第3話 死にゆくまでの旅路#1

 ユトゥスが“満天星団”を抜けた翌日の朝。

 サクヤ以外にバレて連れ帰されないようにこっそりと宿屋から抜け出した。

 空を見上げれば気持ちの良い晴天で、門出としてはこれ以上に無い日だろう。


「ん~~~~、ハァーーーー。さて、一人になっちまったな」


 ユトゥスが大きく伸びをすれば、ふと隣が静かなことに寂しさを感じた。

 いつもなら誰かしらがしゃべっていて、そんな声があることが日常の一部だったのに。

 しかし、それは昨日までの話。これからは自力で何とかしなければいけない。


「とりあえず、冒険者ギルドにでも行きますか」


 ユトゥスは冒険者ギルドに向かって歩き出した。

 一人で歩く朝の通りはなんだか新鮮で、気まぐれに周囲を見渡す。

 食事処の店主と従業員が店の準備をしている。

 行商人らしき太った人物が馬を操り馬車で通りを走り抜ける。

 見知った顔の男女数人が自分と同じ目的地に向かって歩く。


 静かになったからこそ見えてきた街の景色。

 その景色をぼんやりと眺めながら、ユトゥスは冒険者ギルトに着くまでの間に今後の予定を考えた。

 

 一応、今日の予定をはザックリと考えている。

 しかし、どう生活するにも必要になるのはやはりお金である。

 サクヤからは旅立ちの資金を貰っているが、それでもあまり多くない。

 いや、正確には多く貰う予定だったのだがそれは断った。

 なぜなら、せっかく貯金していたパーティの活動資金を半分も渡そうとしているからだ。


 サクヤは「稼げるから大丈夫」と言ったが、仲間達はお金の使い方が些か荒い。

 ユミリィは心配性で回復ポーションや魔力ポーションを多めに買う傾向があり、アニリスは新たな魔法スキルを習得するために本を買い漁る傾向がある。


 ドンバスは大食漢であり、腹を空かせれば戦闘パフォーマンスに関わるので食事を減らせない。

 サクヤは他三人に比べると節約家の方だが、時折衝動的に妙な物を買ってくることがある。

 故に、ユトゥスはリーダーであるとともにパーティの財務大臣だった。


 その財務大臣がパーティから抜けた以上、”満点星団”の今後のお金事情が心配だ。

 それこそ「お金の切れ目は縁の切れ目」と言うし、変にこじれなければいいが。


 ユトゥスはそんなことを思いながら、辿り着いた冒険者ギルドに入った。

 その施設には色々な冒険者パーティがわらわらといる。

 黒い肌の半裸の大男から耳の尖ったエルフの少女、犬の耳と尻尾を持つ獣人の妙齢の女性、子供ほどの背丈でひげを蓄えるドワーフの男性など人種も性別も年齢もバラバラだ。


 そんな冒険者達が朝から活発的に活動してる。

 それは彼らのお目当てが掲示板に張り出されている依頼書だからだ。

 依頼書は飼い犬探しから村に現れた魔物討伐、迷宮の調査と様々な内容がある。

 しかし、依頼書の内容はピンキリであり、内容の割に報酬が少ないものもあれば、その逆もある。

 

 多くの冒険者達は”その逆”を狙っているのだ。

 冒険者は命を張る仕事であるが、当然ながら命あっての物種であり、危険が少ない仕事で高い報酬を得られるならそれに越したことはない。


 当然、掲示板に張り出される依頼書である以上、冒険者ギルドの審査を受けている。

 そのため、内容に見合った報酬額が設定されてるのが一般的であり、簡単で報酬が高いという依頼書はめったにない。

 しかし、依頼書というのは冒険者が引き受け、仕事をこなして初めて破棄されるものだ。


 そして、その依頼書は冒険者が各々に持つ基準によって選ばれる。

 その基準とは内容の難易度であったり、報酬であったりがほとんどで、特に報酬が高ければ目につけられやすい。

 故に、早く依頼をこなして欲しいがために高い報酬を設定して依頼を出す人もいる。


 つまり、朝から集まっている冒険者は、その稀に現れるレア依頼書をもとめて毎朝頑張って冒険者ギルドに足を運んでいるのだ。なんとも健気な話である。


「相変わらず凄い賑わいだな~」


 ユトゥスはそんな光景を見ながら冒険者の群れを素通りしていく。

 向かった先は長打の列を作っている美少女受付嬢――の横にいるクールな受付嬢である。

 どうやら彼女は氷のように冷たく、また鋭い目つきから男達に恐れられてるらしい。

 せっかく眼鏡かけたクール美人受付嬢という稀少枠キャラなのに。


「おはよう、ミズリーさん。今日も空いててラッキーだよ」


「おはようございます、ユトゥスさん。相変わらずですよ。ま、楽ができていいですか」


 ユトゥスは受付近くにある用紙にいつものように記入する。


「ミズリーさんも美人なのに、態度が怖いから近づかないって見る目ないよね。

 話せば案外気さくで、それに経歴も長いから物知りなのに。

 ところで、今日はCランクの迷宮に入りたい――ってどうしたの?」


 ユトゥスが用紙を渡そうとミズリーを見れば顔を赤らめていた。

 いつも表情が凍っているように変わらない彼女が珍しく表情を崩している。

 顔が赤いので怒っていると思いきや、どうやらそうではないようだ。

 一体どうしたのだろうか、とユトゥスは首を傾げる。


「ミズリーさん?」


「ユトゥスさんは無自覚で変なこと言うことありますよね。

 人によっては誤解するから止めた方が良いと思いますよ」


「ん? 何のこと?」


「もういいです。はい、許可書」


 ミズリーはため息を吐きながら、ササッとユトゥスが渡した用紙にハンコを押す。

 その用紙は迷宮許可証と呼ばれ、冒険者が依頼関係なく迷宮に潜りたい時に必要な紙である。

 もっとも、迷宮の前に見張りがいるわけじゃないので、律儀にやってる人は少ない。


「またソロですか? 危ないですよ」


「大丈夫、慣れてるから。それじゃ、ミズリーさん。行ってきます」


「はい。行ってらっしゃい」


―――数分後


 ユトゥスはCランク迷宮“獣過の巣穴”にやってきた。

 この迷宮は名前の通り獣系の魔物だけが出る迷宮だ。

 同列のCランクの迷宮と比べるとやや難易度が高く、言うなれば、中の上。


 普通ならCランク以上の依頼または迷宮探索になるとソロで挑む人は少なくなる。

 それはCランク以上の魔物は狡猾であり、また集団でいることが多くなるからだ。

 つまり、ソロで挑むということは多対一という状況に陥りやすいという事。

 ある程度の実力が備わっていれば別だが、あいにくユトゥスはDランク冒険者。


 ユトゥスはそんなところに向かうわけであるが、実の所今回が初めてじゃない。

 過去に何度もこの迷宮に一人で潜ったことがあるのだ。

 その目的は当然自分を鍛え上げるための修行として。


 その過去の経験よりユトゥスは、そこに出現する魔物の種類、下の階層に続く階段や隠しエリアに続く道と言うなれば迷宮の構造を知り尽くしている。

 なので、もはやその迷宮は庭のようなものだ。


 今回ユトゥスがこの迷宮を選んだのも、しばらくぶりの自分の実力を確かめるため。

 これまでサクヤ達におんぶにだっこの生活が続いてたので、体が鈍ってないか心配なのだ。

 加えて、ユトゥスが選んだ理由はそれだけじゃない。


 というのも、この迷宮にはまことしやかな噂が流れているのだ。

 その昔、この世界に“勇者”という存在がいた頃、勇者ががこの迷宮を訪れた。

 そして、そこでとあるものを落とし忘れていった。

 それはこの世界を一変する代物である――という噂。


 いかにもどこかの噂好きが作った眉唾ものな噂である。

 だが、それでも仮にそれが本当だとすれば、純粋な能力値ステータスでしか戦えないユトゥスからすれば喉から手が出るほど欲しいものだ。

 というわけで、この迷宮に挑むのはその噂の審議を確かめる意味も含まれている。


「さて、その前に俺ってどんなステータスだけっけ。

 ここ最近は完全にお荷物だったから自分の能力値ステータスを覚えてないんだよな」


 ユトゥスは腰に巻いているポーチから冒険者カードを取り出した。

 そこに魔力を流せば、冒険者カードが発光し、空中に能力値が半透明のディスプレイのように表示される。


―――


名前 ユトゥス(19)  性別 男 レベル22


<職業> ―――(ロックされています)


筋力値 52

防御値 48

魔防値 45

魔法値 45

行動値 50

魔力値 43

器用値 60


<魔法・技能スキル> なし


<称号> 努力の鬼、不屈の精神、弱者の鑑、パーティの姫


――――


「相変わらずひっでぇ内容」


 ユトゥスは自分の能力値を見て苦笑いを浮かべた。

 というのも、この能力値は平均レベル10で到達する能力値なのだ。

 つまり、現状のレベルであれば最低でも倍は能力値が上がってなければおかしい。


 しかし、まるで呪われたように全く能力値が上昇していない。

 加えて、職業が“不明”のせいでレベルアップしてもスキルを取得しない。

 そして、不明であるが故に攻撃系でも生産系でもない半端者となっている。

 そこら辺の村人だってもう少しマシな能力値やスキルを所持しているだろう。


 ユトゥスは能力値にある”称号欄”に目を向ける。

 称号にある「弱者の鑑」はまるで世界がユトゥスを弱者と認定しているかのようであった。

 まさか本来褒める言葉で使うはずの「~の鑑」がこんな形で使われるとは思うまい。


 また、「パーティの姫」なんてバカにするのもいい加減にしろと言いたくなるレベルの称号だ。

 冒険者の中には時にパーティに寄生して良いとこ取りをする冒険者がいる。

 特に、没落貴族上がりの女性冒険者が自分をか弱く演じて仲間の男性に守ってもらうということが多かったようだ。


 今のユトゥスはその女性冒険者と同じと世界(もっと言えば神様)から言われてる。

 そのことにはさすがのユトゥスも努力してる自覚があるからこそ来るものがあった。

 それに、そういう感じになってしまってるのはサクヤ達が過保護だったせいでもあるというのに。


「ま、それでも『努力の鬼』は獲得経験値を1.2倍にしてくれるし、『不屈の精神』はダメージを負えば負う程防御値が上がっていくってことだけありがたいけど」


 ちなみに、「弱者の鑑」は相手とのレベル差に開きがあるほど筋力値と行動値、魔法値に多少の倍率をしてくれるものだ。

 そして、「パーティの姫」は発動者を守る仲間にバフを与えるものである。


 効果だけ見れば破格の性能かと思われる。しかし、残念ながら世の中そう甘くない。

 というのも、「弱者の鑑」に関しては相手が強ければ強いほど効果は強まるだが、それが示すのは相手は圧倒的な格上という意味であり、そんな相手と戦えばまず死ぬのでほぼ役立たずである。

 また、「パーティの姫」は自動で仲間にバフをかけるので非常に強い効果であるが、ザ・お荷物と言われてるようでユトゥスが個人的に嫌なのだ。


「久々に見て嫌な気分になった。やっぱ凹むなぁ」


 レベルは22。されど、実力はレベル10と遜色ない。

 その事実にユトゥスは背中を丸め、肩を落とした。

 なぜここまで他と違わなければいけないのか。

 別に特別な職業が欲しいと思ってたわけじゃないのに......いや、それはさすがに嘘だ。


 サクヤ達があんなレアの中のレア職業みたいなら、ユトゥスとて欲しくなる。

 そして、謎に包まれていた職業がいい方向に開花することを期待した。

 しかし、結果は違った。 能力値は駆け出し冒険者レベルであり、それ以前に職業が無い。

 そんなのでどうして周りの皆から劣等感を感じないで過ごせばいいのか。

 特にパーティを組んだ最初の頃はリーダーとして皆を引っ張っていた立場というのに。


「ん? 何かいるな.......ゴブリンか。三匹」


 迷宮に入ってからしばらくの時間が経過した。

 迷宮の中はアカリゴケとい苔のおかげでほのかに明るい。

 ゴツゴツとした硬質な地面には時折魔物らしき毛が落ちている。

 その毛の特徴を脳内にある図鑑と照合しながら、ユトゥスは歩き続ける。


 すると、緑色の魔物が薄暗い道の先に立っていた。ゴブリンだ。

 サイズは小人ほどであり、こん棒を持っている。

 魔物ランクでいえばEランクと雑魚の部類だ。


 だが、それでもゴブリンは幼稚園児並みの知能は持つ。

 また、徒党を組まれれば初心者レベルであればそれなりに厄介な相手である。

 ユトゥスは戦い方や相手の行動パターンは知っている分アドバンテージがある。

 しかし、実力がなりたてほやほやの冒険者レベルなので、結論を言えば苦戦するかもしれない。


「ま、それでもただの冒険者と思うことなかれ。

 俺はAランクパーティ“満天星団”のリーダーユトゥスだ......元だけどな」


 ユトゥスは腰から剣を引き抜き、剣先を数メートル先にいるゴブリン達に向ける。

 そして、柄をギュッと握ると、一気に走り出した。


―――ユトゥスが死亡するまで残り二時間

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