位置、そしてこれから通るであろう軌道を予測して躱す。


 ボンッボンッボンッと火球がユトゥスの背後の地面で爆ぜた。

 洞窟が一瞬さらに明るくなる。

 ユトゥスはチラッと背後を確認する。まだゴブリンは追いかけていた。

 あわよくば当たれば良かったが、それは無かったようだ。


 とはいえ、それは想定の範囲内。意識を正面へと向ける。

 ゴブリンメイジとの距離およそ二メートル。

 剣のリーチを考えれば間合い内だ。

 ユトゥスはゴブリンメイジに攻撃しようと剣を構えようとする。


「グギャー!」


 しかし、その前に前にゴブリンに追いつかれてしまった。

 行動値の低さが原因だ。ゴブリンは意外にも素早い。ユトゥスが遅いとも言う。

 ユトゥスは立ち止まり、半身回転させて背後のゴブリンとの距離を確認する。

 すると、ゴブリンはすでに間合いにおり、背後からこん棒を振り下ろしてきた。

 また、正面ではゴブリンメイジがゴブリンの動きに合わせて杖で殴りかかろうとする。


「残念だけど、それでやられる俺じゃない!」


 ユトゥスは咄嗟に後ろに下がり、ゴブリン達の挟撃を躱す。

 同時に、しゃがんでゴブリンの軸足に自分の足を伸ばした。

 すると、足に引っかかったゴブリンは勢いを殺せずこん棒でゴブリンメイジを殴った。

 また、ゴブリンメイジもゴブリンを杖で殴った。


 ユトゥスはその決定的チャンスを見逃さなかった。

 立ち上がると、すぐさま右手に持った剣でゴブリンの首筋を狙って突き刺す。

 ゴブリンは「グギャッ」と短く声を出し、首筋からブシャと血が溢れ出した。これで一体。

 

 ユトゥスはさらに空いた左手で腰から二本目の短剣を引き抜く。

 それを逆手に持ち替え、ゴブリンメイジの額に突き刺した。

 刃渡り二十センチほどの短剣が、ゴブリンメイジの額に柄があと少しで当たるという所まで突き刺さった。もはやゴブリンメイジの絶命は決定的だ。


「どんなもんだい、これが十四年の成果だ!......ってゴブリン相手にイキがってもなぁ」


 ユトゥスはゴブリンメイジがいる集団にいることに喜んだが、情緒が不安定化のようにすぐにテンションが消沈した。


 というのも、ゴブリンは駆け出しの冒険者が戦い、油断すれば殺される相手ではある。

 しかしそれでも、その魔物の討伐最少記録は十歳という記録がある。

 冒険者登録できるのは成人年齢である十五歳から。

 つまり、人によっては冒険者に入る前にゴブリンを倒せる実力を持つということだ。

 ちなみに、その討伐記録を打ち出したのはアニリスである。


 そう思うとユトゥスのテンションもすぐに落ちるというものだ。

 もちろん、ユトゥスが上ばかり見て比べる対象が間違ってるというのはある。

 しかし、それでもサクヤ達はユトゥスがずっと見てきた弟妹分。

 となれば、当然兄として保護者目線から見守りたくもなる。


 だから、ユトゥスは成人した時一足先に冒険者になった。

 それは兄として”満点星団”のリーダーとして彼らを引っ張ろうとしたからだ。

 しかし、出来たことと言えば魔物や植物の知識を教えることだけ。

 数か月と経たずレベルもランクも抜かれてしまい、あっという間ににお荷物になってしまった。


 悲しいたらありゃしない出来事だろう。

 先導していくはずがあっという間についていく立場。

 加えて、ユトゥスの年齢はメンバーの中で一番年上だったのだ。

 これ以上、兄として恥ずかしく、情けないことはない。

 それでもやっていけたのは、一様に彼らが優しかったから......。


「......ハァ、先に進もう」


 ユトゥスは肩を落とし、背中を丸くする。猫背の原因だ。

 思い返しても胸が苦しくなるだけ。誰が悪いわけじゃない。

 弱いことが悪いのだ。それ以外の何物でもない。


 ユトゥスが“満天星団”を抜けたのは自分を一から鍛え上げるためだ。

 しかし、その気持ち、感情、プライドと諸々が重なってしまったのも原因ではある。

 だからこそ、もう一度胸を張って皆と進めるように強くなる必要がある。

 ユトゥスは何度目かの希望を胸に見出し、洞窟の奥へと進んだ。


―――ユトゥスが死亡するまで残り三十分


 ユトゥスは多少苦戦しながらも五階層にやってきていた。

 Cランク迷宮「獣過の巣穴」は全二十階層なので、四分の一を制覇したことになる。

 やっと四分の一だ。されど、自力で達成した四分の一でもある。


 もちろん、ユトゥスはここに一人で足繫く通っていた。

 なので、五階層というのはただの通過点でしかない。

 それでもやはり、実力でここまで来れることは素直に嬉しいのだ。


「さっきのコボルト集団との戦いは相手の方がスピード速くてきつかったな。

 さすがにダメージなしとは行かなかったけど」


 コボルトは一言で言えば人型の中型犬であり、ゴブリンと同じ知能レベルである。

 コボルトは筋力値がゴブリンより少し劣るも、行動値が高いので素早く簡単に攻撃を当てられない。

 故に、なりたて冒険者が最初に苦戦する魔物とされている。


「だけど、こっちには知能がある。コボルトは鼻が利く分、刺激臭をするもの対して弱い」


 ユトゥスの右手に持つ小さな袋には刺激臭のする花――ズワスワの花の粉末が入っている。

 人間にはあまり刺激的なニオイではないので、対獣系魔物用の道具だ。

 コボルト集団との戦いではこれを利用して一対一を上手く生み出し戦っていたのだ。


「さて、お昼までもう少し頑張ろっかな」


 懐中時計で時間を確かめ、歩みを進める。

 それには魔力電池が内蔵されており、冒険者の必須アイテムである。

 その時、ゴゴゴゴッとけたたましい音が鳴り響いた。


 直後、ユトゥスは立っていられないほどの揺れに襲われた。

 魔物が足元を通過しているような感じではない。

 迷宮全体が激しく揺れている。地震だろうか。いや違う。

 この感覚はまるで荒れる波に揺れる船の上みたいだ。

 これは――


「迷宮再構築リメイク!」


 迷宮再構築は一言で言えば迷宮が作り変えられることだ。

 迷宮は早ければ数か月、長ければ数十年に一度迷宮構造や出現する魔物を変える。

 その現象を冒険者ギルドは再構築リメイクと呼称している。


 その再構築がもたらす恩恵は様々だ。

 迷宮再構築により出土する遥か昔の剣であったり、魔道具であったり。

 それ以外にも金銀財宝のお宝、新種の魔物など数多に渡る。

 つまり、迷宮再構築は冒険者にとって新たな宝物庫が出現したも同じ。

 ロマンを求める冒険者にとってこれほど嬉しいことはない。


「グルルルル」


 一方で、迷宮再構築がもたらすのは恩恵だけではない。

 迷宮が災厄を向くこともある。

 それが迷宮内に現れる魔物の討伐ランクが跳ね上がることだ。

 つまり、おおよそ人が戦うべきではない凶悪狂暴な魔物が跋扈するということ。


「あ、アイアンベア.......」


 ユトゥスの目の前に突如として現れたのは巨大な熊。

 大きさは三メートルを超える。

 そして、その魔物ランクはAランクである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る